褐色肌の少年
今作について、令和2年最初の投稿となります。
今年も引き続き、よろしくお願いします。
「高田~。黒いのが目を覚ましそうだってよ~」
そんな水尾先輩の声で、わたしは目が覚めた。
「黒いの……って……?」
わたしは目をこすりながら、身体を起こす。
「あいつの名前、知らないんだから仕方ないだろ。仮名ってとこだ」
ああ、あの黒い肌の男の子のことか……。
そう思いながら、彼がいる方向を見た。
雄也先輩が近くに座り、彼の様子を見ているようだ。
水尾先輩は、わたしに声を掛けた後、彼のほうへ向かっている。
九十九とライト……、ミラの姿は見えない。
場所が場所だけに、三人ともあまり離れたとこにはいないと思うけど。
わたしも、あの黒い肌の男の子の様子が気になったので、そっちに向かった。
「お? 目を開けそうだぞ」
薄っすらと開いていく瞳は……、まるで、いつかどこかで見た紫水晶のようだった。
そして、その瞳は急にカッと開かれる。
『!?』
彼が驚くのも無理はない。
見知らぬ人間たちが自分を覗き込んでいたのだ。
しかも、今までとは状況も違う。
置かれていた環境はともかく、それなりに慣れ親しんでいたであろう村や、そこに張り巡らされていた結界からも出ている。
『??』
彼は、自身の手や足……、わたしたちを代わる代わる見た。
そして……。
『Können Sie mir diese Situation erklären?』
「はいっ?!」
彼は、聞いた事もないような言葉を口にしたのだ。
「カナンジーミア?」
うぬう。
全てを聞き取ることもできない。
少し前にライトの言葉も分からなかったし、わたし、もしかして、ヒアリング駄目すぎ?
「……実力……いやこの場合、出来る、か? 貴方、私? この、状態、説明?」
わたしたちの中で、唯一、雄也先輩が反応した。
……この方は、やっぱり凄い。
片言だけど、なんとなく意味が分かる気がする。
「先輩、分かるのか?」
「単語ならば、少しだけ……。ただ、やはり不勉強なことには変わりないから、翻訳用辞典が欲しいところだ」
『Wer sind Sie?』
「べ……ベーア、ジント、ズィー?」
「ああ、今のならば分かる。『貴方は誰? 』だろう」
そう言って、雄也先輩は彼と会話を試みることにしたようだ。
「な、何語ですか?」
わたしは水尾先輩に尋ねる。
「スカルウォーク大陸言語だと思う、多分。だけど……それは変だ」
雄也先輩にしては歯切れの悪い言葉。
「どういうことですか?」
「自動翻訳されていないってことだろ?」
「ああ、そう言えば……。でも、あの『長耳族』ってちゃんと言葉が通じていましたよね?」
わたしたちは言葉を発する時、無意識に体内魔気と大気魔気を利用して、相手に伝えようとしているらしい。
意識的に言葉に魔力を込めて、音として伝え、言葉を受け取る側も魔力を持って受け入れるとかなんとか。
でも、少し不思議に思うこともある。
わたしは魔力を封印されていたが、普通に会話ができていたのだ。
封印中のわたしが発していた言葉に、魔力が込められていたのかは今となってはもう分からない。
分かりやすく魔力の測定器があるわけでもないからだ。
でも、単純に受け止める側に魔力があれば良いということなのだろうと思いもした。
だけど……、昨日か一昨日ぐらいに、ライトが様々な大陸言語を発した時、また新たな疑問が生まれたのだ。
自動翻訳機能って本当に魔力を利用しているのだろうか? と。
「そうなんだよ。だから……、単純に翻訳機能って魔力を使っているというだけじゃないと思う。もともと、精霊は、私たちのように魔力を使ってはいないのだからな」
水尾先輩も疑問に思っているらしい。
「因みに翻訳機能って、人間界でも働いていたのですか?」
「いや、人間界では大気魔気の濃度が、魔界に比べて薄いためか、あまり働いてはいなかったはずだ。そうなると、体内魔気を利用するしかないが……、実際、自分の言葉全てに意識して魔力を込め続けていたら、ほとんどの魔界人は魔法力が枯渇すると思うぞ」
「ほへ?」
確かに……。
いちいち話すたびに僅かとはいえ魔法力を消費し続けていたら……、疲労で動けなくなる気がする。
「魔界では大気魔気の助けがある。だから、無意識にほとんどの言葉の変換ができるらしい。でも、人間界ではそうはいかない。だから、薬や魔法……、道具で補助しながら生活に支障がない程度に翻訳しているはずだ。私たちはある程度、覚えたけどな」
