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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 迷いの森編 ~

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多種類の言語

修整をしていくうちに長くなってしまいました。

「兄さまも良い性格してるわ」


 九十九とライト。


 その二人の様子を樹の上から見ていたミラは、ポツリと呟いた。


 自分の言いたいことだけ言って、相手の聞きたい事は遮る。

 尤も、そんな都合の良いことができるのも、九十九が素直な性格だからだろう。


 兄であるライトが去って、九十九が一人になるのを見計らって、ミラは樹から降りた。


「ミラ……?」

「はぁい、ツクモさま」

「見てたのか……」

「ええ、当然でしょ。兄さまとツクモさまがどんなやり取りをするのか興味があったんですもの」


 そして、彼女にとってそのやり取りから得たものもあった。


「あまり良い趣味とは言えないな」


 九十九は苦笑いをする。


 彼の言う通り、どちらかというと悪趣味と呼ばれるだろう。


「分かってるわ。でも、あの人たちの傍に私の居場所はないんだもの。それになんとなくあそこはなんか居心地が悪いのよ」


 ミラにとって、栞は恋敵のようなものだし、水尾は性格的に合わない。

 雄也に至っては合う合わない以前の存在だ。


 あの場所は敵陣に等しい。


 それでも大人しくここにいるのは、魔封じを施されてしまっているためと、立場も忘れて自分を助けてくれた九十九のことを気に入ったからだった。


「お前にとって居心地の悪い空間が、オレの居場所なんだが?」

「それも分かってる。だからツクモさまがいれば、私だって素直にあの場所に行くわ」


 この感情は刷り込みに近いことは、誰よりもミラ自身が一番よく分かっている。


 傷心の自分……、それも敵も同然だったのにも関わらず、その身を挺して庇ってくれるような異性。


 きっかけとしてはかなり単純な話ではあるのだが、今の自分にはそれが救いになっているのである。


 そうでなければ、あの兄と同じ場所に居続けることなんてできなかったことだろう。


「じゃあ、行くぞ。あまり離れたままでいると、見失う」


 自然に、自分にそんな声をかけてくれる少年。


 これすらも、自国では得難い言葉。


「ツクモさまと一緒なら、あの人たちも兄さまも見失っても良いんだけど?」

「断る。護衛するべき相手から離れたままでいるわけにもいかない」


 放っておくと何をしでかすか分からないしと九十九は付け加えた。


「あの女には護衛なんていらないんじゃないの?」


 あれだけの魔法をいとも簡単に操る女。


 複数人を一度に吹き飛ばしておいて、それが実は「治癒魔法」とか……。

 頭がおかしくなるレベルの話だ。


 そして、正直なところ、今のミラでは話にならない。


「そして、あれが……、あの女の本質なんでしょ。じゃあ、ツクモさまだって無理よ。あの女が暴走したら、貴方にも止めることなどできない」


 そんなことは、九十九にだって十分すぎるほど分かっている。


 この場であんな彼女に対抗できるのは、恐らく、魔法国家の王女である水尾だけだ。

 兄だって……、基礎となる魔力が違う。


 まともに相手をしたら勝負にならないだろう。


「できる限り、あんな状態にさせないのがオレたちの役目だ」


 そうすることしかできない自分の無力さを悔やみながらも、九十九は歩き出す。


「待って。ツクモさま」


 慌てて、ミラはその後を追った。


 今はまだこの距離で良い。


 彼は、彼女の「待って」の言葉で、歩く速度をちゃんと落としてくれたのだから。


****


 九十九とミラの二人がその場に着いた時、三人は何やら悩んでいた。


「どうしたんだ?」


 九十九が栞に尋ねる。


「言葉がね……、通じないの」


 困ったように眉を顰める少女。


「は?」


 言葉が通じない……。

 九十九は始め、その意味が分からなかった。


「なんかね……。自動翻訳できないとかなんとかで……」


 通常、魔界人が魔界にいれば、多国間でも会話に支障はないはずである。


 詳しいことは、九十九には分からないが、脳内で聞いた言葉、話す言葉が自動的に翻訳されるために、異国交流で困ることはまずありえないはずだ。


「長耳族……、シーフは脳内変換できないってことか?」

「それはおかしいわ。長とかいうのと会話はできたんですもの」


 九十九の背中から、覗き込むようにして顔を出したミラが、九十九の言葉を即座に否定した。


 そしてその際に、さり気なく、彼の腕に触れることも忘れない。


 あれだけ、異性が怖いと思っていたのに、この少年が相手ならば触れることすら大丈夫だという事実も、どこか安心感を覚えながら。


「それに……、それでもこの人たちに言葉が通じないって事は、この黒い子の言葉も変換できないって事でしょ。そんなこと……、普通じゃ考えられないけど、それは本当なの?」

