予想もできない少女
「確かに……、初めて会った時はそうだったけど……」
「未だに魔法を使えないようなヤツには少し、大袈裟すぎたかもしれないが……、お前は何をしでかすか分からないからな」
そう言って、彼は左手を前に付きだした。
「誘眠魔法」
「うわっ!?」
た、確か、「スリープ」は相手を眠らせる魔法だ。
えっと……、つまり精神感応系の魔法で、それに抵抗するために必要なのは……。
「強い精神力!!」
「は?」
はっ! いかん……。
声に出してしまったか。
紅い髪の青年……、ライトの紫色の瞳は、これまで見たことがないくらいにまんまるくなっている。
でも、そのせいかわたしに彼の魔法は効かなかったみたいだ。
不幸中の幸いってやつかな?
「ホントに……、意外性タップリの女だよ、お前は……」
彼はこめかみを押さえた。
「ら、ライト様! アノ娘は一体……?」
「我々には理解できません!!」
「大丈夫だ。俺も理解できない……」
なんか……、結構、失礼なことを言われている気がするのですが……?
「自分のペースに周りを引き込むお前のその能力は最早、立派な魔法の域だ。それだけは感心する」
さらに重ねて失礼なことを言っていませんか?
「拘束しましょう!」
「いや、気絶させた方が……」
周りの人たちが口々に言う。
ライトは暫く、黙っていたが……。
「魔弾を撃て」
「は?」
「し、しかし……、それでは……」
「試しにやってみろ。5時間もの間、俺たちから逃げ切ったことが単なる偶然かどうか、それで分かるだろう」
まだん……?
「しかし……」
「責任はオレが取る!」
そう叫んで、ライトは後ろにさがり、入れ代わるように他の人が全員前に並び、わたしを囲んだ。
なんか……、嫌な予感がする。
「撃て!」
誰かがそう叫ぶと、わたしに向かって一斉にそれぞれの指先から光弾が放たれた。
先程までの、魔法の矢より速度も威力も数段アップしている。
それは矢じゃなく、弾丸だった。
そこで「まだん」が「魔弾」であることを理解する。
「うわっ!?」
思わず、驚きの声が上がる。
でも……、速度も威力も上がったところで、単純な魔法の攻撃なら、怖くない。
わたしは目を逸らさず、直感で危険だと思うものだけを見て、できる限りの回避を行う。
繰り出された魔法の弾丸は、わたしの身体に一つも当たらなかった。
その代わり……、周りの木々に弾痕のようなものが出来ている。
「もう一度だ」
ライトは、わたしを見てそう言った。
続く、第2撃、3撃と魔法の弾丸は繰り出されたが……、いずれも、わたしの身体に当たることはなかった。
「やはりな……」
ライトは溜息を吐きながら言った。
「ここにいるヤツらの魔弾程度じゃ、こいつに傷一つ負わせることが出来ないのがよく分かった……。そいつの魔気の護りは想像以上に強力なようだな。だが、まさか、全部、弾きやがるとは……」
わたしだって、この二年を無駄に過ごしてはいない。
特にストレリチアに行ってからは、ずっと水尾先輩から魔法の攻撃を食らっていたのだ。
それも魔法国家の第三王女殿下の魔法攻撃を。
それに比べれば、この場にいる誰の魔法攻撃も怖くない。
水尾先輩の炎の魔法の中にはもっと速く飛んでくるものが多いのだ。
この森に来てからも、ずっと、できるだけ回避しつつ、魔法に対しては、「魔気の護り」が働いてはいた。
自動防御は働かないように抑え込んでいるため、意識的に防御ができるようになっていることはかなり大きい。
それでも、疲労はあるのだけど。
「我々の自慢が……、こんな小娘に……」
「魔法も、魔弾も通じないなんて……」
「魔気とは早い話がただの魔力の塊……。特別、防護魔法を施したわけでもないのに、こいつらの魔弾すら弾くとは驚きだが……。それでも、手がないわけではない……」
ライトがそう言った。
「魔法に強い魔気でも……、それ以外ならどうだ?」
そんな言葉と同時に、ライトが飛び掛かってきた。
反射的に身体を捻って、身をかわそうとするが……。
「遅い!」
「あっ!?」
あっという間に組み伏せられてしまった。
「やはりな……。何故だか知らないが、お前は魔法攻撃に対しては滅法強いようだ。だが、体術……恐らく、剣術系も苦手だろう」
馬乗りになった状態で、彼は言った。
