二度目の襲撃
それは、反射だった。
これまで、水尾先輩の魔法を何度も見てきたことも良かったのかもしれない。
ライトを咄嗟に押し倒し、自分もそのまま身を伏せる。
先程まで、自分たちがいた所には深々と刺さる尖った数本の矢があった。
「ぐっ……」
紅い髪の青年は勢いよく押し倒した苦痛からか、押し殺すような声を発する。
このままじゃ……、二度目は避けられない。
わたしは、素早く立ち上がって……、矢の刺さっている方向を見た。
その角度から判断する限り、少なくとも三ヶ所からは飛んできている。
方向が極端に変化するような現象が起きていなければの話だけど。
「参ったね……」
これらを避けるだけなら、今のわたしにだってできないことはない気がする。
矢のタイミングに合わせて、今、いる場所から少し離れればすむことだから。
だけど、今は、直ぐ近くに怪我人がいる。
わたしが下手な避け方をすると、彼に当たってしまうのだ。
それは、自動防御も頑張って押さえこまなければいけないということでもある。
自動防御そのものの威力も心配だが、跳ね返した流れ矢が彼の方に向かってしまう可能性があるからだ。
「狙われているのは、確かみたいだよね」
刺さった場所を見た限り、確実に、わたしたちを狙ったのは分かっている。
しかも威嚇射撃ではなく、当てることを目的にした矢だった。
「俺の服を使え」
わたしの足下から不意に声がする。
「へ?」
「どちらにしろ、これはお前に裂かれているのだ。多少、頑丈に出来ているから多少、これを使って払うだけならお前にだって出来るだろう」
苦痛に顔を歪めながらもなんとか、上体を起こし、彼は上着を脱ぐ。
そして、わたしに差し出した。
払うってことは……、これを武器にして、ぶん回せってことかな?
「じゃあ、遠慮なく……」
確かに、彼の黒い服は、わたしが先ほど引き裂いたためにビリビリと破れていて、既に上半身のあちこちが露出していた。
渡された布地は少し重いが、片手でも扱えないことはないだろう。
少し、振り回してみると、思わず笑いが出た。
「そう言えば、以前にもこんなことがあったね。人間界での卒業式を思い出したよ」
そう言うと、彼は少し複雑そうな顔をする。
あの時、わたしは彼からマントを借りて、彼の攻撃を少しの間、防いだ。
今はあの時よりは、体力がある。
あのマントよりは重さがないため、強度としては少し不安でもあるが……、逆に振るいやすくはあった。
「でも、問題は、どこからくるか……」
言い終わる前に、追撃がくる。
「わわっ!?」
反射的に、手に持った黒いエモノを振るう。
打ち返す必要ないのでフルスイングはしていないのだが、その布は面白いように、自分たちめがけて飛んできた矢を絡め取ったり、払い落としたりしていく。
まるで、この布そのものに意思があるような気がした。
勿論、全てを払うことはできない。
いくつか落とし損ねたヤツもあるが、それは、自分たちを素通りしていった。
「なかなかやるじゃないか」
ライトはその額に汗をにじませながら、口元に笑いを浮かべる。
痛みをこらえながらも余裕を見せる彼は本当に意地っ張りだね。
「命、懸かってますから」
だから、わたしもできるだけ笑顔を作る。
今、この状況で、彼に弱気な所なんて見せられない。
エラーが即ゲームセットに繋がる緊張感。
学生時代、ソフトボールをやっていた時だって何度もあった場面だが、今回はそれが洒落にならなかった。
だけど、卒業式の時に比べたら、絶望感は不思議とない。
護る人数も少ないし、あの時よりは動体視力も鍛えられている。
「俺狙いか」
「へ?」
「飛んでくる矢の軌道は、どちらかというと、今、動けない俺に向かっている」
彼に言われるまでそんなことも気付いていなかった。
どうりで、わたしからは矢の軌道が見えやすいわけだ。
「よく見えるね~。わたしは、これらを払うのに必死なのに」
「見えている角度の違いだろう」
「なるほど」
しかし、このままではジリ貧だろう。
まだ大丈夫であっても、わたしの体力が尽きる方が早そうだ。
矢は止め処なく向かってくるのに、わたしはそれを全力で振り払うしかないのだから。
攻撃手段がなく、防御に徹している以上、いつかはあの矢が自分たちを刺し貫くのが目に見えている。
「痛っ!」
矢がわたしの腕を掠った。
自分の体内から動きかけた魔気を必死で抑え込む。
段々、落とせる矢の数も減ってきていた。
