ギリギリまで悩む
「いろいろと言いたいことはあるんだけどさ……」
わたしは溜息を吐きながら言った。
「なんで、まだいるの?」
「お前の母親がせっかくだから朝食をどうぞって言うから……」
目が覚めたわたしが、いつものように朝食を取ろうとした時、何故かそこには既に客用茶碗を抱えた九十九がご飯を食べていたのだ。
そのあまりの違和感にわたしは、もう一度、寝直そうとしたぐらいだった。
「それにしても……、お前はちょっと寝すぎだろ。だから、毎朝、遅刻ギリギリの時間帯になるんだぞ」
確かに夜遅くに呼び出したのはわたしだった気がしないでもないが、それでもこの状況は予想外すぎるだろう。
「九十九くん、おかわりいる?」
「あ、いただきます」
そんな呑気なやり取りに眩暈がする。
「やっぱり男の子は違うわね。気持ち良いぐらいよく食べてくれるから、作り甲斐があってうれしいわ」
「いやいや……、母さん? なんでこの状況をすんなり受け入れてるの?」
あまりにも平然としすぎる母の態度に頭痛までしてきた。
普通、年頃の娘を持った母というのは、もっと同年代の男の子という存在を警戒するものではないだろうか?
これはわたしの母だけ?
「なんでって……。九十九くんは、栞のボディーガードでしょ? 食事の世話ぐらいしてもいいとは思うけど?」
確かに……自分の身を護ってくれているぐらいだから、三食昼寝付きの待遇でも安いぐらいだとは思うけど……。
「それでも……、すこぉ~しぐらいは問題があるかな~とは思わない?」
「何故かしら? 昔から貴方たちは一緒に過ごしていたんだから、問題は何一つないと思うわよ?」
「そんな文字通り記憶にない頃の話をされても……」
性別を意識していないような年代の話ならそれでも良いだろう。
でも、今はお互い成長しているのだ。
そんな娘の主張は通らない。
さらに母親は爆弾を容赦なく投下していく。
「さっきも一緒のお布団で寝ても何も問題なかったのよ? これだけ信用できる護衛なら安心でしょ?」
「はい?」
なんか……、今、さらりととんでもないことを聞いた気が……。
「言っておくが、オレの意思じゃないからな」
九十九がお味噌汁を啜りながら呟く声が聞こえた。
それは肯定と言うことか?
「一緒の……、布団って…………、何それ――――っ!?」
わたしは力の限り叫ぶしかなかった。
「もう一度言っておくが! 本当にオレの意思じゃねえぞ! お前の母親が、うっかり眠ってしまったオレを放り込んだんだからな!」
それは……、我が母ながら凄い力だ。
………じゃなくて。
「電気をつけっぱなしにして眠っている方が悪いでしょう? 光って隙間から結構、漏れるのよ? それに、ぐっすり眠っていたし、あのままだと風邪引くと思って、貴女の横に九十九くんを入れてあげたのよ」
笑顔でとんでもないことを言う母。
「きゃ、客用布団が二式ぐらいあったでしょ?」
「最近使ってなかったのよね~。ここのところ、泊まるような来客もなかったし。使用後にクリーニングはしてあるとはいえ、せめて干してからじゃないと使わせるのも……、ねえ?」
「……だからって……」
いくらなんでもあんまりだ。
年頃の娘を、同年代の男子と一緒にお布団に入れる……。
いくら、わたしに意識がなくて決定権がなかったとはいえひどすぎる。
「でも、一応、栞には聞いたのよ? 『九十九くんもいれてあげて良い? 』って。そしたら、貴女は『九十九なら良いよ』って返事したの、覚えてない?」
「覚えてない!」
寝ぼけたわたしに聞くほうが間違っている。
自慢じゃないが、半分以上意識ない状態での会話なんて覚えちゃいないんだから。
「オレの意思はともかく、お前に意思確認したんなら問題はないんじゃねえ?」
「九十九は黙っていて!」
「いや、オレも当事者なんだが……」
確かにわたしと九十九が一緒に寝たところで、何かあるわけはない。
せいぜい、わたしのベッドは狭いため、蹴飛ばす心配があることぐらいだろう。
だが、問題はそこではないと思ってしまうのはわたしだけだろうか?
