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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 迷いの森編 ~

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同じ言葉

 まあ、そもそも、強い風の力とはいえ、本来は治癒魔法のつもりで当人は使っているわけなのだ。


 だから、その魔法自体で怪我を負うはずもないのだが……、それでも風の魔法を使っているのと変わりがないほど本人が魔気を無意識に大量放出してしまうのが、課題だな……と、彼は思った。


 もしかして、あいつは風属性以外の魔法の方が制御をしやすいのではないだろうか?


 あいつは数年前と全く、変わっちゃいない。

 いや、()()()()()()()()なのだ。


 実際、どこかの馬鹿が、あの時、彼女の古傷を抉るような言葉を吐いた。


 おそらくあれがきっかけとなったのだろう。


 それが彼女に向けられた言葉じゃなかったにしても、それは彼女の逆鱗に触れることとなったのだ。


 何のことはない。

 昔の彼女が表面化しただけだ。


 当人の意思とは無関係に無理矢理封じ込んだ記憶。

 それがたまたま同じような情景を見たために綻びが生じただけ。


 そして、その綻びは部分的なものであり、不完全な状態もあった。


 過去を思い出したとかそんなもんじゃないのだ。

 本当に過去を思い出したというのなら、シオリがアレを知らないのはおかしい話なのだから。


「あの…………?」


 不意に声をかけられて思わず、俺は顔を上げる。


「ああ、やっぱり……。貴方(あなた)の呪縛の方も解けたみたいですね」


 見ると、俺を覗き込んで微笑む彼女の姿があった。


 他のやつらは……、少し離れたところでそれぞれ作業をしている。

 どうやら、野宿の準備らしい。


 ……もしかして、俺は離れたところに放置されていたのだろうか?


