魔法を使った代償
「へぇ~~~~~~。わたしが、魔法を?」
わたしの意識が戻った時、いつの間にか、あの「長耳族」の集落からは既に出ていた。
「そう。『盾』と『癒し』。どちらも風属性のやつ」
水尾先輩がそう説明してくれる。
「で、何故だかそこの男の子も貰ってきちゃったと……」
ずっと眠っているという黒い肌の男の子に目をやる。
わたし以上に小柄で、手足が棒のように細い。
あの場所で見た「長耳族」たちも細身であったけれど、ここまで細くはなかったと思う。
その顔はやつれているが……、本来は整っているのではないだろうか。
あの場所にいた「長耳族」は基本的に綺麗系の顔ばかりだったから。
「犬猫みたいにな」
どこか棘のある九十九の声。
まあ、わたしが魔法をぶっ放して、九十九自身もぶっ飛んだらしいから、彼が怒る気持ちも分からないでもない。
わたしがはっきりと自分の意思だったのは、あの男の子を見つけるまで。
「長耳族」たちの声がして……、自分の頭に妙な声が重なって、そこで、わたしはわたしじゃなくなったのだ。
でも、話を聞いてみても思う。
わたしが、わたしであっても結果はそこまで変わらなかったのではないか……、と。
虐待の現場を見て、この黒い肌の少年を見捨てるって選択肢がわたしに存在するかは分からないのだ。
本来は関わるべきではないと頭では分かっていても、首を突っ込んでしまった気がする。
「この子はダークエルフってヤツですか?」
黒い髪と褐色の肌。
そして、長耳族の特徴である長い耳。
漫画やゲームで見かけたダークエルフって存在によく似ていると思う。
「……魔界では黒い長耳族。尤も、白い長耳族をシーフと呼ぶように、彼らなりの呼び方はあるんだろうけどね」
雄也先輩が答えてくれた。
「ただ、彼に関しては一概にそうとは言えない。白い長耳族……、シーフたちの中に、普通、黒い長耳族が存在するはずがないと聞いている」
「え? 何故?」
「同じ長耳族でも種類が違うのか、一緒にいることはない。白い長耳族からは白い肌の長耳族しか生まれないし、その逆も同じなんだよ」
「異種交配ってやつになるのでしょうか? それとも混血児?」
「あの村に黒い肌の長耳族がいればそれも考えられるけれど……、見たところ、誰もいなかっただろ?」
確かにあの森に住んでいる全ての長耳族を見たかどうかは分からないけれど、それっぽい人はいなかった気がする。
もし、いたら……、この黒い肌の少年のように張り付けられていたかもしれないけれど。
「これって、人間界でもあった西洋人が肌の色が違う人たちに対して行う人種差別みたいなものでしょうか? アパルトヘイトとかいう……」
「いや、アパルトヘイトは全く違うもんだろ」
ライトが横から突っ込んだ。
興味が無さそうに聞いていないようで、ちゃんと聞いていたんだね。
そして、やっぱり、突っ込み体質なのは間違いない。
「アパルトヘイトは人種隔離政策だから少し違うね」
雄也先輩がそれに続く。
いつもながら解説、ありがとうございます。
「どちらにしても、こいつを連れてきたことに変わりはねえんだ。それなら、今後をどうするか考えた方が良い」
九十九はこちらを見ずにそう言った。
彼はわたしが目を覚ましてから目をあわせていない気がする。
そんなに怒らなくても良いと思うのだけど……。
「そうだね」
「幸い、彼の傷も癒えたみたいだから……、後は意識の回復を待つだけなんだけど……」
雄也先輩が、男の子の掌を確認しながらそう言った。
なんでも、わたしが使った癒しの魔法とやらは、かなり広範囲に影響を及ぼすものだったらしい。
どれくらいの期間か分からないけれど、この少年は、大樹に張り付けられていた。
掌に鉄の杭のようなものを打ち込まれて、十字架に張り付けられた聖人のように。
だけど、その傷もすっかりなくなっているそうだ。
それだけでも、わたしの魔法がとんでもないものだということが分かる。
長期間の傷……、そんなものが、自分の治癒能力を少しばかり促進されたぐらいで、癒されるとは思えない。
もしかしたら、四肢の欠損すら癒す可能性もあると言うのが、雄也先輩の見立てである。
えっと、それって、トカゲの尻尾みたいにジワジワと生えてくるのかな?