姿のない敵は、時間差攻撃や、方向を変えて狙うようになってきているためだ。
あ~、なんか……。
段々、腹が立ってきた。
姿を見せずに動けない相手を目掛けて攻撃してくる辺り、陰険な感じ。
影でこそこそなんて……、自分に自信がないってことじゃないか。
もっと集中しよう。
わたしの目に入るのは矢だけで、それを確実に落とすことだけを考える。
今の自分にできる精一杯のことを確実に。
そう思えば、少しずつ……、矢がゆっくりに見えてきた。
ソフトボールの試合中に何度かあった不思議な感覚。
向かってくるボールが遅く見えるのならば、このわたしに落とすことができないはずがない。
『止めろ!』
不意にどこからか、声がした。
『し、しかし……』
『いいから、止めろ』
どこからそんな声が聞こえているのかその方向ははっきりしないけど……、矢が飛んでくる気配……、いや、さっきまで感じられていた重圧みたいなのがなくなった気がする。
「助かった……かな?」
わたしは、少しだけ気を緩める。
「まだだ」
しかし、彼はまだどこかを睨みつけている。
「……だよね」
分かっている。
今の状況で楽観視はできない。
『人間の娘。お前からは邪悪な気配を感じない。だが、何故、そこの男を守ろうとするのだ?』
「は?」
姿が見えない人からの突然の問いに、頭が真っ白になる。
「つまり、なんでお前が俺を守ろうとするのかを聞きたいらしいな」
「わたしに? 何で?」
「さあな。答えてみろ」
ライトに言われて考えてみる。
「なんで、彼を守っているのかってことなら、簡単なことです。先ほど、彼は身体を張ってわたしを助けてくれました。だから、その御礼はしなければならないでしょう?」
『崖から落ちた時に、そいつが庇ったからか?』
「そうですが……。それを何故、知っているのですか?」
単純に考えれば、どこかで見ていたということだろう。
傍にいるライトだって、できることだ。
『こちらのことは詮索するな。お前は、ただ質問に答えればいい』
なんか……、この言い方。
ほんとに腹立つな~。
なんとなく、魔界ってこんな言い方をする人が多い気がする。
実はわたしが知らないだけで、この世界の標準的な言い回しなのだろうか?
『崖から落ちたのを救ったのは、企みがあるからに決まっているだろう。それに、そこまでお前を追い込んだのもそいつのためだ。何も、お前が守る必要はない。それなのに何故そうまでして守る?』
「まあ、確かに追い込んだのは彼ですし、彼らがこなければ、崖から手足を動かせないままダイブなんてこともしなくて良かったのでしょうけど……。それでも、こんな大怪我をしてまでわたしを守ってくれた人を見捨てることなんてできなかっただけです」
少なくとも、わたしを殺す気がないことは分かった。
それなら、わたしも彼を死なせたくない。
『それが例え、企みを含んだものでもか?』
「企みとかそういうのは分かりません。わたし、馬鹿だから」
『なるほど……。確かに、馬鹿だな』
悪かったね……。
その自覚はあるけど、見も知らぬ他人から指摘されるのはなんか嫌だな。
『しかし、正直なのは認めよう。お前の言葉に偽りはなかった』
「へ?」
ど、どういうこと?
『簡単なことだ。我らは人間の心が読める。お前の心の声と口から出た言葉に相違はなかった』
こ、心が読める?
テレパシーってヤツ?
うっわ~、本当に魔法っぽい。
しかし、相違って結構あったと思うけど。
わたし、思考だとちょっと口が悪かった気がする。
『魔法ではない。我らの力だ』
「魔法とは違う……?」
で、でも……、確かに心を読むというのは、間違いないみたいだ。
それが証拠に思ったことに対しての返事までしている。
『お前の入森は許可しよう。しかし……、そこの男は別だ。それだけの色濃い闇をその身に内包し、さらに、心を閉じている。それだけの怪しいヤツを招き入れるわけにはいかん。その娘に免じてこの場は見逃してやるだけでも有り難いと思え』
「賢明な判断だな」
ライトは、そう言った。
それなら、わたしの答えも一つしかない。
「それでは、わたしも行けません」
きっぱりとそう言い切った。
『なんだと?』
「シオリ!?」
だが、そんなわたしの言葉に、何故か大袈裟に驚く二人の声がほぼ同時に発せられたのだった。
いや、そんなに驚くことではないと思うのだけどね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