「少し、貴方(あなた)とお話がしてみたくて……。他の皆さんには少し離れていただきました」


 ああ、なんだ。

 そう言うことか。


貴方(あなた)は、(わたし)の知っている子に少し雰囲気が似ているのです。それで……」

「俺は敬語は止めろと言ったはずだ」


 思わず、そんな言葉が出ていた。


 その言葉を言ったところで今の彼女が知っているはずもないのに……。


「え……?」


 案の定、彼女はキョトンとした顔をしていた。


 当然だ。


 全く面識のない初対面も同然の男に、突然、そんなことを言われたら、誰だってそんな顔をするだろう。


 だが、それは違った。


「……()()()?」

「は?」


 彼女の言葉に今度は俺がキョトンとする番だった。


「な、なんで、お前……?」


 思わず、起き上がって正座をしてしまった。

 ……って何やってんだ? 俺……。


「やっぱり! どこか似ていると思っていたのです! ……じゃない……、思っていたんだよ?」

「いや、似てるって……」


 そこじゃない。

 そこじゃないんだ。


 俺の聞きたいところは……。


「何故、そんなに()()()()()()()()()のです……、変えちゃったの? それに……、大人になっている気も……、しま……するし……」


 どうやら、彼女の方も整理しきれていないらしい。


「……一つ聞こう」


 俺自身も混乱していたが、なんとか言葉を見つけ出す。


「え?」

「お前と俺……。出会って……どれくらい経っている?」


 これが一番確実だろう。


「え……と、三日か四日くらい前でしたか?」

「三日、四日……。そうだよな~。まだ、お前の敬語が抜けてないし」


 俺も細い記憶の糸を手繰り寄せる。


 十日に満たない僅かな期間。

 過去の俺は確かに彼女と出会っていた。


 あいつらよりもほんの少しだけ先に。

 そして……。


「敬語……は、ごめんなさい。その……癖で……」

「そうだった、そうだった。お前は最後の日にようやく抜けたんだ」

「え?」

「いや、悪い。独り言だ」


 出会った時の彼女は、敬語でしか話せなかった。


 同年代の人間が近くにいなかったためと、その立場から、敬語以外の言葉を人に使ったことがなかったのだ。


 だが、俺はそれが気に食わなかった。

 どうせなら、立場だけは対等でいたかったから。


「ですが、ライト……。その姿は?」

「ああ、これ……か。まあ、今のお前から見れば、仮の姿ってとこだな」


 彼女は自分の姿を見ていないから分かっていないかもしれないが、あれから随分、時が経っているのだ。


「雰囲気も随分変わった気がしま……する。その……変わっていないところもありま……あるんですけど」


 あれからもう15年近い時が流れた。全く変わるなという方が無理だろう。


「それでも、お前は俺が分かったんだな」

「はい。だって……、貴方(あなた)(わたし)の生まれて初めてのお友達です」


 その言葉が少しだけ胸をざわつかせた。


 だが……、それは無駄な感傷であり、無意味な郷愁でしかない。


「会ったばかりで本当に申し訳ないんだが、シオリ」

「はい」

「俺が今、欲しいのはお前じゃねえんだ」

「え? それは……、どういうこと……でしょうか?」


 彼女が激しく動揺したことが分かった。


 みるみるうちに、その表情が陰っていく。


 そりゃそうだ。

 今まで信じていた唯一の友人から突然、不要と言われる。


 それはその対象に憎悪を抱いても仕方がないと思う。

 だが、俺は構わなかった。


「俺が今欲しいのは、お前の中で眠っている方の女だ。それ以外には興味がない」

「ら、ライト()……、(ワタシ)を否定するんです……か?」


 その途切れがちに震える声は、怒りか悲しみか。

 それ以外の感情なのかは分からない。


「違う。俺はお前を否定しているわけじゃないんだ。確かに、お前がいたから、あの頃の俺と、そして、今の俺もある」


 あの時、彼女に会わなければ、今の俺はいない。

 それだけははっきりと言い切れる。


 そして、何度、時間をやり直すことができたとしても、俺は、彼女に会いに行くだろう。

 あのたった10日間のためだけに。


「だけどな、シオリ……。今のお前の意識は、過去の意識なんだよ」

「過去……の……?」

「お前はもう17になった。3歳のお前じゃこの先、過ごすことなどできはしない」

(ワタシ)が……17歳? それでは、貴方(アナタ)が成長して、顔も変わってしまったのも……?」

「ああ、これが何よりの証拠だろ」


 俺は自分の顔を指さす。


「そ、そんな……、じゃあ、(ワタシ)はまた一人になってしまうのですか? ライトがいないと、(ワタシ)……、また……、誰も友達が……」

「それは違う、シオリ。お前はこれから先、成長してたくさんの友人に恵まれる。それは俺が、保障してやる」

(ワタシ)が……、友人に……? そんなはず……」


 ない……と言いかけたのだろう。


 だが、シオリは何かを思い出したかのように、いつもの仲間たちの方を見た。


「もしかして……、あの方たちは……?」

「そうだ。お前の大事な友人たち。だから、もう……。安心して、眠っていても良いんだ」

「眠る……って?」

「今の記憶を戻さないと、彼らとは付き合えないだろう。俺も手伝うから……」


 そう言って、俺は魔法の準備をする。


「ライトも……、今の……、その……、17歳の(ワタシ)の方が良い?」


 上目遣いでそう尋ねられて、少し戸惑う。

 だが……。


「どちらも同じシオリだ。どっちが良いなんて、本当は答えられない」


 本心は少し、違うのだけどそれは余計なことだろう。


「そっかぁ……、それなら……」


 どこか、満足した笑み。


 まるで、彼女に最後に会った時のようだとも思った。

 あの日も俺は彼女に黙って魔法を使ったのだ。


 ただ、あの時と違うのは、この魔法が「封印」ではなく、「誘眠」だということだろうか。


 最後に会ったあの日。

 俺は、自分自身のために彼女の中から、俺と会った数日間の記憶を消したのだから。


「バイバイ、またね」


 そして、あの時と同じ言葉を残して、彼女の身体が崩れ落ちた。

 それをしっかりと抱き止める。


 あの時とは違う重さにどこか幸福感を覚えながら。


「またな……」


 少しだけ残念に思えたが、それは気のせいということにしておこう。


 俺は、今を選んだのだ。


 古く美しいだけの思い出に、いつまでも縋り付いて満足感を得られるほど、夢見がちな男ではない。


 尤も、先ほどのシオリに会うのが後2年ほど早かったなら、どちらを選んでいたのかは分からないのだが……。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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