何でも良いからやってみろ!
「で、これからどうする?」
最初に話を切り出したのは雄也だった。
シーフの森から抜けた後、暫く一行は歩みを進めてみたが、未だ自力で歩けぬ者が半数近くを占めている状態は変わらない。
この森は、闇が深いので正確な時間も分からず、方向感覚も狂うような森の中だ。
無闇矢鱈と歩いたところで、結果は見えている。
「まあ、こいつらの意識が回復するのを待つのが正しいんじゃないか? 先刻、先輩がとった方法なら街道に戻れないこともないが、こいつらがこのままじゃどうにもならん」
水尾は九十九を横に寝かせて言った。
「だが、九十九は重症。紅い髪の彼も意識が半分ない。黒い肌の彼も意識の回復する様子はないし、何より怪我がひどい。そして、我々の中で治癒魔法が使えそうなのは……」
チラリと雄也はシオリを見た。
「ご、ごめんなさい! 私、まだできません!!」
シオリは慌てて雄也に頭を下げる。
「その点は、私もミオも同様です。……となると……」
「私もまだ無理よ。あいつらの術とやらはあの森から出ても有効みたいだし」
「参ったな……。お手上げか……」
水尾は溜息を吐く。
「一か八かで俺がやってみるという手もあるが……」
「却下だ。この状況では確実性を求めたい。治癒魔法が破壊系に変わる確率が高い人間に任せたら、戦力ダウンするだけだろ」
「賢明な判断だ。……となると、彼女の術を解くことは?」
雄也は水尾に確認する。
ミラに施された封印の術はまだ解ける様子はなかった。
「無理だ。魔法とは構成が異なる。それは、信仰心が皆無のものに法力を理解しろといっているようなものだ」
「術の自然解除を待つか、彼らの回復を待つか。どちらにしても時間はかかりそうだな」
雄也は溜息を吐いた。
「あ……の……?」
それまで、黙っていたシオリが口を開く。
「どうされました?」
雄也のこの切り替えは流石だと水尾は思った。
中身が違っても外見は後輩だ。
自分は、彼女の突然の変化にまだ戸惑っているのが正直なところだというのに、彼はもう順応しているのだから。
「そちらの……、紅い髪の方は……、意識があるように思えます。ただ、強い縛りがあるだけで……、そちらの方はなんとか……、その……、できないでしょうか?」
シオリ自身も戸惑っていた。
周囲を見回しても、彼女自身の記憶の中にある景色とここは全く違う。
それに、周りは覚えのないものばかりだ。
なんとなく彼らに付いては来たものの、その不安は隠せなかった。
「……確かに、呪縛で縛られてるだけっぽいが、コレは強すぎる。……ったく、九十九も大したモン使えるようになったな~」
「法珠の力が強かったお陰だろうがな」
「それだけじゃないよ。分かってるくせに、素直じゃない兄貴だね~」
水尾は、雄也に対して、珍しく揶揄うように言った。
「お兄さまは、やはりツクモさまに……?」
「九十九以外に考えられない。こいつを今も縛り続けている魔力の鎖は間違いなく九十九のモノだ。本人の意識がぶっ飛んでも尚、これだけの力を持続させているのは法珠のサポートがあったためだろうけどな」
「九十九だけでは無理だったろう。だが、折角の法珠の助力があっても、満身創痍、疲労困憊と言う状態だ。これでは、後々使い物にならん」
「九十九は存外、打たれ強いし、精神力も強いからあれぐらいじゃくたばらないだろうけどな」
「時にへたれだがな」
「……まあ、兄貴がサドだと強くならざるをえないか……。それは九十九にとって、幸運なのか。不幸なことか……」
森の中で座り込み、そんな会話が続いている。
この森はまだシーフの監視下だ。
だが、今の彼らにはそんなことはどうでも良かった。
「……あんたは、治癒魔法できないって本当なの?」
ミラが不意にシオリに尋ねる。
「……え? で、できません!!」
シオリは勿論、慌てて否定するが、ミラは構わず続けた。
「兄さまが言ってたわ。あんたは出会った時にはまだ、まともな治癒魔法が使えなかった。だけど、癒せないわけじゃないって。それって……、まともじゃない治癒ならできるってことじゃないの?」
