【第30章― 黒き災い ―】真夜中の目覚め
この話から第30章です。
―――― 夜、目が覚めた。
この村は、深い森の中にあるため、かなり暗かった。
そのためか、昼と思われる時間帯にも灯りが灯され、夜になると一部を残して消えてしまうようだ。
今は、消えているので恐らくは夜。
尤も、森に入ってから時間の感覚が狂っている気もするから、もしかしたら逆なのかもしれないけど。
少し、小屋の外がざわついている気がする。
「なんだろう?」
わたしは、自慢ではないが、寝起きがあまり良くない。
どちらかというと、一度寝てしまうと、朝までぐっすりなタイプだが……、慣れない所ではこういうことがたまに起きるのだ。
横で眠っている水尾先輩を起こさないようにして、ゆっくりと布団から出る。
気にしてもどうしようもないのだが、それまで静かだった村がざわついているのが逆に気になってしまった。
「また、侵入者なのかな?」
そう思って、ゆっくりと小屋の戸に手をかけた時……。
「おい」
「うぎゃっ!?」
不意に後ろから低い声で呼び止められ、思わず叫び声が上がる。
「高田!?」
その声で、うっかり九十九まで起こしてしまったようだ。
部屋の一部で影が動く。
「この馬鹿……」
背後で呆れたようにそう言ったのはライトだった。
多分……。
部屋が真っ暗だから、声で判断するしかない。
「叫ぶな、静かにしろ」
「……お前……」
部屋自体が暗いので、九十九の表情は見えない。
でも声が近いから、多分、九十九の方からも一緒だろう。
「勘違いするなよ、護衛。俺は、コイツがコソコソと小屋から抜け出ようとしたから声をかけただけだ。別に、今コイツをどうこうしようという意思はない。怪我も治っていないし、魔封じをされている以上、そんな大それたことができるはずもないだろう?」
どこかめんどくさそうなライトの声がする。
「高田……、本当か?」
「ほ、本当! 後ろからいきなり声をかけられたからびっくりして声が出ちゃったの」
九十九の問いかけに対して、慌ててわたしもそう言った。
「……ってなんで、小屋から出ようとしているんだよ?」
「いや……、なんか外が気になっちゃって」
「通信珠は?」
「あ……、そう言えば……?」
あれ?
どこ行ったっけ?
いつもの小袋に入っていなかった。
「俺が壊したんだろう、お前は記憶力もないのか」
「あ、そうだった」
この森に入った時に、彼から壊されたのだった。
「そうだったじゃないだろ! なんでそんなことを忘れられるんだよ? 信じられねえ、この女」
「暢気、無防備を通り越して、馬鹿の極みだな」
き、極めてしまいましたか。
そんな称号、いらないのだけど……。
「ほら。新しいのやる」
「へ?」
九十九はどこからか前の通信珠と似た珠を取り出した。
こんなに暗い部屋なのに、薄っすらと光っている。
「お前のことだから、無くしたり壊したりは想像の範囲内なんだよ。だが、もう無くすな、壊すな!」
「あっても、意味ねえんじゃないか? 結局、騎士さまはお姫さまを危険に晒しちまうわけだし」
「危険を加えるヤツが何を吐かすか。お前らが余計なちょっかいを出さなきゃオレの負担は半分以下に減るんだ」
「負担……、か。あんたにとってこの娘は負担なんだな?」
「そんなことは言ってねえ」
何やら、二人が言い争いを始めそうだけど……、わたしはそんなことはどうでも良かった。
「これ……、前の通信珠より色が濃くない?」
「え? ああ、前のより、少し通信感度が上がっているらしい。兄貴がストレリチアで買ったとか……」
「そっか……、ありがとう。今度は壊されないようにするよ」
そう言って、ぎゅっと握った。
今度は……、油断しない。
「ふ~ん……」
壊した主は、チラリとこちらを見たが……、それ以上、何も言わなかった。
「で、こんな夜更けに外に出て、お前は何する気だったんだ?」
「ん? 外がなんか妙に賑やかだから気になった」
「そうか?」
「魔法が使えない女より鈍いのか、あんたは……。外の方で、あれだけ騒いでいるというのに……」
「なんだと?」
九十九が少しイライラしているみたいだ。
いつもよりも余裕が感じられない。
「そっか……。ライトにも聞こえたなら、気のせいじゃないんだね」
「……って、お前はまた厄介ごとに首を突っ込む気なのか?」
その九十九の質問の意味が分からなかった。
「どういうこと?」
「こんな暗闇の騒ぎなんて、碌なことじゃないだろ。それに、兄気も言っていたとおり、ここでは下手なことをしない方がいい。オレたちとは根本的な所で考え方が違うんだ」
「でも……、様子を見るだけだよ?」
一度、気になってしまった以上、それが何かを確認したくなったのだ。
その騒ぎの原因が分かれば、素直にこの小屋に戻るつもりではいる。
「だから、お前は自分がトラブルに巻き込まれやすい体質だってことを自覚しろっていってるんだよ」
「なんで、そう決め付けるの?」
「過去の経験から明らかだ」
九十九のその気持ちも分かる。
今まで彼に迷惑をかけたことは数知れず。
だけど、気になったままじゃ眠ることなんてできない。
すると……。
「面白い。俺が付き合ってやる」
ライトが楽しそうにそう言った。
「「へ?」」
「シオリはこの喧騒が気になる。そして、俺も気になったから目が覚めた。利害は一致しているが?」
「それでも、危険だろう? 何が起きてるかも分からないんだ」
護衛としては九十九の意見は間違っていない。
危険からわたしを遠ざけたいと言う彼の気持ちはよく分かる。
「分からないから様子を見たいだけなの。もし、この騒ぎがわたしたちに関わることだったらどうするの?」
彼らは侵入者を排除する傾向にあるみたいだ。
もし、この騒ぎがわたしたちへの処遇で揉めているとしたら……?
