魔神が蘇った?!
―――― 夢を見ている。
「およ?」
周囲はどこまで行っても真っ白で、霧のようなものがかかっている。
これはアレだね。
間違いなく、夢だ。
それも…………誰かに呼び出された系かな?
それならば、今までの経験から、下手に動かなくても誰かが現れることだろう。
真っ暗じゃないし、身体が勝手に動いているわけでもいないから、今回の夢にホラー要素はないと思う。
……多分。
背景が、真っ白だから、「夢視」とも違うだろう。
「夢視」は臨場感あふれるリアルなものが多いから。
そもそもわたしの「夢視」はよく分からない。
水尾先輩のように、「現在視」ってわけじゃないことは分かるけど、「夢視」のように見えても、実は誰かから呼び出されたものだったりするのだ。
夢なので、当然ながら通信珠はない。
だから、九十九を呼びだすことは無理だ。
そもそも夢の中に呼び出すというのも……。
いや、わたしの意識だから、実は召喚が可能とか?
しかし……、残念ながらやはり召喚はできないようだ。
呼び出すイメージが足りていないのかもしれない。
そして……、誰も現れない。
こんな何もない空間に一人……。
そうなるとやることは一つしかない。
「寝る……」
わたしはそのまま、真っ白な空間で身体を倒し、目を閉じる。
霧のような空間はより、その濃さを増して、わたしを包み込んでいく。
ああ、布団が欲しいな……。
この白い靄が、全て軟らかい羽毛布団だったら良いのに……。
「おい、こら」
「ふ?」
突然、聞こえた声にわたしは目を開けた。
視界には、二本の黒い足。
それを確認して、わたしは再び目を閉じる。
「ちょっ!? なんで、そこでまた寝なおすんだよ?!」
「夢だから」
「夢だって分かってるなら、起きろ!」
「ヤダ、めんどい」
「め? ……ってか、夢の中でさらに寝るな! この非常識女!!」
「人の夢に入ってくるような殿方に、非常識認定されるとは思わなかったけど……」
そう言いながら、身体を起こす。
「何用ですの?」
目の前には紅い髪の青年、ライトが立っていた。
そっか……。
彼も他人の夢の中に入り込める系の人だったのか。
そんなことできるのは雄也先輩ぐらいだと思っていた。
「あ~、覗き見が誰もいないところで聞いておこうと思って」
「……実はここもいるかもよ。夢の中に入れる人がいるから」
「……なんで、そんな特殊な魔法を契約してんだよ?」
「いや、それをあなたが言う?」
その特殊な魔法とやらを使って、わたしの夢に入り込んでいる人が言うのはどうかと思うのですよ。
「で、聞きたいことって何?」
わたしが問い返すと……、ライトはフッと笑って左腕を出した。
「この腕をよく見てみろ」
そう言うと……、彼の左手首に黒い染みが浮かび上がり……、一気に左腕全体に広がった。
「ひえっ!?」
わたしは、思わず自分の口を押さえる。
自分の夢の中とは言え……、正直、あまり見たくはないものだった。
「これが何か分かるか?」
「し……、シンショク?」
その昔、どこかで似たようなものを見た覚えがあった。
わたしは思わず自分の左手首を見る。
そこに変化は……ない。
「正解だ」
ライトはニッと笑う。
「今は左腕だけで収まっているが、これはどうも、俺の全身を真っ黒にしたいらしい。その先は……どうなるか分からんがな」
「痛みとかはあるの?」
「ない。ただ……、自分の腕なのに、思うように動かせなくなる時はある」
「いつから?」
「二年ほど前だ。お前のように生まれつきではない」
「そっか……。わたしのコレは生まれつきらしいからね」
自分は覚えていないけれど、産まれる前に神様から目を付けられたとか聞いている。
大神官である恭哉兄ちゃんの話では、魔界人としても珍しい魂だから興味を惹かれたのだろう……とのことだった。
嬉しくはない。
「あなたの場合は、生まれる前からではないのね」
「そうだな。当事者……、その神の話によると、体質を含めた性質……相性とかが良かったと聞いている」
それって……、その神さまと会話しているって解釈で良いのだろうか?
