委ねられる選択
「それで、どこなんだよ? その騒ぎとやらは……」
九十九が苛立たしげに言った。
「分からない」
確かに、どこからか人の声はしているのに、方向がはっきりしないのだ。
暗いせいかな?
「あっちだろ。複数人の気配がある……」
そうライトが示した方向には……、ここに来たときに見た大樹が見える。
「そういえば……、小屋に案内されるときもあの辺が騒がしかったよね……。穢れたモノを祓っているとか説明されたけれど……」
「オレは……、気付かなかったな。厄除けみたいなもんか?」
「でも、こんな時間にもするなんて、熱心だよね……」
朝から晩まであんなところで祓いたまえ清めたまえってやってるなんて、信仰心が篤いというか……?
でも……、法力国家でもそこまでの儀式ってしていなかったと思う。
「そんな呑気なモノだったら良いんだがな」
と、ライトが大樹に目をやる。
「どういうこと?」
「行って見れば分かることだ。そして……、そんな行為がこの世界の風習として普通に存在しているって事もな」
この口調からすると、ライトは何か知っているらしい。
疑問に思いつつも、とりあえず、わたしたちはその方向に向かうことにする。
「……っと、この先は隠れた方が良いかもな。シオリは……、まだ心を閉ざせないだろうが、あんたは?」
「一緒にするな。仮にも護衛だ。その程度のことならできる」
「じゃあ、そうしろ」
「こ、心って……、どうやって隠すの?」
すみません。
その程度もできないんですが?
「……勘?」
九十九が説明になってないことを言う。
「魔気の扱い……、応用編だ。魔法を使うこともできないお前にはまだ無理だろう」
「まだ、入門編だもんな」
「うう……」
基本にも届きませんか、そうですか。
自分では結構、操れるようになっているつもりなのだけど。
「じゃあ、どうする? あの樹の辺りにシーフがいる以上、心を読むヤツがいたら結局見つかるぞ? 魔気を操れないこいつのせいで」
「近付くなら見つかるのを覚悟する必要がある……か。どうする、シオリ? 俺はできる限りお前の指示に従うが?」
「へ?」
ライトが意外なことを言う。
「お前が来たがったから、俺たちは付き合ってるんだ。それならば、お前が決めるべきだろ?」
「そうだな。引き返すか進むか……。高田が決めろ。オレとしては何事もなかったかのようにさっきの小屋へ戻るべきだと思うけどな」
なんで、そんな風にわたしに決めさせるのだろう?
「じゃあ、わたしが行くって言ったら二人とも行くつもり?」
「そう言うことだ」
「仕方ないけどな」
ライトと九十九はそれぞれそう答えた。
そこまできっぱりと言い切られるなら仕方がない。
「……じゃあ、わたしが一人で行ってくる」
「高田!?」
「シオリ!?」
わたしの言葉に何故か二人とも驚く。
「わたしの我が儘に二人を巻き込むのはイヤだもの。当然でしょ?」
今回のことは、彼らに関係ない。
わたしが気になって、ここに来ただけの話。
そして、目の前にはどう見ても厄介ごとだと分かる事態。
引き返すことが当然だって、わたしもどこかでは分かっている。
でも……何故だろう?
今、この状況を見過ごしてはいけない気がしたのだ。
「高田……。何のためにオレがここに来たか分かってるのか? お前を一人で行かせて危険な目にでもあったら……」
過保護な護衛は、心配そうにそう言う。
暗いから、はっきりとその表情は見えないけれど、彼はいつものように心配してくれているのだろう。
「いつものように、危なくなったら来てくれるでしょ? さっき貰った、おにゅ~の通信珠もあるし」
「何か……、考えがあるということか?」
「そんなものはないよ。でも、あそこに人がいる以上、人数は少ない方が見つかりにくいって思わない?」
わたしは努めて明るく言ってみた。
「阿呆! お前に考えがあってもなくても、オレはお前一人を行かせられねえっての。単独行動したいなら、ちったあ、魔法が使えるようになってからにしろ」
九十九は反対する。
彼の立場からすれば、当然のことだろう。
「でも……、九十九……」
「俺とシオリをこの場に残して、あんたが一人で様子を見てくるという手もあるが?」
「それは論外だ。高田とお前をこんな暗いところで二人っきりにするわけにはいかねえ。オレはまだ、お前を信用しちゃねえんだ」
九十九は苛立たし気にそう言う。
「……でも、昼間は二人でいたよ?」
「昼とは全く、状況が違うだろうが、このホゲホゲ娘!」
「ほ、ほげほげむすめ~?!」
九十九くん?