でも……、一見、万能に見えるその癒し効果も、実は、かなり欠点が多いらしい。
なんでも、水尾先輩に言わせれば、余計な魔気を大量に放出していて、かなり無駄が多い魔法。
雄也先輩は、それが結果として多人数を癒せるならば良いと言ってくれたが、九十九は、治癒魔法のたびにふっ飛ばされちゃ身と精神が持たないと被害者視点で語ってくれた。
ライトはもう少し頑張りましょうと、妙に疲れた顔で言う。
そして、ミラは評価の対象外と、それぞれからありがたいお言葉をいただきました。
そして、当事者であるわたしの意見としては、「どんなに素敵な魔法でも、わたし自身が使いこなす自信が全くない! 」この一言に尽きるのであった。
この四人が見た治癒魔法は、恐らく幻となってしまうだろう。
それでも……、この眠っている少年がそんな奇跡により、癒された事実には変わりないのだけど。
「眠りの術を施されているわけでもなさそうだな……。単に体力回復のための睡眠を身体が摂っているだけだと思うけど……」
黒い肌の少年を見ながら、水尾先輩が言う。
「水尾先輩でも、起こせないんですか?」
「私は騒音系で起こす方法しかない。こんな所で、無駄にでかい音をかき鳴らすわけにはいかんだろ。先輩は?」
「俺は物理的に身体を揺さぶるとかして起こすことしかできない。人の睡眠の妨げになるような魔法は身につけていないからね」
「オレもそんな精神に影響するような魔法はないな」
「……九十九はどのみち、未だに魔法力がすっからかんだから無理だろう? で、そこのお二人さんは魔法封じ有効中。高田は、正気に返ったから魔法自体が無理そうだし……」
水尾先輩が周囲を見回しながら言うと……。
「自然回復しかないわけだ」
雄也先輩が結論を引き継いだ。
「あ~。こっちはとっととこの森から出たいってのに!!」
水尾先輩がイライラしたくなる気持ちもよく分かる。
この森に入ってからは、あまり良い思いをしていない。
わたしもあまり、ここには長く留まりたくはないなあ……。
「まあ、各自適当に時間を潰すことにしようか。ただし、あまり遠くに行くと方向感覚が狂うから、ここから目の届く範囲内で行動するようにお願いする」
雄也先輩が話を進めてくれた。
いつものコンテナハウスは彼らに見せるわけにはいかないらしく、今回は、初めての野宿ってことになる。
季節的にも気候的にも問題ないからできることだろう。
「じゃあ、わたし、少し寝ていいですか? なんか、ひどく疲れているので……」
なんだろう?
まるで徹夜明けのような身体が重たい感じがする。
さっきまで眠っていたはずなのに、さらに眠気が襲ってきているような気もする。
「ああ、魔法の使いすぎだろ。休め、休め。でも、もっと意識して使えるようにしないと、あれじゃ、効率悪すぎる」
「自分の意思で使えるようになったらそうします」
とりあえず、そう返事をする。
今の段階ではそう答えるしかない。
「魔法は、集中力、精神力、想像力が不可欠だからな。まあ、こいつらが目の届くところにいるし、強力な魔法封じが施されている以上、早急に魔法を使う事態にはならんと思うぞ」
「何よ、嫌味?」
「私は単に事実を述べているだけだ。それが嫌味や皮肉に聞こえるなら、お前らの心に問題があるな」
雄也先輩が言うような言葉を水尾先輩がミラに向かって言った。
「く~っ! 嫌な女!!」
「さほど興味のない人間にまで気を使ってやる気はない。慣れ合うのも今だけだからな」
「そんなこと、分かってるわよ!」
水尾先輩とミラのそんな声を聞きながらも、わたしはウトウトと眠りに付いた。
抗えないほどの眠気。
これが本当に魔法を使った代償だとしたら、わたしはあまり魔法を使うのに向いていないかもしれない。
睡眠を犠牲にするのは嫌だなあ……。
ぐぅ……。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