「それはそうと……、そろそろ食べ始めないと本当に遅刻よ? 今日は卒業式だから、恵奈ちゃんと早めの待ち合わせにしたんでしょ? 私は後から行くからね」
「あ、そうだった……」
ワカをあまり待たせるわけにはいかない。
「まあ、今回は寝ちまったオレにも非はあるってことで……、次は気をつける」
それを言ったら、わたしだって、夜中に呼び出したわけだから……、非はわたしのほうが大きい気がする。
「もう良いよ。わたしの母が普通じゃないのがいけないんだし……」
「あら、ひどい」
別にひどくはないと思う。
普通じゃない母親だったから、夜中、わたしの部屋に九十九がいたにも関わらず、騒ぎ出すこともしなかったんだし。
一般的な家庭なら、発見時に緊急家族会議を行うところだろう。
「若宮と待ち合わせか……。オレは姿を消していたほうが無難だな」
でも、ワカなら動物的な勘みたいなので気付かれそうな気もする。
「ちょっと距離を離す……とかは?」
「咄嗟のときに間に合わん。」
きっぱりと九十九は言い切った。
でも、誕生日に起きたことを考えれば、それは過剰な反応ではないと思う。
あの日は九十九が隣にいたから、一緒に巻き込まれる形になったけれど、もし、距離が離れていたらどうなっていたかは全然分からないのだから。
「まあ、わたしは魔法や魔界とやらについての知識はさっぱりなので、その辺の判断はお任せします」
護られている身なので、あまり贅沢なことはいえない。
それに九十九たちはちゃんと、わたしの今の生活を気遣ってくれている。
だからこそ、無理に魔界へ連れて行こうとしたり、「魔界に行くべきだ」という言葉を口にしないのだ。
その方が、わたしにとっても周囲にとっても一番問題ない選択肢なのに。
「もし、わたしが絶対に魔界に行かないって言ったらどうするの?」
「もう少し、対策を兄貴と考えることになるかな。オレとしては、同居を提案したい」
「……おおう」
年頃の男女が一つ屋根の下で生活。
まるで、漫画のようだ。
惜しむべくは、そこに恋愛感情はなく、仕事のためという事務的なものではあるけど。
「でも、移動魔法って便利なものがあるから、距離はないようなものでしょ?」
「移動魔法も制限があるんだよ。この前みたいに結界があると、恐らく、外から介入はできない」
「結界? バリアーみたいなの?」
漫画とかではそんな感じだったはずだ。
「いや、結界にもいろいろと種類があってだな。お前が言うような防護もあるが、指定した空間内部の異常を外に伝えないようにする情報遮断、内部の行動を制限するためのものが一般的だ。人間界で魔法を使うための工作みたいなものか」
思ったより、いろいろな種類があるらしい。
でも、内容を聞く限り、漫画とそう変わらない気がする。
「情報遮断や行動制限? あの三人組のも?」
「いや、この前のは恐らくもっと上位結界だな。任意のものを強制的にどこかへ飛ばす転送魔法とも違って、あの場所に異空間を作り出していたようだった。それに信じられないが、時間軸にも干渉していたと思われる」
確かにあの場所は景色もおかしかった。
青い透明感がある鉱物に囲まれていた異空間。
そんな印象だった。
それに、時間軸ってことは……、時間も操るってことでよいのかな?
「……そう考えると、あの人たちも周囲を気にしてはいたんだね」
それはちょっと意外だった。
あの人たち、人間を下等とか言っていたぐらいだったし。
「人間も数が集まると面倒な存在になるからな。目撃者が一人、二人ならともかく、多数になると証拠隠滅も大変だ。それに……魔力を持った人間が相手だと、記憶の操作も難しくなる」
「……なんか物騒な言葉が出てきたんだけど……」
「……証拠隠滅? それとも、記憶操作の方か?」
「どちらも不穏な四字熟語だよ」
こうして話していると、昔は今よりももっと子供だったから気付かなかったけど、結構、魔界人と人間って考え方や感覚が違うね。
人間界で長く生活しているはずの九十九でもここまで違うのだから、普通の魔界人と呼ばれる人たちとはもっと相容れないかもしれない。
だから、ギリギリまでもっとよく悩んでしっかり考えよう。
この先、後悔しないためにも。
ここまでお読みいただきありがとうございます。