そ、そんな良く分からない言葉で人を馬鹿にしないくれませんか?
「言葉の意味は分からないが、その響きが妙にお前にはあてはまっている気がする言葉だな」
ら、ライト?
あなたまで?
「それが不満なら、ボケボケの方が良かったか?」
「か、勘弁してください」
そんな時だった。
空気を切り裂くような鋭い言葉が耳に届く。
『この穢れし存在め!』
この場にいる誰もが耳にした言葉。
だが、その鋭く刺々しい声はこの静かな村にはひどく不釣合いで……。
「な、何? 今の声……。」
「今から行こうとしていた方向からだな……って、おい!」
走り出そうとしたわたしの肩を九十九が掴んだ。
「この阿呆!行ってどうするんだよ!」
「今の声……、どう考えたって普通じゃないよ?」
鈍いわたしにだって良く分かるような憎しみ、苛立ち、怒りを交えた声だった。
「だからって、焦るな! 予定通り様子を見てからでも遅くねえだろうが。無闇矢鱈に突っ込んで行くんじゃねえよ」
「う、うん……」
九十九の言ってることは正しい……。
だけど……。
「思ったより冷静な判断できるんだな、あんた」
「何だよ、思ったよりって……」
「だが、まだ甘いな。そいつの顔を見ろよ。納得できてねえって面してやがるぞ」
「……悪かったな、甘くて。おい、高田。どうしてもあの樹のとこに行きたいのなら、せめて目立たないように行くぞ」
「あ……、うん」
九十九に促され、こそこそと大樹へと向かう。
抜き足、差し足、忍び足。
なんだか泥棒さんになった気分になる。
……となると、今のBGMは有名な20世紀後半を代表するピンクのキャラクターが可愛いコメディ映画のテーマ曲かな?
大樹に近付くと、明かりがほとんどない暗闇の中でも、その周りを取り囲んでいるシーフたちがいるのが分かった。
その性別までは分からないけど、影の身長を見る限り大人だろう。
そして……、ある程度、声が聞こえる距離で、わたしたちは木陰に身を隠した。
大樹からの距離は2,30メートル……ぐらいだろうか?
でも、気付かれていないようなので、あの中には心を読める術を使える人がいないのかもしれない。
シーフたちが、それぞれその大樹の幹に向かって叫んでいるようだ。
『お前なんかがいるから!』
思わず、その台詞に身体が震えた。
だって……、今、聞こえた台詞は……?
わたしは身体の震えが止まらなくなっていく。
寒いわけではないのに……、どうして?
「い……や……」
「どうした、高田?」
どうして、わたしの震えは止まらないのだろう?
「い…………や……だ……」
「シオリ?」
これ以上、彼らの声を聞きたくない。
一分でも一秒でも早く、それ以上の言葉を続けないようにしなきゃいけないと思った。
わたしの身体の震えは止まらない。
その言葉は、認めないこと。
―――― ワタシはここにいるのに。
その言葉は、自分の存在を否定されること。
―――― ワタシをいらないなんて言わないで。
産まれたことそのものが罪なんて。
―――― ワタシは産まれちゃいけなかった?
そんなの絶対におかしいよ。
―――― ワタシはここにいるのに。
わたしの思考の中に誰かの思考が重なっていく。
一つの肉体に二つの魂。
それは本来、ありえないことなのに、神がその奇跡を可能としてしまった。
産まれる前に与えられた神の分魂。
「――――――ッ!!」
だから……、わたしの意思では、どうすることもできなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




