17歳の彼と彼女
自分でも目を背けたくなるほど重傷を負った俺は、シオリによって癒された。
そのことについて、俺なりに考える。
確かに唾液による治癒効果はあった。
それを否定はしていない。
だが、通常では考えられないほどの効果が出たのは別の要因だろう。
シオリは傷を治すために敵であるはずの俺の身体を舐めると言う、ある意味、とんでもない行動に出た。
本気で、治すこと以外考えていなかったから、この俺の度肝を抜くようなことをできたのだと考えられる。
そして、彼女は魔法の方は全く使えないが、魔気を纏う程度の芸当は出来るようになっているのだ。
つまり、無意識に魔力を操るということは出来ているわけで……、魔法を行使するのに足りないのは、それに伴う強い意識ぐらいのものだということは俺でも理解できる。
今回、俺の傷を治すことしか考えていなかったために、無意識に治癒魔法が働いていたなら……、この奇跡も理由付けられるのだ。
「どうしたの? まだ痛い?」
心配そうに覗き込む彼女。
「……いや。考え事だ」
痛みがなくなったわけではないが、それでも、先程よりはマシだった。
ただ……、先程の光景を思い出す。
俺の腹や脇腹辺りを舐めるコイツの姿はどこか淫らに感じた。
そして、その舌先から与えられる感覚は、今まで、俺と身体を合わせた女の誰からも与えられたことはなかった。
爪先が麻痺し、脳天まで突き抜けるような恐ろしいまでの快感。
思わず我を忘れて、意識だけが空高く飛ばされそうな高揚感をこの俺に惜しみなく与えやがったのだ。
腹や脇腹だけでこれほどの感覚を得られたのだから、それ以外の場所だったら、どれほど恐ろしいことになっていたことだろうか。
そんなことを考えてしまっている俺に比べて、この女は以前と変わらず、どこか暢気なものだった。
そのことに正直、強い苛立ちがある。
「大体、言われたからって馬鹿正直に男の腹や腰を舐める馬鹿がどこにいるんだよ?」
「だって……、その怪我は、わたしのせいだから……」
分かっているのだ。
単純に傷ついた俺を放っておくことすら出来なかっただけだということぐらい。
元を質せば、俺がコイツに襲いかかったことが原因でこうなったのだが、それすらももう忘れているのだろう。
そして、この女にそれ以上の他意はないってこともこの態度で理解できる。
「だからって、雄を刺激するようなことをするな。痛い目見るのはそっちだぞ」
「へ?」
シオリはキョトンとする。
「男の身体を舐めるってことはそう取られても仕方ないってことだ。後々のために覚えておけ」
「え? え?」
彼女の顔はみるみる紅くなっていく。
それだけで、意味は伝わったようだ。
そして、本当に、何も考えていなかったということもよく分かる。
「で、で、でも……、そんな怪我してるのに……、そんな考えって起きるの?」
わたわたしながら、俺に反論した。
こうなってしまえば、彼女に流されず俺のペースにすることができる。
「お前、男ってやつを知らないだろ。男は、疲れている時や手負いの時ほど何故だかその気になってしまうものだ」
「え? な、なんで?」
「生理現象だからはっきりとは言い切れないが、恐らくは種族維持本能ってヤツのせいなんじゃねえか? 疲労や傷病等でいつ死ぬか分からない状態に身体が陥ると、本能的に子孫を残したがるっていうからな」
「は、はあ……」
分かったような分からないような曖昧な返答だった。
「それに俺が回復したら、再びお前に襲いかかる可能性は考えなかったか?」
「そんなこと考えている余裕もなくて……」
俺から目をそらしながらも、返事をする。
「身ぐるみ剥がされたしな~。ああ、もしかして、誘っていたのか?」
「そんなわけない! さっきはホントに無我夢中で……」
俺の一言一言に過敏に反応してくれる。
そう言えば……、俺の周りでこんな新鮮な反応をする女はいないな。
まあ、お国柄、仕方のないことなのだとも思う。
