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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 迷いの森編 ~

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会いたかった相手

「な……?!」


 その男は驚愕していた。


 自分の連れていた者たちは、我が国でも自慢の者たちだった。


 だが、この状況はどうだ?

 どういうことなのだ?


 震える身体を抑え、目の前にいる女を見つめた。


 その女は表情のない顔で、下に這い蹲っている彼の部下たちを見ていた。

 まるで、蟲でも見るかのような冷淡な瞳で。


「お、お前は一体……!?」


 男にとって、これは簡単な任務のはずだった。

 ある女から護衛たちを引き離し、それぞれ個別に捕らえるだけだと。


 国王の息子が、(くだん)の娘を引き受け、国王の娘やその従者が腕の立ちそうな男たちを引き受けた。


 だから、男は残りのその他大勢を引き受けるつもりでいたのだが……、それは間違いだったのか?


 残りがたった一人……。

 それも、女だと分かった時、男の胸が躍った。


 その女をどんな形で屈服させ、当人の意思とは無関係にその身を自分の意のままに操ってやろうかと想像するだけで、この男の持つ嗜虐心がそそられていたのに……、今、男が感じているのは絶対的なまでの恐怖だったのだ。


 残りの人間を全て相手にするからと、彼らを説得し、精鋭たちを自ら選び、他の3人がそれぞれ2,30人ほどしか連れていないところを、自分は160人用意された人間の中から半数の80人も選んだ。


 それなのに、何故、この場に立っているのは、女と自分だけなのだ?


「後、一人か……」


 ゆらりと、女は自分の方を向いた。


 その様は、まるで死に神が鎌を(もた)げたようにも見え、改めて恐怖する。


「てめえが大将だな」


 自分は、この中でも実力が遙かに劣る。周りが全て倒れている以上、この状況で、容易く勝てるわけがない。


「魔力、魔法力、どちらもあまり大したことはなさそうだが、一番、偉そうにしていやがったからな……」

「ち、近寄るな!」


 たった5時間(五刻)程度しか経ってはいないのに……。


****


「あ、アリッサムの王族すら……、捕らえたこの俺様が……」


 男は、恐怖からかそんなことを口にしていた。


「何だと!?」


 先程まで、冷めていた女の顔に表情が出た。


 こうなれば、男は一か八かに賭けるしかなかった。


「1,2年ほど前にアリッサムという国があったのを知っているか?」

「…………ああ」

「お前は大したことがないと言っていたこの俺様こそ、アリッサムを滅ぼした原因だ。同じようになりたくなければ、従え!!」

「アリッサムを……、お前が?」


 どこか女は信じていないようだ。


「そ、そうだ! それが証拠にこれを見ろ!」


 そう言って、男は腕を見せる。


 その腕には、アリッサム王家の紋章が刻まれた腕輪があった。


「それ……は……?」


 どうやら女には分からないようだ。


 それも当然だろう。

 この腕輪はアリッサムの王族でもない限りこれを見る機会など全くないのだから。


「これは、俺様が捕らえたアリッサムの王配がその腕に着けていたものだ!」

「……てめえが捕らえた?」

「そ、そうだ! こうしてな!」


 男はその言葉と同時に手から黒い鎖を放った。


 腕輪に気をとられていたのか、咄嗟のことだったためか、女はそれをかわすこともできず、その動きを封じられた。


「はははっ! 油断したな、女! その鎖はアリッサムの民たちをも拘束するほどの魔封じが施されているのだ。先程からのお前を見ていると、どうやら魔法が主体みたいだからな!!」


 そうして男は自分の勝利を確信した。


 男の出したこの鎖は、嘗ての魔法国家の女王や王配すら拘束したものだ。


 ちょっとばかり魔法が使えるだけの小娘にその呪縛を解き放つことなどできはしない。


「動けまい、動けまい……。それは特殊なモノだ。この俺様がアリッサムを滅ぼしたというのも嘘ではないと思うだろう」


 男は満足げに笑う。


 絶対的な優位に立ったことを確信して。


 そしてこの状況は当然のことで、男には笑う権利もあるのだ。


 加えて、自慢の鎖はこの女の肢体に食い込むように絡みついている。

 その光景が男の心を高ぶらせている。


「尤も、俺様がしたのは鎖の拘束だけで襲撃したのはここに転がっているヤツらや他の魔封じを専門としているヤツらだがな。俺様が女王と王配を生け捕ったことで褒美として、この腕輪を頂戴した」


 観念したのか、女は跪き、頭を垂れる。

 それを見て男はますます上機嫌になり、饒舌になった。


「俺様としては褒美に女王を頂戴したかったんだがな……。多少、歳はいっていたが、あの美しく気の強い女を力尽くでモノにする……。それはこの上ない至福だっただろうに……、魔法国家の王家の純粋な魔力が必要とかで、国王がかっさらった。女には、不自由しちゃいないだろうに……、どこまでも色欲に満ちた王様だぜ」


 だが、男は思った。

 目の前の女はどことなくその自分がその手にしたのに得られなかった女に似ている……と。


 この気性や雰囲気……。


 しかも、若い!

