運命の導き
一部、人種差別のような表現があります。
さらに、少し残酷描写と思われる表現もありますので、ご了承ください。
「水尾さん。悪いが、そこの愚弟を頼めるか? 俺は、こちらの紅い髪の青年を運ぶから」
「確かに妥当な人選だ」
「いえ、ツクモさまは私が……」
そして、彼の近くには黒い髪の女性と、金の髪の女性もいました。
「気絶している人間の身体は存外、重い。気持ちはありがたいが、キミも多少なりとも怪我と疲労が見られる以上、こいつを運ばせるわけにはいかない」
「そうそう。途中で倒れられても迷惑だ」
「あんたたちだって疲労困憊のくせに」
金の髪の女性が言うように、黒い髪の男女も少し疲れているようには見えます。
「私は、だいぶ休んだから疲労はある程度まで回復したが……、先輩は?」
「俺自身はそんなに派手なことしてなかったからな~。大丈夫だと思うよ。男の意地もあるしね」
「……でもって、こっちの黒いのもだろ? ふ~ん……。黒い長耳族っていうから、もっとアフリカ系黒人みたいに真っ黒かと想像していたが、どちらかというと褐色……、日焼けしすぎたアジア系黄色人種みたいな感じか」
黒い髪の女性は、大樹に張り付けられた男の子を覗き込みながらそう言いました。
でも、「アフリカ系」とか「アジア系」とか私には、よく分からない言葉です。
まだまだ私は不勉強ですね。
「日焼けしすぎ……って……。その表現はどうかと思うわ」
「確かに思ったよりは黒くないのは事実だ。書物で見ると、黒い長耳族の肖像がないせいか、真っ黒に色が塗られていたりするからね」
「うわ。結構、惨いな。足首の拘束具はともかく、手が問題だ。手のひらを釘で穿って樹に張り付けている。こりゃ、気絶していても当然だ。正気じゃ、気が狂う」
黒い髪の女性は、大樹に張り付けられた男の子の身体を見ながら、驚きの声をあげます。
「まるで、聖人の磔だな。もっとも、人間界の聖人は、掌を穿ったわけではなく、手首、足首に釘を刺したというから、ソレに比べればまだマシといえないこともないか」
「ソレだと確実に1,2日で死ぬからだろうな。供物として、捧げるなら生餌に越したことはないし」
「俺なら、声を発せぬよう喉をつぶして、手足の腱を切ることにするけどな。その方が確実に逃げられん。ああ、後は口と目を縫い付けて、手足の爪をゆっくりと剥がした後で、指を一本ずつ……」
「……先輩の発想はともかくとして、苦痛の声を長く聞くのもお楽しみってことなんじゃねえの?」
「……苦痛は慣れるから、声も感情もなくなる前にこう……」
「やめて! 聞いてる方が痛いわ。あ~、もう! 鳥肌立ってきた」
……この方たちは一体?
兄弟姉妹とも思えませんし、何よりも私を手伝ってくれている気がします。
知らない方たちなのに、何故でしょう?
私が疑問に思っていると……、黒い髪の男の人がそれに気づいて、私の方に顔を向けました。
何故でしょう?
少し、ドキドキします。
「ああ、申し遅れましたが、我々は貴女の母君であるチトセさまより命を受けし者です。シオリさまのお力になるべく、馳せ参じました」
黒い髪の男の人は、素敵な笑顔を私に向けながらそう言いました。
「え……? 母様に?」
ドキドキする胸を押さえながらも、私は少し考えます。
この方は、本当に味方なのでしょうか?
でも、この人が私や母様のお名前を知っている以上、疑うことができないのも事実です。
私たち親子の名前は、城内でもあまり知られていないはずですから。
「私のことは『ユーヤ』とお呼びください。こちらの女性がミオ。そして、あちらの女性はミラ。ミラは、我々に巻き込まれただけですが」
「本当よ。良い迷惑だわ」
「お互い様だ。原因は、お前たちにあるんだからな」
ミオと言う名の女性は、ミラという名の女性と仲が悪いみたいです。
お名前は似ているのに不思議ですね。
「私は、貴女の命に従います。ですが、まずは、ここから移動しましょう。先ほどから長の目が痛い。水尾さん、その男の子の解放はできそう?」
ユーヤは、ミオに確認をします。
ミオは見たところ、この中では一番、魔力が強いと思われるからでしょう。
まだ若いのにこれは素晴らしいことです。
私も、彼女ぐらいの年齢になる頃には……、もう少しマシになれるでしょうか?
「足のはともかく、問題は手だな。術が施してあるみたいだから、破壊は不可だ」
「消去は?」
「それも、やめた方が良さそうだな。私は魔法専門だから法力やこいつらが使っている術は専門外だ。うまく構造分析ができない代物に下手なちょっかいかけて、回りに影響が出ても困る」
「ふ~ん。じゃあ、置いていくの? まあ、その方が厄介じゃないとは思うけどね」
ミラはあまり気がすすまないみたいです。
ユーヤの話では、彼女は巻き込まれただけらしいので、それも仕方がないことだとも思います。
誰だって、厄介ごとは抱えたくないですからね。
「その案は却下だ。彼女がそれを望まない」
「それに、この黒いのがいなければここから出る理由もなくなる。冗談じゃない。こんな村、とっとと出て行く」
「でも、破壊も消去もできないならお手上げよね」
「転移は?」
「こんな手に張り付いているものを転移させるなんて無謀よ。下手すれば手ごと持ってかれちゃうわ。それに、それでバランスとっているんだから、手と足を同時にしないと、一気に身体の重さが残っている部分に集中して、最悪、ショック死よ」
この男の子を助けることは、私が考えている以上に難しいことのようです。
困ってしまいました。
「ば~か」
ミオは、綺麗な顔をしているのに、かなり口が悪いようです。
でも、少し羨ましい気がします。
私がこんな口調で話すことができたのなら、あの男の子も喜んでくれるでしょうか?
