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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 迷いの森編 ~

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聞こえない声 聴こえる声

「は? この俺が震えている……、だと?」


 紅い髪の男はオレの言葉に疑問を投げる。


「ああ、震えている。オレを掴んでいるこの手をよく見てみろよ」


 そのことにヤツ自身が気付いていなかったことに驚く。


 それだけ無意識だったということか?


 だから、オレは改めて問いかける。


「お前は本当に、それだけ震えてるのに、あの女のこの状態を見続けたいか?」


 今度は男が戸惑う番だった。

 慌てて、オレの手を離し、自らの震える手のひらを見つめて、その顔色を変えた。


「ま……、まずい……。こっちも封印されているとばかり…………」


 男がそう呟くと同時だったと思う。


 ―――― ドクン


 自分の心臓の音が一際、大きく聞こえた気がする。


 それはオレの全身を震わせるほどのものだった。


「お、おい!」


 思わず、オレはヤツに呼びかけたが、その時には近くにある暴風より激しい勢いで、男の魔気が変化していくところだった。


 ソレと同時に、オレの心臓が早くなっていく。


 生物が持つ基本的な力。

 本能がこの状況を警戒している証拠だ。


 なんだ? コレ。

 こんなことがありえるのか?


「護衛! 今すぐあの暴風女と仲間……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 思考の混乱を断ち切るかのように、紅い髪の男は突然、オレに向かって叫んだ。


「は!?」

「詳しく説明している間はねえ! お前が魔界人なら、分かるだろ!?」


 先ほどまでの余裕とは打って変わって、ヤツに焦りの色と、額に珠のような汗が浮かんでいた。


 そうしている間にもヤツの魔気はどんどん色濃く、そして強くなっているのだ。

 まるでヤツの身体に黒い染みが広がっていくように。


 これと似たようなものをどこかで見たことがある気がした。


 思わずオレは高田の方を見て、左手首を確認しようとするが、風に阻まれてはっきりとは見えない。


 だが、感じられる魔気は先ほどから変化はなかった。

 だから……、彼女の影響ではないだろう。


 そのことに安心はしたが……。


 ―――― 思い出せ!


 自分の中で何かがそう叫ぶ。


 あれは確か……、ジギタリスからストレリチアに向かう船の中。

 水尾さんが、好奇心で精霊を視たいと口にした時から始まった。


 あの時は……、召喚された精霊の力で、高田の左手首から黒く染み出ていた状態を視ることになったのだ。


 結果として、高田のおかれている状況も分かって……、さらには、大神官の手を借りることによって……、なんとか状況を変えることができたのだ。


 そして、今、目の前にいるコレは、ヤツの身体に染み込み、どんどん広がっていく。


 外に出ると中に入り込む……。


 そんな少しの違いはあるけれど、以前、精霊の力によって可視化された「シンショク」と呼ばれる現象に似ている気がした。


 そして、こいつは、かなりヤバいものだ。

 オレの中のナニかがそう言っている。


 だが、このまま、放置してこの場から離れてもどうなるかは分からない。


 それならば……。


「チッ。俺の魔力だけを……、封じやがったのか。厄介な……、こと……を。魔力なし、気力だけじゃ俺にも……、抑えられるわけ……がな……。……って何、もたもたしてやがんだ! 俺の言ったことが聞こえなかったのか!?」


 紅い髪の男はまだこの場から動こうとはしないオレを見て、激昂する。


「ああ、聞こえないな」

「なに!?」


 オレの返事にアイツが驚愕したのが分かった。


 だが、コイツの言うことに従うことはできない。


「勿体無いが、とっておきをくれてやるから受け取れ」


 本当にとっておきだ。

 本来は、魔力が暴走した主のためのもの。


 だが、ここで暴走しようとしているこの男を野放しにすることなどできない。

 この力は危険すぎる。


 コイツを黒い染みで染め上げ、今にも吹き出ようとしているのは、「全てにとっての災厄」だ。


 何故だか、そんな言葉が頭をよぎった。


 ―――― 魔神の眠る地に生を受けし紅き髪の男


 ―――― その身に宿らされた禍々しき神の力


 ―――― かつて「聖女」が封印したという「大いなる災い」が


 ―――― 今、この場で解き放たれようと……


「余計なこと考えてないで、とっとと離れろ!」


 その声で正気に返る。


 初めて使う魔法の前のためか、緊張してしまったのだろうか?