「このまま、喰っても良いんだが。幸い周りに誰もいないことだし……」
「く、喰うって!?」
シオリは流石にその意味を理解したのか、少しだけ後ずさりをする。
「だが……、まあ、それでも、一応は傷を癒してくれた恩もあるから、暫くは見逃してやるけどな……」
そういうと安心したのかシオリは、大きく溜息を吐いた。
完全に相手の言葉を信用する。
こういった所も無防備だと思う。
彼女はもう17になっているはずだが、それでもこんな女が今時いるのだなと少しだけ呆れてしまった。
だからこそ、本能のまま、直ぐに喰ってしまうのは勿体ない気がする。
もう少し、信用させた方が、後々、楽だろう。
抵抗されると本当に面倒なのだ。
まあ、俺のそんな思惑も彼女は気づきはしないのだろうけど。
「さてと……」
そう言って、立ち上がろうとして……、俺の身体は一気に崩れ落ちた。
「あ……?」
「ど、どうしたの!?」
足がずっと痺れたままなのは変だと思っていたが……、これはもしや……。
「折れてやがる」
「は?」
「右足だ。少なくともヒビは間違いなさそうだな」
意識した途端、感覚がはっきりと痛みを強調し始めた。
響いてくる鈍痛に思わず、顔を顰める。
「ちっ。痛みに気付く前に行動しておくべきだったか……」
しかし、今更言っても仕方がない。
気付いてしまった以上、足の痛みで集中力というものは飛び散った。
これでは集中力を要する移動系の魔法はままならない。
「も、もう、舐めないからね!!」
シオリも流石に、先ほどのようなことをしてくれる気はないようだ。
そりゃそうだろ。
あれだけ脅しをかけたんだ。
それでも、同じようなことが出来るならそれは俺を誘っていると判断して、遠慮なく戴いてやる。
「片足で立てないこともないが……」
近くの木に寄り掛かって、なんとか身体を預ける。
「とりあえず、添え木をしとこうか」
そう言って、シオリは近くに落ちていた適当な枝を拾い、先程引き裂いた俺の上着を更に細く裂いて、右足に縛り付け、固定した。
「看護師希望か?」
「ああ、これ? いやいや、そんな本格的に勉強してないよ。これは授業で習った程度の知識だから」
「ああ、保健体育か……。俺は応急手当に興味はなかったからな~。どちらかというと、性教育の方がヤル気も出た覚えが……」
まあ、保健体育の授業で学ぶ程度の知識では、あまり役には立たないのだが。
「あははは……。健全な青年の反応だね……?」
そこで、彼女がふと奇妙な顔をした。
「どうした?」
「い、いや……、ちょっと気になったことがあっただけ」
「何が?」
「ううん。大したことないから。それより……、肩貸そうか?」
「は?」
どこか不自然なシオリの態度も気になったが……、それよりもその発言に驚いた。
「な、なんでそうなる?」
「片足でこんな森の中は歩けないでしょ。ケンケンするにしたって、それじゃあもう片方も疲労で参っちゃうと思うんだ。それに、わたしも一人じゃあ不安だし。それならお互い、誰かに出くわすまでは行動を共にした方がよくない?」
「その提案は分かるが……、男が女の肩を借りれるか!!」
「九十九みたいなこと言うね~。でも、そんな男女差別な発言しているような余裕はないでしょ?」
確かに、俺にそんな余裕はないが……。
「そういうことじゃなく、身長差を考えろ。お前、150ぐらいだろうが。俺の方は170越えだ。そんな状態で俺を支えられるほど力あるのかよ」
「多分、力ならあるよ。なんならおんぶでもいいけど? 人間界にいた時は、おんぶで筋トレは基本だったからね」
想像してみる。
不釣り合いな肩でも我慢して借りる自分の姿と、20センチ以上も差のある女におんぶされている自分の姿。
どっちを選べと言われたら……。
「肩……、頼む」
俺が観念して、そう言うと、彼女は満足げに微笑んだのだった。
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