仲良しきょうだい
呉越同舟――――。
不倶戴天の敵とされた「呉」と「越」は何十年もの間、戦いを繰り広げたが、その憎しみ合っている両国の人が、同じ舟に乗って川を渡るときに舟が転覆しそうな状況になれば、普段の恨みも忘れて互いに助けあうだろうと……兵法書で有名な孫武は言った。
いや、そんな懐かしい知識はどうでも良い。
問題は、雄也先輩が言った「この地で共存する」という言葉の方だ。
アリッサムを滅ぼしたのは彼ら兄妹ではないが、彼らの国が関わっていることは間違いないらしい。
そうなると……水尾先輩からすれば、故国の仇であり、何度も狙われているわたしとしても、警戒なく接することはできない存在である。
だが、そんなわたしの視線に気づいたのか、水尾先輩は小さく息を漏らす。
「ここは長耳族の村だからな。こいつらからいろいろと聞き出すために脅したところで、私たちの印象が悪くなるだってことは分かってるよ」
「そう言うことね。逆に言うと、私たちも貴方たちに下手な手出しはできないってことよ」
ライトの妹……ミラクティさんはそう言った。
「長耳族……、この『シーフ』の村ってそんなに良くないのですか?」
さっきもそんな話をしていた。
「シーフって何だよ?」
九十九が反応する。
「当人たちが言うには、彼らの種族名なんだって」
「ほう。それでは今後使わせていただくことにしよう。郷に入っては郷に従えというしな。相手の意思の尊重は必要なことだ」
雄也先輩も知らなかったらしい。
「長耳族は……、長耳族だよな~」
水尾先輩はぶつぶつ言ってる。
「それでは、早速……、『シーフ』の村が良くないというわけではないのだ。種族維持のために必要なことをしているだけ。だが、それが、我らにとっては好ましくない結果を生んでいるんだよ」
雄也先輩がそういうけど、よく分からない。
「高田にも分かるように言うと、秘密保持のためなら何でもするってことだな。現にこの場にいるちょっと変わった毛色の魔気を纏っている二人は魔法封じを施されているだろ。私たちも派手なヤツをぶっ放したら、情け容赦なく魔法封じをされると思うぞ」
「魔法封じ……」
ただ、ライトの魔法封じはわたしが提案したものだけど。
あの言葉がなくても、魔法封じって発想があったかは分からない。
「秘密保持のためというのは分かりましたが……、わたしは連れてこられたようなものですよ?」
「ああ、高田が気に入られたから、私たちも連行されたんだろうな。この森に入ったところから視られていたみたいだし」
ああ、そういえばわたしが彼らに襲われたことも、崖から落ちたことも知っていた。
「それにヤツらは心を読むわ。少しでも疑いのあるものは許せない。だから、簡単には逃がしはしないでしょうね。……っていうか、こんなことも理解できないの?」
「高田は特殊だからな」
水尾先輩……、フォローになっていません。
「我らが害なしと判断されるまではこのまま軟禁されるだろうね」
「害なしって判断されるまでにどれくらいかかると先輩は思ってる?」
「さあな。ここの長のお考え一つだ。だから、今、争うのは得策とは言えない……。生活がどれだけ長引くかは分からないが、当分はこの小屋で共同生活を強いられることになるのは間違いないだろうし」
「兄貴、なんでこの小屋なんだ?」
「視たところ、ここの結界がこの村で一番強固だな。だから、先輩の言うとおりになると思う。外部からの侵入者を軟禁するための場ってとこか」
「つまり、共同生活をしなくちゃいけないから、私と兄さまを泳がすってこと?」
ミラクティさんがそう尋ねる。
「同居人とは仲違いしたくないのは同じだろ? 居心地が悪くなるのはお互い本意ではないだろうし」
「私はそうだけど、兄さまは分からないわ」
「大丈夫だ。キミは九十九がいるし、彼も栞ちゃんがいるから」
「「「へ? 」」」
「ああ、そうか。そう言うことか」
雄也先輩の言葉に何故か、納得する水尾先輩。
だが、わたしたちはそういうわけにはいかない。
「な、何言ってんのよ!!」
「何抜かす、このクソ兄貴!!」
「それがなんで大丈夫なんですか?」
三者三様の返事……、と言いたいがほとんど内容が変わっていない。
「そうだよ、先輩。お互い牽制して仲が悪くなる可能性もあるだろ?」