「それに……、主の意思に従うのが従者で、主を危険から護るのが護衛の勤めだろう? それとも何か? あんたは護る自信がないと……?」
「ぐ……」
ライトが言うことも間違っていない。
だけど、それは普通の主従関係にあれば……、の話。
「誤解しないで、ライト。確かに彼は、護衛だけど、絶対にわたしの意志に従えとは言っていない」
「だが、護衛にあることは変わりない。まあ、良いさ。あんたは寝なおせ。シオリのことは俺が面倒見てやるから」
ライトはそう言って、何故かわたしの肩に手を置いた。
「見せれるか!!」
九十九はライトを睨みつけ……。
「オレも行く」
そう返事した。
彼としては不本意だと言う雰囲気を保ったまま。
そうして……、わたしたちはこそこそと小屋から抜け出したのである。
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「良いのか? 先輩」
暗闇の中、水尾は恐らく起きているであろう雄也に向かって声をかける。
「良いだろう。彼の言うことは尤もだ。俺らは彼女の意思に従う義務がある」
案の定、雄也は起きていた。
「先輩は?」
「俺はここで、待機しておく。同じ視点から見ても同じものしか見えない。少し距離を置く人間も必要だ。キミもそう思ったから、何も言わなかったんだろう?」
「私は……、高田とアイツが二人になるようだったら、出るつもりだったが……、九十九が行くなら問題ないだろう」
水尾は楽しそうに笑う。
「見え透いた挑発に乗りやすい弟だからな」
「素直なんだろ。良いことだよ」
「うまくいけばな……。だが、その素直さに足元を掬われなければ良いのだが……」
「そのために傍観者面した兄貴がいる。バランス取れてるよな、先輩たち兄弟は」
「褒められている気がしないな、それは……」
雄也は肩を竦めた。
「褒めてるよ。今は先輩と二人きりじゃないからここにいるという選択ができることもできるのは幸いだな」
「どういう意味かな?」
「寝室に先輩と二人きりで……、なんて襲ってくださいと言ってるようなものだ。私もそんな無謀なことはしたくない」
「……無理強いをしたことはないのだが……。我ながら、ひどい誤解をされているものだ」
水尾の分かりやすい言葉に雄也は苦笑する。
「ホントの事だろ? ……そうじゃなければ、人間界にいた時にあんなにドス黒い、恨みってより殺気に近い魔気を纏っているかよ」
「……魔気か。昔は、そこまで注意を払っていなかった。指摘する人間もいなかったからな」
気にするようになったのは、魔界に戻り、水尾のように変化に敏感な人間たちに会うことが増えてからだ。
「……高田が知ったら、泣くぞ」
魔力の封印が解けている今のあの少女なら、雄也が纏っている魔気の変化ぐらいは気付きそうだと水尾は思っている。
「俺は、必要以上に手を出すことはしていない」
「どこまでが必要なんだか……」
水尾は呆れたようにそう言った。
「仮に必要だとしても……、それでも……高田は泣くだろうな。まだ……、純粋だから」
「キミは純粋じゃないとでも?」
「ここまで他人の魔気にやら魔力やらに敏感だと、もう、高田みたいな聖域にはいることはできないんだよ」
「……同感だ。それだけに、彼女には少しでも長く、その域にいてほしいものだ」
「それも九十九の……、『発情期』次第じゃないのか?」
「…………弟に体験の機会はないと確信した言葉だな」
水尾の言葉に、兄としては、少々、複雑な気分でもある。
「ないだろ。あれじゃ……」
水尾は溜息交じりにそう言った。
「九十九は、高田に惹かれているくせに、高田に近づく男が許せないくせに、当人がそれを認めていない。意地っ張りにもほどがある」
「主従である以上、仕方がない」
それは勿論、建前の言葉。
本質はもっと別の場所にあることを、雄也だけが知っている。
「それでも……、今のままじゃ高田が傷つくのが目に見えているんだ。誤魔化し続けることは、危険だってもっと自覚しないと……」
「ヤツに自覚させる方が危険だな。すぐ熱くなる上、思い込みも激しいから、多少のことでは止まらなくなる。それでなくても、あの年頃の性衝動というものは歯止めが効かないものだしな」
九十九とそう歳の変わらない雄也はそんなことを言う。
「多少暴走したぐらいが丁度いいんじゃないか? ヤツらには……」
「極論だな。どちらにしても……、弟は彼女とうまくいってもらうわけにはいかない。お互いのためにな」
「そうか? 高田には公式的に身分がないんだから、寧ろ都合が良いんじゃないのか?」
「今のところは……、だな。だがこの先、もし、彼女の義兄に何かあれば、血が濃い人間は彼女しかいないだろう?」
「先輩……? まさか……?」
その言葉の意味を理解し……、水尾は少し息を呑んだ。
部屋が暗いため、雄也の表情は分からない。
「可能性の問題だ。他意はない」
そう言う雄也はいつもどおりの口調だった。
魔気も大した変化は見られない。
だが、この男は感情をある程度、コントロールできる。
だから、この言葉をどんな気持ちで言っているのか魔法国家の王族である水尾ですら分からなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




