支える少女
わたしの肩にズッシリとした重みがかかる。
「無理するなよ」
そうは言われても、これはわたしを庇ってくれた結果なのだから、多少の無理をしてでも彼を安全な所まで運ばなきゃいけないだろう。
そうしないとこの提案をした意味もないし、全く無傷なわたしの気も済まないじゃないか。
もしかしたら、この傷は、わたしのものだったのかもしれないのだ。
「大丈夫だよ」
これぐらい大丈夫だ。
彼はお腹に傷を負って、さらに足までやっちゃったらしい。
それに比べたら、これぐらいのことどうってことない……はず。
「と、とりあえず……、どこ行こうか?」
「そうだな……。転移が使えれば話は早かったのだが、痛みで集中できない俺は論外だし、魔法が使えないお前も無理だろ?」
「申し訳ない」
こんな時にも魔法が使えないなんて……。
本当に嫌になってしまう。
「お前の連れたちも皆、無事っぽい……、あ?」
「どうしたの?」
「いつの間にか状況が変わってやがる。この魔気の乱れ……。お前の連れの中にも今、俺と同じように怪我した馬鹿がいるな」
そう言われて、わたしも意識を集中する。
はっきりとしない場所に……、いくつかの気配。
そして……。
「九十九!?」
この気配は間違いなく、九十九のものだった。
彼が、今、弱っていることもはっきりと分かる。
それでも、その場所まで分からないのは……、方向感覚を狂わせるというこの森のせいだろう。
「へえ……。魔気の感知はできるようになっていたのか」
「でも、なんで怪我なんか……」
確かに雄也先輩や水尾先輩と比べると、九十九は粗が目立つ。
だけど……、彼自身は劣っているわけではなく、優秀なぐらいだ。
比べる対象が高すぎるだけで、九十九自体は普通の人と比べるとずっと凄いって、水尾先輩も言っていた。
ああ、でも、怪我をするイメージは彼が一番強い。
それに、一度ボロボロになった姿を見たことがある水尾先輩はともかく、雄也先輩は怪我をするなんて想像することもできなかった。
「ミラが……、割と大きな魔法をかましたみたいだからな……。それにやられたんじゃないか?ソレが証拠に、ミラの魔法力が大分落ちている」
「ミラ?」
「妹だ」
聞き覚えのない名前を問うと、彼はすぐに返答した。
「ふ~ん……。あなたに妹がいたんだ。わたしは一人っ子も同然だったから、兄妹ってなんだか羨ましいや」
「……お前は一人異母兄妹がいるだろ?」
それは、一部の人しか知らない事実。
それに、長く会っていなかったし、お互い顔も知らない兄妹なんてほとんど他人だと思う。
「前にも思ったけど……、本当にあなたはどこまで知っているんだろうね……」
「さあな。俺が知っている範囲はそこまで広くない。興味を持っていることにしか探求心はないからな」
「そう言えば、前に言っていたね。わたしの『ストーカー』だって」
そう考えるだけで、少し肩が軽くなった気がする。
時折、わたしの腕にまとわり付いてくる乱れた紅い髪も、気にはなるけど苦にはならない気がしてきた。
「妹って、どんな子?」
「聞いてどうする?」
「兄の目から見た妹というのに興味があるだけだよ」
今は何か話して気を紛らわせたいと言うのもある。
「……俺とはあまり似ていないな」
「じゃあ、素直なんだね」
「どういう意味だ?」
「誰かさんは、かなり捻くれてるみたいだから」
「悪かったな」
「別に悪いとは言っていないよ。単純に、そういう性格なのでしょ」
まだ、ほんのちょっとの付きあいだけど、それでも少しずつ彼のことが分かってきた気がする。
ついでに今のこの雰囲気なら、さらりと彼は答えてくれないだろうか?
わたしが、ずっと気になっていたことを……。
「なんで、あなたはわたしを狙うの?」
それで、彼は少し下げていた顔をふと上げた。
「人間界にいた時も今回も……。わたし、あなたたちに狙われる理由がよく分からないんだけど……」
アリッサム……。
魔法国家がミラージュに狙われたのは、国盗り合戦みたいなもんだと理解はできる。
でも、わたし個人相手にここまでする理由が分からない。
例え、仮に王族の血を引いていることを知っていたとしても、王位継承権があるわけでもなく、公式に認められていない以上、王家の血が流れているということを証明するものは何もないのだ。
身分を証明するような魔名ってやつもないしね。
「前に言わなかったか? お前にはそれだけの価値があると」
「そんな価値ないよ」
「自分の価値は自分で判断するもんじゃない。周りが判断するもんだ。実際、ストレリチアでは『聖女』の認定の話まで出ただろ?」
そんなことまで知っているとは……。
今でも、彼はわたしのストーキングを続けているらしい。
どこかに通報場所はないものか?