「いきなりそう言うことは起きないよ。暫くはお互い状況を観察したいだろうし」
「「人の話をきけ!! 」」
ミラクティさんと九十九が同時に突っ込む。
仲がよろしいことで。
「彼女は九十九が好きなのは見てとれるし、それについては本人も認めている。だから、九十九には無害だ。ならば、あまり害はないだろう」
「どういう意味だ、そりゃ」
「この中で一番危ないのはお前だからな。現に深手を負ったのはお前だけだし」
「高田の方が危険だろうが!!」
九十九の言うことは分からなくもない。
ライトに助けてもらうと言う彼の気まぐれがなければ、わたしが一番重傷だっただろう。
「眠っているこいつは、高田に多少の好意……、興味を持っている。確かに敵意もあるが、私たちの前でいきなり何かするというようなことはしないだろう。つまり、妹を抑えることもできるだろう。つまりは、この場で危険は少ないってことだ。魔封じもされてるからな」
「素直に納得できないわ」
「だが、納得してもらうしかない。それに……、共同生活はキミにとっても多少のメリットはある」
「聞かせてもらおうかしら?」
「弟に迫り放題だ」
酷い言葉を聞いた気がする。
「兄貴!!」
ゆ、雄也先輩?
「あら、それは素敵」
み、ミラクティさん?
「我が主のためだ。お前には犠牲になってもらおう」
わたしのために、そんな犠牲は要らないです。
「大変だな、九十九」
「そう思うなら止めてくださいよ!」
「お前の身一つで高田や私たちも安全が保障されるなら安いもんだろ? 諦めろ」
「水尾さ~ん!!」
「そうよ。諦めて、ツクモ様」
「つ、ツクモさまぁ?」
はっ。
いかん……。
動揺のあまり、つい声に出してしまった。
いや、だって「様」って……。
「そうよ、ツクモさま。私の命の恩人だものね~?」
そう言いながら、ミラクティさんは九十九に張り付く。
本当に仲がよろしいことで。
「そういうわけだ。理解していただけたか?」
雄也先輩がライトに声をかけた。
「仕方がない。本意とはかけ離れているが、それを承諾せざるをえないのは認める」
「ら、ライト?」
「兄さま?!」
彼はいつから起きていたのだろうか?
「騒ぐな、傷に障る」
あ、そうだった。
「随分と、魔気が弱っていらっしゃるようで」
ん?
なんか、妹であるミラクティさんの様子が……?
「案ずるな。幸い、かなり強めの魔法封じを施されたお陰で、例の発作も抑えることができているようだ。魔法封じで抑えることが可能だったのは意外だったがな」
「エルフの魔法封じが特殊だからでしょうね。残念だわ……。あの様こそ見てもらいたかったのに」
「お前にとってはそうだろうな」
「でも、良いでしょう。展開としては面白くなったことだし」
兄妹って……、こんな感じなのかな?
「なんか、会話がトゲトゲしてないですか?」
こっそりと水尾先輩に尋ねる。
「年頃の異性の兄妹だからかもな。私も先輩たちも同性兄弟姉妹だし」
「ああ、意識しちゃうのか」
お年頃って扱いが難しいって聞くもんね。
男の子が母親に対してとか、女の子が父親に対してとか。
わたしは、実質、母親しかいないようなものだから、そんな感覚は良く分からないのだけど。
「ふむ……。これだけ傷を負ってもそれほどの会話ができるか……。我が弟よりは精神力が上だな」
「悪かったな、精神力が脆くて」
「一緒にするな。鍛え方も環境も違う」
それぞれ反応する。
「しかし……」
そう言って、雄也先輩はライトの脇腹をつつくと……。
「うがぁ~~~~~~っ!!!!」
ライトが変な悲鳴を上げた。
「兄さま!?」
流石にミラクティさんが慌てた様子を見せる。
「反応はよく似ている。面白いものだ」
「ああ、九十九もこんな反応しそうだよな」
「そうか? オレはもっとマシだろ?」
わたしは水尾先輩の言葉に同意だ。
九十九も同じ反応をすると思う。
「だ、黙れ!! くそ! 俺がこんな身体じゃなければ……」
「それでも、まだ軽口を叩く余裕有り……、か。キミもやってみるかい? 兄とはいえ、腹に据えかねる愚行を犯すこともあるだろう。何せ、お年頃だからな」
「え?」
雄也先輩はミラクティさんにそんなことを言う。
「復讐したいと思うことも多々あるだろう」
ふ、復讐!?
