集落に着きました
森の中で、緑の珠に案内された先は……、木で作られた小屋が建ち並ぶ村だった。
近くには、畑もあり、人もいる。
「でも……」
失礼だとは思いつつも、その人たちの耳に自然と目がいってしまう。
そこに住んでいる人たちの耳はわたしたちみたいな形ではなく、皆、長く尖っていて、垂れ下がっていた。
こんな人たち……、絵でしか見たことがない。
妖精……、イメージ的にはエルフが近い。
「まさか……、長耳族の集落か?」
ライトが驚いたように呟く。
「長耳族……?」
そう言えば……、この魔界には長耳族と呼ばれる精霊がいるっていう話を以前、聞いたことがある。
『客人たち』
「はい!」
急に声を掛けられたので、妙に背筋が伸びて叫んでしまった。
『よくぞ参られた。私がこの集落の長だ』
その声のする方を向くと……、白磁のような肌をした背が高い細身の人が立っていた。
その髪は薄い金色をしていて、長いストレートをゆったりと後ろの方で束ねている。
瞳は……、暗い紫色だった。
人間界の……、ダークパープルなスギライトが近いかな?
『こちらへ……。まずは、治療をしよう』
「ほ~。俺みたいな怪しいヤツでも治療する気か?」
『お前ではない。そちらの娘の方だ』
「へ?」
その長耳族の長に言われて……、思い出す。
そう言えば……、さっき、逃げている最中に結構、派手にすっこけたっけ。
さらにゴロゴロ転がった覚えもある。
痛みを感じているような余裕もなかったから、忘れていた。
でももう、血も固まっているし……、洗うだけで良いと思う。
「いいえ、彼を優先させてくださるとありがたいです。その……、いつまでも、彼を肩に載せているのは辛いのです」
彼が全体重をわたしの肩に預けているわけじゃないのだが、歩いた距離とかそう言うのを考えても、大の男を支えるのももう限界だと思う。
「……だそうだが、長耳族のお偉いさんはどうする?」
『それは断る。その男がどういう行動に出るか分からぬからな』
「……だとよ」
なるほど……。
危険が考えられるから治療はしないってことですか。
まあ、彼らからすれば当然の判断かもしれない。
心が読める分、わたし以上に彼を危険視していてもおかしくないだろう。
でも……、それならの行動を封じておけば、問題はないのではないかな?
昔のわたしみたいに魔法を封印する方法だってあると思う。
5歳児が使えるような魔法だしね。
「人間の魔法封じができる人は?」
『なるほど……。それならば許可しよう』
「は?」
この人は、わたしの考えが読める。
……ってことは、余計な言葉なんて要らないということでもある。
これは便利と言って良いものか。
今の彼ならそんなのは杞憂かも知れないけど、わたしはともかく、彼らが信用できないと言うのも分からないでもない。
だったら、双方納得がいく形に収めるしかないだろう。
『治癒術師……、客人たちを治癒の間へ。ああ、男の方は魔法術師たちもついていけ』
「へ?」
その長の言葉で、わらわらと女の人たちがわたしたちを取り囲み、担ぎ上げるようにして、抵抗する間もなく、小屋の一つに連れ込まれたのだった。
****
小屋の中はいくつか小部屋に分かれていた。
見かけより広いから、多分、ジギタリスみたいに空間を広げたりしているのかもしれない。
ジギタリスのあの大樹の入り口は、あの大陸に住んでいた長耳族が造ったと昔、楓夜兄ちゃんが言っていた気がする。
わたしとライトはそれぞれ、別々の小部屋に文字通り放り込まれた。
「な、何しやがる!?」
壁の向こうから、ライトの声がする。
妙に焦っているような声は珍しい。
「うお!? 待て待て!」
どこか慌てた声?
「どさくさ紛れにどこ触ってやがる!?」
そんな切迫したライトの声に混じって、甲高い女の人たちの声が聞こえる。
なんか、はしゃいでいるような感じ。
「やめろ~!!」
一体……、この壁一枚向こうでどんなことが行われているのだろうか?
あまり深く考えない方が良いかもしれない。
それに、ある意味、彼も大人しくしているようだ。
『お召し物をお脱ぎ下さい』
「へ?」
それまで、黙っていた長耳族の一人がわたしに声を掛けた。
『治癒の術の効果を上げるためです』
そう言えば……、ストレリチアで私に施された封印解放の儀式の時も、身体を洗って服を着替えさせられた。
それと、似たようなものかな?
『そうですね。治癒の術は貴方たちで言う儀式のようなもの』
あ、この人にも伝わっている。
ここにいる長耳族は皆、そうなのかな?
『いいえ。全ての「シーフ」にその術が備わっているわけではありません』
シーフ?
盗賊?
『……貴女方が「長耳族」と呼ぶ私たち種族のことです』
「ああ、なるほど。それが正式な呼び方なのですね」
一般で言われている「長耳族」ってのは、あくまでこっち側……、わたしたちと同じ魔界人が考えたもの。
だから、彼女たちには彼女たちなりの種族名というものが、ちゃんとあるのだろう。
そう言えば、楓夜兄ちゃんも「ヴァーフ」の末裔って言っていたし。
『え?』
わたしの考えに反応したのか。目の前の女の人が目を丸くした。
「……違いましたか?」
『い、いえ……。あまりにも素直に認められたので戸惑ってしまって……。「グール」が「長耳族」という名称を改めると思っていませんでしたから』
グール……?
愚か者?