「それでも不思議に思います。わたしたち親子が魔界から人間界に行った時……、シルヴァーレン大陸言語だったはずなのに……」
「……確かにそうだな。高田は魔力を封印していたわけで……、そんなに持続させる魔法があるとは思えないし、道具や薬を使ったとしても……」
「栞ちゃんは、母君が人間……、それも日本人だったからだよ」
いつの間にか雄也先輩が傍に立っていた。
「確かに彼女は母親と共に、魔力と魔界にいた時の記憶を封印している。でも、彼女たちが選んだ先は人間界……、それも千歳さまの出身である日本だった。日本語を話せるのは当然の結果だと思うが」
「……ああ、なるほど。日本語は母親から習ったのか」
「いや、あるいは、栞ちゃんは魔界にいた時から日本語を話していたのかもしれない。母親は魔界に来て、多少はシルヴァーレン大陸言語を身に付けたかもしれないが、普段会話で使っていたのは日本語だった可能性が高い。その母親と一緒にいたのだから、栞ちゃんが日本語を話していたとしても不思議じゃないだろう?」
子は親の言葉を……、周りの言葉を真似て覚えていくらしい。
わたしが小さい頃は、日本語しか話せなかったはずの母親しかいなかったわけだから、わたしが日本語を覚えるのは雄也先輩が言うとおり、当然の流れだ。
つまり、わたしの言語は生まれつき日本語ってことか……。
そんなことになんとなく少しだけ、ホッとする。
「ああ、そうか。特殊なケースだが……、可能性はゼロじゃないな。結局、私たちはここで、自動変換しあっていることには変わりないから、お互いどんな言語で話しているかまではわからないわけか」
「文字を書けば、ある程度は分かるよ。自動変換はあくまで、口にした言葉にしか働いていないわけだからね。そして、彼の場合は……極めて稀なケースだ。お互いに言葉が通じていない」
「ありえない」
水尾先輩が正直な感想を口にする。
「それって全く自動翻訳が働かないってことですか?」
「それでも……、普通はこっちには通じるはずだろ? 相手の言葉を変換するわけだから」
「こちらの言葉が彼の脳内で変換されず、彼の言葉も変換できない。つまり、彼の脳内変換機能が働かず……」
雄也先輩は考え込んでいる。
水尾先輩も頭を抱えている。
わたしは……、よく分からなかった。
もともと、頭にある自動変換とかそういうのもピンとこないし。
正直、「便利だね、魔界人」ぐらいの感想しか浮かんでこない。
「だから……、シーフは彼を苛めていたのかな?」
人と人とが理解しあうのにはまず、意思疎通が必要だ。
人間界なら、翻訳機は元より手話や点字、筆談等で会話を可能にできるのに、魔界人は元々脳内で自然に翻訳できているからそんな方法があることも知らなかっただろう。
ましてや、こんな森の中。
翻訳機等の活用もしたことはないかもしれない。
意思の疎通ができないから、その相手を苛める……なんて、変な話だが、人間界でもそんな話を聞いたことがある以上、それも原因の一つと考えてもいいのではないだろうか?
黒い男の子はキョロキョロと周囲を見回しているが、どこか怯えているようにも見える。
周りの誰とも言葉が通じない世界……。
それはどんなに恐怖なのだろう。
「解決策として……、一案。カルセオラリアなら翻訳機も可能だろうな」
雄也先輩がそう結論を口にした。
「……ヤツらなら、通訳も可能だろ? スカルウォーク大陸言語なわけだし」
「ただ、彼は長耳族……もといシーフだ。言語が違う可能性もある。翻訳機の方が安心、確実だ」
「でも、それなら仲間内で分からないのって変だよな」
「幼い頃は違う言語圏にいたのかもしれない」
「どちらにしても翻訳機は必要と言うことですね?」
「ただ、説得どうするよ? こいつを連れて行くってどう当人に伝える?」
「あ……」
肝心なことを忘れていた。
わたしたちが勝手に決めたところで、彼の意思が駄目なら無理な話なのだ。
「ふむ。俺も、会話をするのは難しい。少し、状況を説明はしたものの、旨く伝わったかは疑問だな」
「先輩にも不得手はあるんだな」
「……書物で得た知識など、この程度のものだ」
そんな二人の会話を聞きながら、わたしはぼんやりと翻訳のことを考えていた。
もしかしなくても、近くに、かなり適任者がいるんじゃないかな?
言語についてはあまり突っ込まないようにお願いいたします。
多少の違いは世界の違いということで……。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