なんか、物騒な単語が出てきましたよ?
「兄貴?」
「そ、そりゃ……、たまには……」
彼女にはあるらしい。
何か大事なものを奪われたとかそんな感じ?
「じゃあ、今がチャンスだ」
そう言って、雄也先輩は彼女を促す。
「おい、こら! そこのサド!!」
「我々の会話でそれは察しているだろう? 可愛い妹さんのささやかな復讐心。それを受け止めてやるのが兄の役目ではないかね?」
「お前が弟の復讐心を受けてから言え!!」
ライトも、彼らの日頃を知っているようだ。
「ふっ。甘いな。可愛い妹からの仕打ちはどんなものでも耐えうる自信はあるが、生意気な弟から受けてやる義理はない」
なかなか酷いことを笑顔で言う雄也先輩。
九十九はかなり複雑な顔をしているが、この辺りは今更だろう。
「それとも、キミは、妹に対して今まで何の罪も犯していないと言い切る気かい?」
「貴方……?」
ミラが雄也先輩を見つめる。
九十九も……、雄也先輩を見ている。
「さあ、どうぞ。金の髪のお嬢さん。どうやら、キミの兄上はその罪を自覚し、観念してくれたようだよ」
確かに、先ほどまでと違ってライトは落ち着いている気がする。
「やれよ、ミラ」
自棄になったようにライトは言った。
「に、兄さま?」
「しかし、許すのは一度だけだ。それ以上は俺の身がもたないから止めてくれ」
「じゃ、じゃあ……」
そう言って、ミラクティさんは、ライトに向かって……、なんとそのお腹を踏んだ上、さらに体重をかけたのだ。
どれだけのことをされたら、そんなことをしたくなるのだろう?
それを見ていたわたしの方が、思わず悲鳴を上げそうになったぐらいだった。
彼の身体で重傷だった場所を的確に踏み込んだのだ。
その傷は少し治癒されたけれど、完治はしてないと聞いている。
彼の衣服を捲った時に見た大きな傷が頭をちらついた。
「ぐっ!!」
だが、普通でも叫んでもおかしくはないのに、先ほどのような悲鳴もあげなかった。
だけど、それは彼が耐えたからだ。
唇を噛んだのか、口元に赤いものが滲んで見えたのは気のせいではないのだろう。
「こ、これで……、満足……か?」
そう言ってライトは倒れた。
どうやら痛みのあまり失神したらしい。
それだけで、どれだけの激痛だったのかが解る気がした。
それでも……、兄の意地なのか。
彼は、最後まで「痛い」とも言わなかった。
「兄さま……」
ミラクティさんは呆然と自分の足とそれが触れたところを見つめている。
彼女の心境は分からないけれど……、一体、彼が何をしたら、ここまでのことをされるのだろう?
「兄も弟にコレだけのことをしてくれたら……」
九十九がポツリとそんなことを言った。
「馬鹿を言うな。可愛くない弟」
「分かってるよ、可愛くない兄」
雄也先輩と九十九がそれぞれ笑顔で言い合う。
「それでも……、仲が良いよな、この二人……」
「そうですね……」
水尾先輩の台詞に、わたしは素直に頷いた。
「良くない!!」
「それは心外な発言だな」
でも、仲が良いよね? この兄弟。
言葉は違うけど、言っている意味は同じなのだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




