何よりの証
「阿呆か」
開口一番、兄貴はそう言った。
「相手の挑発にこうもやすやすと乗ってしまうとは……、我が弟ながら、情けのない話だ」
わざとらしく深い溜息を吐きやがる。
どうして、こうも回りくどく言うのか。
いっそのこともっとはっきりざっくりと言ってくれたなら、こちらだってすっきりさっぱりするというのに。
「だけど……、高田を護るのはオレたちの務めだろ? だったら、オレの行動そのものは間違っちゃいねえはずだ」
オレにだってオレの言い分はある。
「お前の行動が本当に彼女の身を案じての事だったら、確かにお前の判断は誤りとは言えない」
なんとなく癪に障る言い方だ。
オレが、それ以外の理由で行動を起こすはずはないというのに。
「他にどんな理由があるってんだよ」
「我が弟がどんなに愚昧だったとしても、対象物を狙撃する能力が劣悪だとは思っていない。この空間が多少なりとも方向感覚を狂わせる場だとしても、な。それなのに、お前はことごとく外した。それが何よりの証だろう」
「何の証だ?」
「後は、自分で考えろ。俺は、ソレぐらいの結論にも思い至らんような愚者と話し続けるほど寛大ではない」
そう言って、兄貴はくるりと踵を返し、例の、黒い長耳族の方へと向かった。
あの野郎が水尾さんの魔法によって再び昏倒している以上、あの黒いヤツと会話……というか意思疎通ができるのは兄貴ぐらいしかいない。
高田が、アイツを連れて行くと結論付けている以上、最低限の会話ができるようにしなければならないわけだ。
「相変わらず九十九には手厳しいよな、先輩は……」
オレたちの会話を近くで聞いていた水尾さんが、声をかける。
「そうかしら? そこに隠れた愛情はあるようにも見えるけど……。でも、確かに少し厳しすぎる気がするわね」
ミラもそれに同調した。
「いや、男に愛情などないと言うのが兄貴の持論だ。オレももう慣れた」
「慣れるのもどうかと思うが……。慣れるほど同じ事を言われているって事は、結局のところ学習できてないってことだろ?」
水尾さんも割と厳しいよな。
「それにしたって、あんな言い方はないわ」
ミラだけか……、オレの味方は……。
「九十九さまは、その詰めの甘さが良いところなのに」
……こいつも敵だった。
「でも、今回の先輩の言い分は尤もだ」
「そうね。鈍感にもほどがあるわ」
「は?」
二人がオレに向かって鋭い視線を飛ばす。
もしかしなくてもオレだけなのか?
その……、兄貴の言う証とやらが分からないのは……。
「でも、ソレを言うほど私も無粋じゃない」
「私も、言うと不利になりそうだから言わない。九十九さまは気がつかないなら気が付かないままの方が絶対良いもの」
「な、なんだよ?」
二人して、気になる言い方しやがって……。
「でも、確かに高田が絡まなきゃ、九十九の判断って、割と冷静だと思うんだ。あの長耳族の森で、あの男が変な魔力の暴走を起こしていただろ? それを、迷わず止めたのは悪くない評価だと思う」
「そうね。兄さまがあのまま闇に飲まれていたら、一行は全滅の憂き目を見ていたといっても言いすぎじゃないわ」
それでオレは大事なことを思い出す。
「ミラ……、あの魔気は一体なんだったんだ?」
尋常ではない魔気の流出だった。
この世界の全て汚染しそうな禍々しい魔力。
「あれは……、もう一人の兄さまってとこかしら?」
ミラは、少し戸惑いがちにそう言った。
どこまで言って良いのか迷っている印象を受ける。
「実のところ私も良く知らないのよ。気付いたら、ああなってた。いつ、どこで、どういう過程を経たのかまでは分からないわ。でも……、毎晩、アレを抑え込んでいる」
彼女の言うことをどこまで信じて良いのか判断に困るが、そこに嘘は感じない。
いや、本当に知らないかもしれないが、少なくともあの男は知っているはずだ。
ヤツは高田との会話でも言っていたじゃないか。
アレは「聖女が封印した災厄」だと。
少なくともあの男がそれを信じている。
それだけは間違いない。