「何の神さまか、聞いても良い?」
「もう想像はついているんじゃないのか? あの聖女によって、我が国に封印された魔神だ」
分かりやすくわたしの心臓が飛び跳ねた。
「ちょっと、待って! それって封印が解けてしまったとかそんな状況!?」
それが本当なら……RPGの魔王が蘇ったとかいうレベルの大問題なんじゃないの!?
それならば、それに対抗する「勇者」ってどこ!?
「六千年もの長い間、封印できただけでも驚きだとは思わないか?」
「……六千年……。いや……、でも……」
わたしはその封印に至るまで、どれだけの犠牲があったのかを知っている。
世界各国から選抜され、結成された連合騎士団たちの屍が積み上がり、燃え盛る炎と吹き荒れる風の中、友人たちの手を借りて、震えながらもその場に立った聖女。
「そして、その封印は人為的に破られたものだ」
「…………はい?」
ちょっと待て。
いろいろ待って?
「時代が変われば人も変わるということだ。その昔、『魔神が眠る地』と蔑まれ、疎まれた上、世界のどこにも行き場がなくなってしまった国があった。かつて「聖地」と呼ばれるほど清浄な国だったらしい」
「それって……」
まさか……、とは思う。
でも……、「魔神が眠る地」と今も呼ばれている幻の国なんて一つしかない。
「その国はやがて世界の地図上から姿を消す。そして、聖女を恨み、唯一残された魔神の封印を信仰していくことになった。その中でもトップクラスの大バカ者が、封印を解放して中の魔神を解き放った」
「……どこの馬鹿だ?」
もはや、そう言うしかない。
「本当にトップクラスだよ。頂点。我が国最高位の存在」
「…………あなたのお父さん、何をやらかしてくれるの?」
「お前は本当に鈍くないよな」
国の最高位が犯人で、目の前にいる彼がその国の王子殿下だって言うなら……、そんな結論に達するのは普通だと思う。
別にわたしが鋭いってわけではないだろう。
「で……、あなたの左腕にその魔神が宿っているってこと?」
それだけ聞くと…………、痛い妄想をしている人っぽい。
でも、剣と魔法の世界で、何を今更という話でもある。
「目に見えて顕在しているのが左腕というだけで、宿っているのは全身だ。魔神の封印が解放された時、ヤツは俺の口から中に入ったからな」
とんでもないことを言い放つ当事者。
彼の神経もいろいろとおかしい気がしてきた。
「ちょっと待って。どこから突っ込めば良い?」
「とりあえず全て聞いてやろう。一つずつ言え」
「えっと、宿っているのが全身って既にシンショク完了しているんじゃないの?」
「いや、全身を血液のように回っているだけで、隅々まで侵されているわけではない。シンショクが完了しているなら、俺は既に俺じゃなくなっているはずだ」
血液……?
それは分かりやすい。
いや、分かりやすいけど、より絶望感が増しただけって気がする。
全身を循環しているってある意味、手遅れ感しかない。
「魔神が解放された時……って、その場に立ち会っていたの?」
魔神の恐ろしさが分かっていなくても、親が何かしでかそうとしていたなら止めるとかもできたのではないだろうか?
それとも、見守るのが信仰心ってこと?
「お前なら、自室でこそこそしている親の行動を具に見守ることができるか? ましてや、封印の壺を勝手に探し始め、発見したその日のうちに自室に持ち込んで、開けようとしているなんて想像もできると思うか?」
「おおう」
それは……、なんて救われない話だろう。
自分の親なら頭を抱えるという次元の話では済まされない。
介錯人を務めるから「責任取って腹を切れ! 」と迫りたくなるぐらいの話だ。
「お、お父様はなんのためにそんなことを?」
「知らん。魔神を解放し、自分の身に宿したかったとは後に聞いた。振られたみたいだがな。魔神も若い男の方が良かったと見える」
聞けば聞くほど突っ込みが追い付かなくなっていく気がするのは何故だろう?
だけど……、問題はそんな話では収まらないのだ。
それは分かっているから、少しでも会話を引き出さなければいけない。
わたしはそう思って、彼との話を続けることにしたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