「本当だよ。嘘ついたって何の意味もないし」


 栞は自然にミラの質問に返答する。


 そのことにミラは少しだけ苛立った。


「だからと言って、お手上げってわけにもいかない。何とかして、こっちの意思を伝えたいのだけど……」


 そう言って、栞は身振り手振りで伝えようとするが、相手は訝しげな顔をするだけだった。


「馬鹿ね……。それじゃあ、言葉が通じる相手にも通じないわよ。貴女、ジェスチャーも下手なの?」

「う……。伝えたいと願う強い意思さえあれば……」


 ミラの言葉に、栞は声が小さくなっていく。


 その時点で強い意思ではないだろうと彼女を見守っている九十九は思った。


「……スカルウォーク大陸言語……かしら?」

「多分、そうだろうって。雄也先輩が単語くらいは理解できるって言ってたし」

「兄貴でも……、駄目か」


 本当に言葉が通じないことが分かり、九十九も溜息を吐く。

 

「……兄さまはどこ?」


 ミラは周囲を見回してそんなことを言った。


「わたしも探しているところだよ。彼がいれば……この状況もなんとかなりそうなのに……」

「戻ってないのか?」


 九十九と別れた後、あの男はここに戻ったと思っていたのだが、栞は見ていないと言う。


 だが、九十九はそれ以上に、栞の「彼がいればなんとかなる」という言葉の方が気になった。


 いつの間に、そこまで信頼できる相手だと認識したのだろうか?


「その辺にいるでしょ? 兄さま」


 この森は方向感覚を狂わせる性質がある。


 だから、そう離れた場所にはいないはずだと思い、ミラは呼びかけた。


「なんだよ?」


 ライトは木の上にいた。


 大きなあくびをし、目をこすっている辺り、眠っていたのかもしれない。


 なんだかんだ言ってもこの兄妹は似ていると九十九は思った。

 先ほどミラも、木の上にいたから。


「彼の言葉……、分からない?」


 本来なら話しかけたくもない相手ではあるが、それでも……、彼らに借りを作りっぱなしでいるわけにはいたくなかった。


「あ~~? 言葉?」


 そう言って、ライトは黒い肌の少年を見た。


 黒い肌の少年は上から現れたライトを見て、ますます表情を険しくする。


「何だ? 言葉が通じないのか?」

「通じないから兄さまを呼んだの」


 そんな二人のやり取りを見て、兄妹ってこんなギスギスした会話をするものかな~? と栞は思っていた。


 そういえば、雄也と九十九もここまで刺々しくはなくても、そこそこ喧嘩口調っぽい会話をすることがある。


「ふむ……」


 ライトは、少し考えて口を開いた。


『Η λέξη μου καταλαβαίνει』

「「「「は? 」」」」


 九十九は勿論、水尾も聞き覚えのない言葉だった。

 雄也すら、眉を顰めたようだ。


 しかし、一同の驚愕を意に介さぬよう、ライトは続ける。


『Begrijpt mijn woord?』


『¿La palabra que hablo entiende?』


『Can the word which I speak understand?』


『Vous pouvez comprendre le mot que je parle ?』


『Potete capire la parola che parlo?』


『Вы можете понять слово я говорю?』


『Você pode compreender a palavra que eu falo?』


『Können Sie mein Wort verstehen?』


 九種類目にしてようやく、黒い少年が反応を示した。


『ja.』


「……やはり、スカルウォーク大陸言語だな。安心した。長耳族は精霊族だから、古語や神語の可能性もあるかもしれないと思ったんだが……」


 何事もなかったかのように涼しい顔で、ライトは呟く。

 しかし、それ以外の者は複雑な顔をしていた。


「よ……、四番目は英語っぽかったですけど……」


 栞は、先ほどの言葉を思い出そうとする。


「英語? オレには普通に聞こえたが……」


 九十九はそう言いながら、兄を見る。


 雄也はどこか複雑な顔をしながら、考え込んでいた。


「4番目が英語っぽくて、6番目が『俺の言葉が分かるか? 』って、そのまま……聞こえたけど」


 栞は思い出しながら言う。


「あ? 私は、3番目がそれだ。4番目は英語に確かに似てた気はする……」


 水尾は過去、人間界で習った言語を思い出す。


「神語、古語、フレイミアム大陸言語、ライファス大陸言語、グランフィルト大陸言語、シルヴァーレン大陸言語、ウォルダン大陸言語、次は分からなかったが……、最後がスカルウォーク大陸言語だったようだな」