「え? それって……?」
シオリは、ミラの言葉に目を丸くする。
「た……、いや、シオリ。お前は治癒魔法の……、契約をしているか?」
水尾も尋ねる。
「契約は……、一応……。で、でも、私の治癒魔法はちょっと……」
「あ~!! もう!! いちいちごちゃごちゃうるさいのよ、あんたは!! 良いから、やってみる! 駄目なら駄目でその時、考える!!」
「で、ですが……」
「だから! 否定ばっか言ってないでやってみるの!! この中で、今、治癒魔法ができる可能性が一番高いのは悔しいけど多分、あんただわ」
「そうだな。私や先輩は失敗する可能性が高く、この女は魔法封じ。九十九や紅髪、黒肌は昏倒中。……駄目元で、やってみる価値はあるかもしれない」
水尾もミラの言葉に同意する。
お互いに好きになれない相手ではあるが、意見を完全否定するほどでもないようだ。
「……それでも、私の魔法で傷付くのは嫌なんです。私……、初めて使った風の魔法で……、母をふっ飛ばしてしまって……、それ以来……」
少しずつその声が消え入りそうになっていく。
しかし、それまで、黙っていた雄也がシオリに向かって言った。
「シオリさま。こんな時、貴女の母君ならばなんておっしゃるでしょうか?」
「え?」
シオリがハッとなり、雄也を見る。
「恐らく、『やらずに後悔するより、やって後悔しなさい』とお言葉をかけられると思いますよ」
「母……、様……」
「そして『傷付いているものに手を差し伸べることもできないのは、私の娘ではありません』とも言われるでしょうね」
その言葉で、シオリは拳を握り締めた。
それは、間違いなく自分の母親を知っている人間の言葉だった。
あの人は、城にいる人間にその強さを見せることはほとんどないのに。
「そうですね、ユーヤ。確かに、母ならばそう言うでしょう」
そう言って、雄也を見つめ返すシオリの目に先ほどの弱々しさはない。
あるのは、決意を固めた強い瞳。
「ですが、失敗したら、申し訳ありません」
「責任は、私が……。貴女を焚きつけたのは私ですから」
そう言いながら、九十九を指し示す。
「まずは、あの者を。私の弟です。肩慣らしには丁度良いでしょう」
「な、なんか……、先輩……。いろいろと突っ込みたいんだけど……」
そんな水尾の呟きも、風の音によって掻き消される。
覚悟を決めたシオリが魔法を使い始めたのだ。
『我、大気を巡る精霊たちに告ぐ』
その声と共に、森がざわめき出す。
『我が声を聞き、我が心に沿い、我が身に従い、そして我が意思を示せ』
『彼の者を癒すべく舞い上がれ、優しき微風』
「で、でかい! 大丈夫か、これ!?」
その思わぬ力に、魔法国家の王女であるはずの水尾すら慌てた。
少なくとも、こんな治癒魔法は知らない。
いや、一度だけ……、信じられない治癒魔法だと思われるものをどこかで見た気がする。
あれは……、確か……。
「さあ?」
だが、そんな水尾の問いかけも、その胸中に対しても、雄也は素知らぬ顔をして答える。
「『さあ? 』って……!?」
「初めて我が主の意思で行使される魔法を見る機会だ。多少の怪我は栄誉としよう」
その言葉は、この魔法によって怪我人が出る可能性があることを意味している。
「ツクモさまはどうなるの!?」
そんなミラの叫びも空しく、シオリは無情にも言葉を放った。
『風属性治癒魔法』
ゴォ――――ッ
信じられないほどの轟音に身を包まれ、薄れゆく意識の中、水尾は、やっぱり駄目元で、私か先輩がやった方が良かったかもしれないと後悔したのだった。
だが、全ては後の祭り。
零れたミルクを嘆くことが無駄なように、一度、発動してしまった魔法は、決して無には戻らないのだ。
その結果として……、その治癒魔法の威力を予測していた雄也と、当事者であるシオリを除いて、一行は倒れ伏すことになったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