「それに、俺にとっては、『聖女』とは関係なくても、普通の人間なんかよりよっぽど価値があると思っている」
「だから、その理由。根拠。それがないわけないでしょ?」
そう言うと、彼は黙った。
「やっぱり……、簡単には話してはくれない、か」
そんなこと、分かっていたことなんだけど……。
「……お前が最後の砦なんだ」
「は?」
突然、そんなことを言われた。
「最後の……砦?」
「これは俺の独り言だ。だから、お前からの質問は一切受け付けない」
そんなことを言われたら続きを黙って聞くしかなかった。
「これだけは覚えておけ。今から……、早くて5年……、いや、下手をすると2,3年以内にお前は災厄に見舞われるだろう」
「へ?」
さ、「災厄」って何!?
……って答えてはくれないって言っていたか。
「そして、その時は……俺はきっとこの世にいないのだろうな」
「は!?」
待て待て待て!
「この世にいないってどういうこと!?」
そう言っても、彼は黙ったままだった。
わたしからの質問は受け付けないって……そう言っていた。
だけど、そんなの関係ない。
そう言えば、以前会った時に、彼は「俺を殺してくれ」なんてことを言っていたことを思い出す。
「重い病気かなにかを抱えているの?」
でも、そんな感じには見えない。
「俺より自分のことをもっと気にしろ」
「わたしは『災厄に見舞われる』でしょ? あなたの場合は『この世からいなくなる』っていうんだから気にするなって方が無理だよ」
どう考えたって、ソッチの方が重い!
「他人のことを気にするなと言ってるんだ」
「だったら、気にさせるような言い方しないでよ! あなたが『この世からいなくなる』なんて言葉を口にしなきゃ、わたしは自分のことだけ気にしていたはずだ」
「人のせいにするなよ」
「したくもなる!」
彼の言うとおり、自分のことだけ気にしていれば、気にならないことなのかもしれない。
だけど、会って会話とかした相手がこの世からいなくなる……つまり、死んでしまうなんて、すっごく嫌なのだ。
「人が死ぬのは、もう嫌なんだよ……」
会ってさっきまで笑って話とかしていた人が、急に目の前から消える恐怖。
「早いか遅いかの差があるだけで、生きてる限り人は死ぬもんだろ」
「それでも! その具体的な数字が分かるのは嫌なんだ」
アノ人も、知っていて、それでも笑いながらわたしの目の前から姿を消した……。
「自分のことを気にしてろ。生きてるより死んだ方がマシだと思うことは世の中いくらでもある」
「どんな状況だって生きているからこそ……」
「そんなのはただの綺麗事だ。死ぬより辛いという生き地獄を見たことがない幸せな人間の発想だな。もしくは、単におめでたい頭の持ち主か……」
「死ぬより……、辛いこと?」
この人はそんな目に遭ったことがあるんだろうか……?
「身体の傷より心の傷の方が深い。そして、治りにくい」
ああ、それなら分かる。
「わたしに降りかかるって言う『災厄』もそんな感じ?」
「いや……、お前のはもっと単純なもんだ。尤も、死んだ方がマシだと思いたくなるような目に遭う可能性も捨てきれないがな。」
それで……、わたしはあることに思い至る。
「それは……、わたしのこの左手首に関係ある?」
「左手首?」
「この左手首。シンショク……って状態らしいんだ」
「しっ!? 見せてみろ!」
急に、彼の方が焦ったような声を出したので、わたしは彼を支えながらも、その顔の前に左手首を見せる。
「御守り……? これは……、大神官の法珠か……。そして……」
「よく分かるね」
「ここまではっきりとしたものなら、俺でも分かる。だが……、これは……、それ以外の気配もあるようだが?」
「魂に直接、『神隠し』の処置をされているらしいけど……、それについてはよく分からない」
その辺りは後から聞いた話だし。
「『神隠し』……? そんな手があるのか……」
彼がどこか呆然と呟いたのだった。
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