「あ、兄貴には分かったのか!?」

「多少だが、各大陸のちょっとした言語くらいなら聞き取ることはできる。彼のように、流暢ではないがな」


 そう言って、雄也は黒い肌の少年と会話をしているライトに目をやる。


 雄也自身、いろんな国の勉強をしてきた。


 確かに会話そのものについては自動翻訳に任せていた点はあるが、それでも言語については全くの無知というわけではない。


「兄さまは、神語、古語を含めて、各大陸の言語は一般的な書物を読むのに支障がない程度に勉強しているはずよ」


 それには、彼なりの理由があるのだが、ミラは、その先を口にしなかった。


「書物で読むのと会話じゃわけが違うだろ?」


 水尾は、気に食わないような顔でミラへ質問を投げかけた。


「兄さまは、意識的に脳内翻訳を切り替えられるのよ」


 ミラはさらりと答える。


「は?」

「自動翻訳はね、その気になれば自分で、切り替えることができるらしいの。その辺の詳しいことは良く分からないけど……、以前、そんなことを言っていたわ」

「翻訳切り替え……。脳内で自動的に変換されているのにわざわざ、そんなことを実践するなんて、あんたの兄は酔狂な試みをしたんだな」

「兄のことはどうだって良いでしょう。それに、現にこの場で役に立っているんだから文句は何一つ言えないはずだけど?」


 ミラは不敵に笑った。


「まあ、確かに。その点に関しては何も言えないな」


 水尾は素直に認める。


 個人的な感情はともかく、ここでミラに噛み付いたところで大した利は得られないことは分かっているのだ。


 彼女たちの会話を傍で聞きながら……、栞は、この前のことはそう言うことだったのかと納得した。


 それでも、全ての言語を覚えて、脳内の翻訳を使わないようにする……など、何の意味があって、彼はやってみたのだろう……とも思うのだが。


 そして、同時にあることも思い出した。


「そう言えば……、昔、似たようなことを聞いたことがある。二ヶ国語以上話すことができる人は、脳に言語を切り替えるスイッチみたいなのがあって、それを切り替えて使い分けることができるって……」


 何の会話がきっかけでそんな話になったのか、栞にはもう思い出せない。


 もう何年も前にそれを教えてくれたのは、ライトとは違う種類の赤い髪の少年だった気がする。


「栞ちゃんが言うのはたぶん、バイリンガル脳と言われるもののことだろうね。なんでも、大脳の奥に尾状核と呼ばれるものがあって、それが言語を切り替えるスイッチ役ではないかとされているという話ならオレも聞き覚えがある」

「びじょーかく?」


 栞の発音はどことなく可笑しい。

 これも翻訳機能のなせるワザなのだろうか?


「だが、尾状核は言語切り替えスイッチのことであって、自動翻訳とは違うだろ?」


 水尾が雄也に反論する。


「尾状核については詳しいことはまだ解明できていない。それに、魔界と人間界では通常身に纏っている魔気や大気中の魔気が身体や脳に与える影響も違う。もしかしたら、尾状核が自動翻訳を担っている可能性も捨てきれないと思うよ」

「あ、あんたたち……、なんでそんなに人間界での雑学まで覚えているのよ。魔界人には不要なものでしょ?」

「「それは違う」」


 雄也と水尾は同時に答えた。

 異口同音な状態を水尾は少しむっとしたようだが、雄也は続ける。


「世の中に無駄なものは何一つない。例え、取るに足らないような話でも、相手と対等に話をするというのなら、同等……いや、それ以上の知識を持っておくに越したことはないのだから」

「先輩のその考え方もどうかと思うが、無駄なものは何一つないという考え方は同感だな。どんな知識が後に役に立つかなんて、そんなの後になってみないと分からないことだと私は思う」


 雄也は他人と会話するための知識だという。

 水尾は後に役立つかもしれない知識だという。


 理由は違っても、幅広く様々な知識は無駄ではないと結論付けている点では同じだというのが不思議なところだ。


「は~、二人とも勉強できるわけだ」


 九十九が思わず溜息を吐いた。


 栞もミラも……、その意見には頷くしかなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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