確かに、水尾先輩は魔法に対する攻撃から身を護ることしか教えてくれなかった。
彼女自身も魔法に特化していることは自覚している。
「尤も……、お前が自分の意思で魔法を使えたなら……、こうも簡単にはできなかっただろうがな」
「流石です! ライト様!」
「さあ、早く、その娘を!!」
一生懸命力を入れるが、押さえつけられた手首は少しも動いてくれない。
自由になっている足も虚しくバタバタ宙を蹴るだけだった。
「諦めろ。元からの体格差と性別で、お前の方が俺より力が劣る……。加えて、こういう体勢なら、上に乗った方が有利なのは当たり前だ」
そんなことは分かっている。
多少、筋力や体力が上がった所で、単純な力比べで、女であるわたしは、男性に勝てるなんて思っていない。
でも……。
「そう言われて……、『はい、そうですか』なんて素直に従えない!!」
「気の強いところは、お前の魅力でもあるが……」
そう言いながら、彼は微かに笑った。
「麻痺魔法」
「!?」
一瞬で全身が凍り付く。
突然、わたしの手も足も指先全てが固まってしまった。
「些か……、状況が悪い」
そう言うと、彼はわたしの上から降り、固まったままのわたしを軽く抱き上げた。
まずい!
今までで一番のピンチかもしれない。
意識があるだけに余計にそれが分かってしまう。
しかし、身体は動かないし、口が動かないため、声すら出すことができなかった。
つまりはどうすることも出来ない!
そんな時だった。
ゴゴゴゴゴッ!!
「うっ!?」
突然、大きな地震が起き、足元が激しく揺れた。
そして、その弾みでバランスを崩した彼が、わたしを落とす。
身体は動かないが、幸か不幸か痛覚は存在していたようだ。
抱き上げられた状態から、彼の手を離れたわたしは、そのまま重力や引力の導きによって、地に叩きつけられる。
つまり、すっごい痛い。
それでも、声は出せない。
この地震はやたら、大きい上に不自然なぐらい長かった。
まるで、地面に意思があるかのように震え続けている。
そのためにわたしは、動けないまま、ころころと転がり始めてしまった。
どうやら、ここはちょっと坂になっていたらしい。
彼らは、その揺れの中、立っていられなかったのかその場に座り込む。
この世界に来てから、地震は一度もなかった。
魔法の影響で床が震えるぐらいだ。
それを考えると、この星は地震があまり起きない?
そして、地震のない国の人たちって、確か揺れに弱いはずだ。
地面が揺れる感覚に慣れていないから。
地震大国と呼ばれてしまうような世界で、十年もの時を生きてきたわたしはぼんやりとそう思った。
「重力系魔法……か?」
這うような体勢のまま、ライトが顔を上げた。
彼は、意外と揺れに強いらしい。
「シオリ!?」
そう名を叫んだ彼と、わたしは瞳があった。
わたしとの距離は10メートルくらい離れていただろうか。
しかし、わたしは、ゴンゴンと身体のあちこちを樹にぶつけながらも少しずつ彼らから離れていく……。
それは良いのだが、とにかく全身がすっごく痛い。
地震はまだ続いている。
痺れるような変な感じとあちこちぶつけて痛いのと、両方が混ざっていた。
「へ?」
声が出た……。
つまり、彼の魔法が解けたってことなのだろうけど……、同時に次なる悲劇が待っていた!
「うそでしょ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
わたしの転がっていた地面が急になくなったのだ。
いや、正確には地面はかなり下の方に離れて見えた。
わたし、高田栞は絶叫と共に、崖という場所から恐怖の紐なしバンジージャンプを体感することとなった。
わたしは結構、こんな風に高い所から落ちる経験をしている気がする。
重力という名の鎖はどうして、こうも強力なのだろうか?
たまには、解放してくれても良いと思うのですよ?
そんな現実逃避を考えていた矢先だった。
―――― ふわり
「へ?」
ふと何か大きなモノに包まれた気がした。
目に映るのは、細く紅い糸と黒く大きな何か……。
肌に感じるのは、温もりと下から吹き上げる風。
耳に聞こえるのは、風の音。
これは……、以前……どこかで?
ここまでお読みいただきありがとうございました。




