前にも言ったと思うけど
何てことだ。
あの場を見ていた誰もが、そんなこと、予想もしていなかっただろう。
彼女の言葉を全て信じるならば、彼女は無意識のまま、魔法を使ったのではなく、意識はありながらも、身体が勝手に魔法を使った……ということになる。
「しかし、そんなことがありえるのか?」
無意識に魔法を使ったというのはよく聞く話だ。
魔力の暴走と言われているものだって、意識が吹っ飛んだ状態なのだから。
だが、彼女の場合、それとはまた違うらしい。
「ありえたのだから仕方ないよ。わたしって二重人格なのかな~?」
ああ、それに近い気がする。
そして、その言葉なら妙に納得できるのだ。
自分にも似たような経験があるのだから。
「つまり、お前は過去の自分と今の自分……。二種類の人格を有していることになるな」
「三種類だよ。今と、シーフの森でのわたし。そして……、九十九の幼馴染としてのわたし」
「……あいつの幼馴染としての記憶もあるのか?」
「この場合は、記憶って言うか……、記録というか?」
「は?」
記憶ではなく記録?
「巧く説明するのが難しいのだけど、やっぱり、それもわたしじゃなかったんだよ。自分の身体を誰か別の人が動かしているのを、どこか遠くで見ている感じ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚……、五感は共有されているのにその考え、思考ってやつが読めないの」
「ますます多重人格じみてきたな」
俺は肩を竦める。
「だから、どんな気持ちで言葉を話しているかは分からないし、どんな想いを込めて魔法を使ったのかは分からない。わたしに分かるのは、この目や鼻、耳、肌、舌で感じたことだけ。自分の身体が動いていたことを記憶していることぐらいなんだよ」
「だから……、記憶ではなく、記録か……」
なかなか巧い言葉選びだと素直に感心する。
「結構、怖いよ。自分の身体が次に何をしでかすか分からないのは。自分が何を言い出すかが分からないのも怖いけどね」
「ああ、その感覚はなんとなく分からないでもないな」
話を聞いた限りでは、夜毎、俺の中で暴れるモノに近い気がする。
そう言う意味では、過去に操られる彼女と似ているんだろうな、俺は……。
「そうなの?」
彼女はきょとんとした顔で俺を見る。
「身体を通して見たんじゃないのか? 俺の魔力が暴走しようとする様を……」
「え……? それは、見てない……と思う」
「どの辺を見ていたんだよ?」
「えっと……、魔法を使って……、それで……、それから風の中に入って、あの男の子が生きてることを確認して……? ああ、その後、暫く何故かその場所から動けなくなったんだ」
なるほど……、肝心な所は見ていなかったのか。
そういえば……、俺が気付いた時は風の中にいたよな、こいつの身体……。
「でもね……。風の中にいる間……、わたしの身体、震えていたんだ。歯の根が合わない感じ。寒くはなかったのに……、ちょっと不思議だよね……」
それは、本能的なものだろう。
意思が感じ取れない感覚を、その身体が感じ取ったのだ。
俺の中から暴れ出ようとするアレに対して……。
「それと、少し前に言ったこと……、間違ってなかったんだね」
「え?」
「あなたに会ったことあるんじゃないかって話。思ったよりもずっと昔のことだったけど、やっぱり、あなたにも……、会っていたんだね……。わたし……」
不意に彼女はソレを口にした。
「なんで……、初めて会ったときに言わなかったの?」
「言って……、どうなるもんでもねえだろ? 結局、お前は覚えてねえんだから」
それに、俺がこいつと対面した時には、既に、その傍らには当然のようにあの男がいたわけだし。
「それでも……、何かがちょっとだけ違ったかもしれないじゃないか」
それは俺もそう思わなくもない。
だが、そんなこと今更言っても仕方のないことだ。
「何も変わらない。俺とお前との関係は……、今も、昔も、そしてこの先もずっと……」
「そうかな? かなり変わったと思うよ」
俺の言葉をあっさりと笑いながら否定する。
人の気も知らないで。
「何だと?」
「人間界で会った時よりも随分、印象が違うもん。問答無用に襲い掛かってくるような危ない人かと思えば……、案外、話せば分かる人って感じ」
「おい、この平和ボケ」
あまりにも平和な脳みそ過ぎて、突っ込みがそのままになってしまった。
「今、わたしとあなたの間に会話は成立しているじゃない。これが何よりの証拠だよ」
でも、そんな俺の悪態に対して、彼女は笑顔で応える。
「今だけだ」
「それでも……だよ」
こいつの頭……。
できるなら、本当に覗いてみてえ……。
なんで、こんなに暢気なんだ?