「は!? なんですってこの男女!!」
「身体は、浮かして空中静止させときゃいいんだよ。そうすれば、一気に身体が崩れ落ちることもないし、体重による身体の負担も軽減される」
「じゃあ、静止は俺がしよう。手足は頼むよ」
「分かった」
「だから、それでも!!」
「良いから、黙っとけ。集中できなくなる」
そう言って……、ミオが、黒い肌の男の子の前に立ちました。
「じゃあ、先輩。始めてくれ」
「もう始めているよ。ただ、俺がこの状態を維持できるのは一時間程度だ。それ以上の保障はできない」
「安心しろ。そんなに時間はかからない」
自信満々にそう言い切った彼女の魔気が変化していきます。
どうやら、魔法を使うのでしょう。
気のせいか、この方は……、火の属性が強いような感じです。
「まず、足から」
ミオがツンツンと、右手の人差し指を二回ずつ、足の黒い塊をつつきました。
すると、どうでしょう。
黒い塊は音も無く崩れ去ってしまったのです。
「ぶ、物体……、破壊魔法!?」
私だけでなく、ミラも驚いたようです。
「いいや。単純に粉砕魔法。破壊の一種ではあるけどね。なんでもはできないけど、これぐらいの大きさ、強度、硬度ならいけるよ」
「は~、なんて女なの」
「わ、私、こんな魔法、初めて見ました」
本当にすごいことです。
こんな凄い魔法、きっと母様たちでもできないかもしれません。
「滅多に見れるものじゃないからね~」
「じゃ、次は、手か」
そういうと、ミオは再び意識を集中し始めました。
そして…………。
「「「あ!? 」」」
黒い肌の男の子の手から伸びていた黒い棒が消えてしまいました。
それと同時に、少し離れた草に何かが落ちる音が二回ほど聞こえたのです。
「転移も、術とかの影響があるんじゃなかったの?」
「いや……」
ユーヤが、縛り付けていたものがなくなった黒い男の子をゆっくりと移動させながら言いました。
「これは、ただの転移じゃない。座標転移だ。かなり高度でかつ使い手を選ぶ魔法だと思う。上下……、つまり縦の座標移動はできても、前後左右、横の座標移動はなかなかできることじゃないよ」
「座標転移?」
そんな言葉、聞いたこともありません。
転移というのは「移動魔法」の一つだと知っているのですが……。
「まあ、本来あんまり使うこともないからな。階層移動はあっても、壁の向こう側とかの移動ってかなり神経使うし。ただ、転移ってやつのほとんどは、自分の魔力を対象物に印付、つまり状態を多少変化させて使うから、今回みたいなケースでは、まったく物質を状態変化させないこっちの方が遥かに良い」
「はあ……」
説明を受けてもあまりよく分かりません。
ただ……、このミオと言う方が凄い人だということは良く分かりました。
「じゃあ、行こうか」
ユーヤはそう言って、黒い肌の男の子と、紅い髪の男の人を担ぎました。
ミオも、黒い髪のユーヤに似た男の人を背負っています。
「短い期間ではありましたが、世話になりました。我が主を保護してくださった事に感謝します」
『感謝など不要だ。早く行け』
「では、失礼いたします」
ユーヤは頭を下げ、先に進みます。
「世話に、なりました」
「ました~」
続いて、ミオとミラ。
どうやら、私も、付いていった方が良いようです。
「では、失礼致しました」
挨拶をして立ち去ろうとした時、不意に、後ろから肩を掴まれました。
思わず、振り返ると、長い耳の男の人が私に鋭い目を向けています。
男の人にこんなことをされるのは、少し……、怖いです。
「あの……?」
『お前が本物の「聖女」かどうかは、これから分かるだろう。我が目を裏切るな』
「は……? それは……一体?」
この方がおっしゃる「聖女」……、とはあの世界を救ったことで有名な我が国の「聖女」さまのことでしょうか?
『穢れと災い、共にすれば必ずやお前の身に降りかかる。その時お前がどう動くかで、お前の資質が問われることになろう』
その言葉で私は反射的に言葉を返しました。
「あの子が穢れではないことを証明いたします。私の身に何もないことが一番の証明でしょうから」
『この大陸から西……、お前たちがウォルダンテと呼ぶ大陸に向かう途中に島がある。そこへ行くが良い』
「島?」
『行けば分かる……。話はそれだけだ。去れ』
一方的に話をして、男の人は向こうへ歩き始めました。
私も、彼らに置いていかれると、道が分からなくなってしまいそうなので、急いで彼らの後を追いました。
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娘の気配が無くなったところで、少しだけ足を止める。
『「聖女」よ。アレの鎖を断ち切ったことに感謝する。アレはここにいてはならぬ者』
そして、同時に思う。
あの娘は、間違いなく「聖女」だ。人の運命を導き、そして狂わせるもの。
今までも、そしてこれからもあの娘は人の運命に関わっていくのだろう。
本人が望むとも望まざるとも。
それは、この世界にとって良いことかは分からない。
『まあ、ここで考えても詮無きことだ。私は私のすべきことをしよう』
突然、「穢れ」がなくなったこの村は、暫く混乱が続くことだろう。
精神を安定させるための拠り所だったのだから。
だが、それを治めることが、長である自分の仕事である。
そして、再び歩みを進め始めた。
もう、足を止めることはない。
この村も私も、進む時が来たのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