「まあ、どういう経過であんな力を得たのかは興味もないし、知ったところでどうにかできるとも思えないが、あの場に居なかった私や、先輩では対処できなかったのは確かだな。アレは、通常の魔力で封印できる代物じゃない。駆けつけてからじゃ手遅れだっただろう」
「そうね。正直、九十九さまがあんな凄いことできるとは思わなかったわ。アレを使えば九十九さまを追ってきた私たちなんていちころだったのに……」
アレは……、オレの奥の手だった。
アレが通じないものならオレはどうすることもできない。
「どんなに凄い力でも後が続かなければどうしようもない。たった一回だけで瀕死状態になる魔法なんて多発できるかよ」
たった一度きりの大魔法……。
本当はもっと別の場所で使うはずだった大事なものだったのに。
「確かに、たまたま高田が過去の記憶を呼び起こした状態だったからなんとか治癒はできたが、次はないと思っておかなければいけないな」
だが、そう言ってくれた水尾さんは、気付いているはずだ。
オレにはもう、アレと同じ魔法は使えないことを。
あの法珠に再び魔力を込めることは可能だが、あの法珠にはもう大神官の法力はほとんど残っていない。
つまり、もう法珠とは呼べない状態なのだ。
もし、今後、同じようなことが起きたとしても、大神官が再び法珠に法力を込めてくれない限り、次は自分自身の魔力だけで何とかするしかなくなった。
だが、それをミラやライトに悟られるわけにはいかない。
こいつらは今すぐ敵として襲い掛かってくる可能性の方が高いのだから。
だから、水尾さんはそれをうまく隠そうとしている。
まだ、オレがアレを使えると思わせておけば、後々のために牽制になるのだから。
「治癒~? 攻撃じゃない、あれって……。あの場にいた皆が、吹っ飛ばされるなんてありえないわ」
「ありえたから仕方ないな、あの娘さんは。突然、考えられない行動をしてしまうのが一番、怖いところだよ。そのうち、ちょっとしたことで魔界を滅ぼしてしまう方向へと運命を導きかねない。それも無意識のままにな」
笑顔で、水尾さんは恐ろしいことを言う。
「それは水尾さんの方が可能性として高い気がしますが……」
「そうね。魔力の暴走は、あの女より、あんたの方が恐ろしそうだわ」
「おやおや。今ここで、貴女の望みどおりの展開にして差し上げましょうか?」
この人はこういうことを言うときの笑顔が一番怖い。
言葉が丁寧な分、妙な迫力も備わっているし。
黙っていれば、やや男顔ではあるものの綺麗な顔をしているというのに勿体無いよな。
「ところで……、高田は?」
あの紅い髪の男はすぐ傍で昏倒中。
高田は……。
「近くに居ますよ。多分、眠っているんじゃないかな」
近くに感じられる高田の魔気は、ひどく穏やかで落ち着いている。
こんな状態のときは、大抵寝ているのだ。
あの「高田栞」という女は。
「よく分かるわね。今のあの女からはほとんど魔気なんて感じられないのに」
ソレは多分、あの強大な魔力の放出を見たからだろう。
そして、ミラの言うとおり、あの時と違って、通常の高田はそこまで魔気を放出していない。
眠っているなら尚更だ。
一年以上、水尾さんから特訓されて、今の高田は眠っていても、完璧に体内魔気を抑えられるようになっている。
「高田に対しての探索は、あの先輩よりも九十九のが上だもんな~」
「単に幼馴染だからですよ」
それに、昔も今も兄貴よりも一緒にいる時間が長い。
だから、オレは無意識に高田の魔力を記憶しているのだろう。
「それだけかね~」
「それだけですよ」
それ以外の感情がオレにあるはずもないのだから。
「それならそれで構わないが、高田に毛布でもかけてやらんと風邪ひくんじゃないか? 魔気で体温調節を無意識にやるなんて芸当、まだできないだろ?」
水尾さんが、オレにほいっと毛布を渡してくれた。
水尾さんは、こういうところ気が利くと思う。
今の高田なら、ある程度眠っていても、体温調節はできると分かっているのに、「様子を見てこい」と言ってくれているのだ。
その心遣いをありがたく思い、オレは、柔らかい毛布を受け取り、高田の気配がする方へと向かったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