 なんか、オレらしくもない考えが浮かんでいた気がする。


「お節介な正義感だけで何とかなるような話じゃねえんだ!!」


 ヤツの分かりやすい焦りの表情から、状況が尋常ではないことは分かっている。


 だから、このまま見逃してやらねえ。

 今のうちになんとかするんだ。


「お前こそ黙ってろ!」


 オレは叫んだ。


 この手の中には、大神官より手渡された一つの法珠があった。


 神官たちの昇進試験とやらに協力した程度の報酬としては、かなり破格だとあの時は感じたが、今、こうしてコレが役に立とうとしている。


 あるいは……、大神官は何かを予見していたのか?

 それとも……、これと同じことが、彼女の身にも起きるということなのか?


 それは確認しなかったので分からない。


 だが、オレは決めたのだ。

 ここでコレを使うと。


 ソレを握り締め、詠唱を口にする。


 確かに、分は悪いが、分がないわけではない僅かな可能性に賭けて。


「法珠、天恵(てんけい)


 その言葉に合わせ、手の中にある法珠が熱を帯びる。

 この法珠を使ったことは今まで、一度もない。


 正直、ぶっつけ本番。

 だが、不思議と不安はなかった。


 鬼でも蛇でもかかってこいな心境。

 ……いや、破れかぶれに近い気がするな。


(せき)(とう)(おう)(りょく)(せい)(らん)()


七羽(しちう)御羽(みはね)を持つ神々に祈る」


「その大いなる御力(おちから)を賜りて、今、ここにその全てを解放する」


 法珠が、さらに熱くなる。

 この手の中に、オレの全てが吸い込まれていくような感覚だけがあった。


 魔力も、五感も、身体すら。


 だが、まだ始まったばかりなのだ。

 だから、もう少しもってくれよ、オレの意識。


「大気に存在する数多の精霊たちに七羽(しちう)の神々より加護を受けし者が祈る」


「巡り巡って彼の者を囲め」


「彼の者の身体を覆え」


「彼の者の魔力を奪え」


「彼の者の言葉を閉ざせ」


「彼の者の意識を飛ばせ」


「彼の者の心を侵せ」


「彼の者の魂を揺らせ」


 一言ずつ、口にするたびに、オレの方がどうにかなってしまいそうな感覚に、何度も意識が遠のきそうになる。


 それなのに、心は不思議なほど静かだった。


 力量以上の魔法を強制行使したときに起こるという様々な激しい症状も、今のこの身体には感じられない。


 明らかに今のオレでは過剰な力を使おうとしているのに。


 近くの風が少し変化した気がした。

 馴染みのある風の気配とは少し違うが、どこか懐かしい気がする風。


 ―――― ああ、そうだな。


 オレはこの風を護ると誓ったのだ。


 それは遠き日に胸に宿った幼い誓い。

 それでも、自分を形作る大切な思い出。


 自分より強大な魔力を持ちながら、不安定な存在を一生、守り続けるって。

 例え、自分が手にすることはできなくても、オレがアイツの盾となる、と。


 それを思い出すだけで、オレの意識はこの場に留まる。


 だが、その意識を切り裂こうと、ナニかの声がどこからか聞こえてきた気がした。


 ―――― オ前モカ


 ―――― ()()、オ前モ、邪魔スルノカ


 何を言っているのか分からない。


 お前のことなんか、オレは知らないし、お前が言っているのはオレじゃない別の誰かのことだ。


 ―――― コレ以上、我ノ邪魔ヲスルナ。


 その言葉が何を意味しているのかは、分からない。

 分からないが、はっきりと分かっていることがある。


 今、オレの意識の邪魔をしているのはお前の方だ!

 お呼びじゃねえから、すっこんでろ!

 

 その勢いのまま、オレはその言葉を口にした。


大い(Seal by)なる(the)(consider)( able)封印(wind)!!」

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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