「俺が今、また襲い掛からんとも限らないが? 魔法がなくても、お前のようなボケボケ娘を一人組み伏せるのはわけねえぞ?」
事実、一度は組み伏せたのだから。
「今、そんなことしたら……、炎の矢か、風の刃が来そうだよね」
…………待て?
「お前、気付いていたのか?」
「何が?」
「さっきから、俺を狙い撃とうと照準を合わせている二人のことだよ」
正確にはもう一人いるんだろうが……。
ヤツに関しては完璧に気配を消しているのか、はっきりと居場所が分からない。
以前より、魔気の抑え方が巧くなっていやがる。
「あそこまで露骨に魔気が渦巻いていたら……、気付くね、わたしでも……。相変わらず魔法は使えなくても、最近、感覚はそれなりに分かるようにはなってきたんだから」
「ほう……、それは進化だな」
「おや? 褒めてくれるの?」
「まあ……、お前が成長するのは俺にとっても良い事だからな」
彼女が成長するのが早いか……、俺がアレに呑まれるのが早いか……。
どちらが先でも、俺が消えることには変わりがないのだが。
「それは……、さっきあなたが言った魔力の暴走ってのに関係があるの?」
「ある。大いに……」
俺が俺でなくなる前に……、俺は死ななければいけない。
「すっごく前に言った『俺を殺せ』ってやつ?」
「そうだ。そんな昔に言った言葉を覚えていたなら都合が良い。俺が俺でなくなる前にお前が俺を殺せ」
「嫌だよ。前にも言ったと思うけど」
当然の答えだ。
定住する場はなくても、それなりに平和な暮らしをしている人間が他人を害せるはずがない。
だが……、俺も手段を選んでいる暇はないのだ。
だから……、あの男にも伝わるように、はっきりと口にする。
「お前が俺を殺さなければ、俺は間違いなくお前を殺すだろう」
正確には少し違うのだろうけど……、結果は同じことだ。俺の中のモノは、決して大人しくはしていない。
「なんで? なんでそうなるの?」
「そういう定めなんだよ。俺とお前の関係は……」
「だから、なんで? 定めとか……、まだそんなの分からないと思うけど」
「俺がミラージュの人間である以上、少なくとも他とは共存はできん。それぐらいは分かるだろ?」
これまで、国がしてきたことの全てが白日の下にさらされたなら、どの国からも確実に糾弾されることだろう。
何より、アリッサムという中心国を襲撃し、その影響は今も尚、続いているのだ。
これら全てをなかったことなどできはしない。
「あなたがどこの国でもわたしには関係ないよ」
それでも、彼女は寂し気にそう言う。
「あるんだ……、シオリ」
真っ直ぐ俺を見つめていた瞳が大きく見開かれた。
「俺がミラージュの人間である以上……、必ずやこの肩にある刻印が俺を蝕んでいく。そのうち、俺は俺じゃなくなるだろう」
正確には蝕んでいくのはこの呪刻ではないのだが、本当のことを説明するのも面倒だ。
「だから、わたしは災厄に見舞われ、あなたが死ぬの?」
俺が怪我をして、意識が朦朧としていたときの会話を彼女は思い出したのか、そんなことを言った。
「いや……、それは違う。多分…………」
「はっきりしないんだね」
「俺も具体的には分からないんだ。その時、俺がどうなってるか。お前がどうなるのか」
ただ断片的に頭の中でちらつく記憶。
それを見て、心穏やかでいられるほど、俺は人間を捨てていない。
「でも、一つだけはっきりと分かってることがあるよ」
そう言いながら、彼女はオレを真っ直ぐ見る。
「わたしはあなたを殺さない」
そう強い瞳、強い口調で言い切る彼女は、今までの彼女とどこか違っていたのだった。
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