『私たちが言う、貴女方の種族のことです』
つまり、一般的な魔界人のことか。
でも、どこか馬鹿にされているような気もする名称だけど、彼女たちにそんな悪意はないんだろうな~。
『貴女は……、ひどく変わっていますね』
「よく言われます」
変とか、馬鹿とか、考え無しとか。
『だからこそ、長も認められたのでしょう』
否定されなかった。
「えっと、服を脱がないといけませんか?」
『はい』
隣からの先程の叫びはそういうことか。
しかし、妙に静かになったのが気になるけど。
「ま、それなら仕方ない。脱ぎましょ」
女同士だし、別に……、殿方もいないので、そこまで恥ずかしくはないけど……。
でも、ここの人たち、皆、なんかないすばで~な方々ばかりだから、脱ぎにくいな。
もそもそと脱ぐ。
「……って全裸?」
『はい』
表情も変えずにこの人は言う。
流石に全裸となると、女同士でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。
しかも初対面で生まれたままの姿を披露できるほどわたしは自分の身体に自信はない。
だけど……郷に入っては郷に従えっていうし。
「ええい! これでどうだ!!」
思い切って、景気よく衣服と肌着を脱ぎ捨てた。
うう。
恥ずかしい……。
しかし、恥じらっている暇はなかった。
「ふえ?」
気付くと、わたしの身体は宙に浮かされていたのだ。
「うわ!?」
こ、これではわたしの全てがこの人たちに丸見えに!? ……とも思ったが、よく見ると女の人たちは皆、目を閉じていた。
見たくないってことじゃなくて、術に集中しているのだろう。
……じゃあ、わたしも素直に観念しよう。
悪意は感じないし。
わたしに対して生命を脅かすほどの強い害意があれば、自動防御はわたしの意思とは無関係に発動する。
無意識の自己防衛だから、それについては抑え込むことはできないと、水尾先輩も言っていた。
だから……、あの時も……。
目を閉じて、全身の力を抜く。
途端に……、先程までは浮遊感以外の感覚はなかったのだが……。
―――― 風?
わたしの周囲を激しい風が覆っているような気がした。
素肌に直接当たり、髪の一本、一本が千切れんばかりに乱舞している。
でも、それほど強い風なのに吹き飛ばされてしまうような不安感が全然ない。
それはまるで……、初めて封印を解放して、結界の外に出た時の感覚にも似ていた。
―――― でも、あの時みたいに怖くもない。
これは、明らかに自然現象における風ではない。
魔力……、いや、彼女たちの術によるものだろう。
だからこそ、身も心も癒されているのだ……。
そうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか?
周囲に纏っている風の気配がなくなり、わたしの身体はゆっくりと床に降ろされた。
「はぁ~」
思わず、目を閉じたまま息が漏れる。
感覚としては、お風呂から上がった時のような気怠さと、心地良さによく似ていた。
床の木の匂いと、肌に伝わる感触でようやく、目を開ける。
「はっ!」
そうして……、現状を思い出した。
「も、もう……。服着ても良いでしょうか?」
周囲から無言でわたしに向けられている視線。
わたしは、真っ裸のままだったのだ。
『はい。お着替えはこちらに……』
無表情で、彼女たちはわたしに服を手渡してくれる。
「あれ?」
その渡された服は、わたしが先程まで着ていた服とは違っていた。
どちらかというと、彼女たちが着ているようなヤツだ。
『先程までお召しになっていたものは、汚れていましたので……』
「ああ、そうですか。ご親切に、ありがとうございます」
確かに、あの服は血や土で汚れていた。
せっかく、身体も綺麗になっているのに、また汚すのもどうかと思うので、素直にお礼を言って受け取る。
そして、またもそもそと着替える。
なんか、見た目は木綿の服っぽいのに、内側がサテン生地みたいにツルツルスベスベしていて、なんか不思議な感触。
そして、ツルツルな肌着って、落ち着かない。
汗とか吸い取ってくれるのかな。
「…………」
お着替え完了。
ええ、着替えましたよ。
でも、同じデザインの服って残酷だとは思いませんか?
体型差が思いっきり顕著に出てしまうのですから。
成長して少しはマシになったと思ったけれど、彼女たちを見ていると、そんな考えすら恥ずかしく思える。
「彼はどうなりました?」
『御連れの方なら、まだ治癒の術を施されているところのようです』
「わたしより深手だったからでしょうか?」
『そういうことですね』
そこで、会話が途切れる。
先ほどから基本的には彼女たちから話題を振られることはなく、わたしの発した言葉に対して、簡潔な答えをするのみ。
それがなんとなく居心地が悪い。
決められた言葉しか返さない、感情がないロボットを相手にしているような気がする。
そういえば、彼女たちはあまり表情の変化が見られない。
魔界人と長耳族……いや、魔界人とシーフの違いなのだろう。
「わたしは……、どうすれば良いでしょうか?」
『お部屋に案内します』
「はあ……」
ま、ついて行くしかないようだ。
どうせ、一人じゃ逃げられしない。
****
その移動中のことだった。
「ん?」
静かな村からちょっとした喧騒があった。
見ると、大きな樹の周りに何人か、シーフが集まって何かしている。
「あれは何をしてるのですか?」
なんとなく気になって、傍の人に声をかけた。
『あれは、穢れを祓っているのです』
「穢れ? あの大木が?」
『はい。あの樹は穢れしモノ。毎日、あのように私たちはその穢れを祓うのです』
ちょっと距離が離れているため、具体的に何をしているのかはよく見えない。
ただ、木の枝を振っているように見える。
神道で、神主さんが榊に御神酒をつけて振っているのと似たようなものかな?
その時は、素直にそう思った。
だけど、後でそれがとんでもない誤解だったと気付いてしまうのだけど。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