 どう見ても二十歳には満たない娘だろう。


 滑らかで柔らかそうな肌。

 食い込んでいる鎖の下にあるのは白く清らかな肢体だろう。


 多少細身だがすらりと長く伸びきった手足やその整った顔は、少女と少年のどちらにも見える。


 そんな中性的な魅力を醸し出す彼女のこれから先を思うと……。


 男は思わず舌なめずりをした。


「抵抗はしないのか? 幸い、連れてきた男たちは皆、お前がやっちまった。本当は、必要以上に手を出すなって事だったが、命までは取らなければ、国王も文句は言わないだろう」


 そう言って、男は鎖を引き、女を引き寄せる。


「私に触るな」

 女は静かにそう言った。


「な~に……。お前のような女の扱いは慣れてるんだ。気の強い女が好みなんでな。そうやってすごんだところで……」

 男のその先は、声にならなかった。


「下衆が……」

 女は、そう言うと蹴り上げた足を戻す。


 男は両手を股の付け根に当て、呻きながら転がっている。


「お、おま……、なに……?」

「もっと喋らせようと思ったが、気が変わった。それ以上、喋るな。私の耳が腐れ落ちる」

 そう言うと、なんと女は鎖をひきちぎった。


「なっ!?」

「鎖が向かってくる時に真空刃を飛ばして、鎖に切れ込みを入れた。安心したよ。魔力での具現化はなく、物質召喚系で」


 魔力を鎖の形に見せているだけなら、実体ではないため真空刃では掻き消すことはできても、切れ込みを入れることなど不可能だ。


 しかし、実体のあるもの。


 元から存在している鎖をどこからか取り出し、それを操っているだけなら、相手に気付かれないように切れ込みを入れ、油断させることも可能だった。


 それを瞬時に反応するなんて、普通では考えられない話ではあるのだが。


 さらに、この鎖の魔封じは、相手を拘束することで発動するものだった。

 だから、拘束が完了する前に手を打たれてはどうすることもできない。


 そうして、男は思い出した。


 魔法国家の女王と王配を拘束したのは確かに自分だったが、急襲のために混乱していた状況でのこと。


 いかに魔法国家の女王と王配とはいえ、まともに抵抗できたはずがない。


 だが、今は違う。


 女は臨戦態勢だった。


 あらゆる事態に備えた魔法と、張りつめた緊張感の中、そんな大きな隙を作らせたはずがないのだ。


「ま、その前に筋力増強魔法もやってたから良かったんだけど……」


 そう言って、転がり回っている男を見据える。


「てめえがアリッサムを襲撃したってことは、信用してやるよ」

「え?」


 思いもよらぬ、微笑と優しい声を掛けられ、男は痛みを忘れて動くことを止めた。


()()()()()()()()()()()

「へ?」


 今度は思考が止まる。


「我が国の民を拘束したのは、あの鎖だったからな!」


 女は、一気に魔力の塊をぶつけた。


 男は、その衝撃だけで吹き飛ぶ。

 先程までの彼女はまだ本気じゃなかったことを彼は思い知らせれたのだ。


 だが、今は……。


「ずっと似てると思ってたんだ。ここでおねんねしているヤツらと、あの日、我が国を襲ったヤツらが……。だが、てめえの言葉と行動で確信した。あの日……、国を襲ったのは、やはり、てめえら、ミラージュだったか!!」


 疑惑が確信に変わったことで彼女の怒りも確実なモノとなった。


 だが、男は状況を理解することすら出来ず、突然変化した彼女をただ呆然とした顔で見るしかなかった。


「……まだ分からないって(ツラ)してんな」


 蛇に睨まれた蛙のような状況で、男はコクコクと激しく首を縦に振る。


 その顔には最早、恐怖の色しかなかった。


「じゃあ、教えてやる。私の名は『ミオルカ=ルジェリア=アリッサム』。てめえが滅ぼしたって国の第三王女だ!!」


 男がその意味を理解したのと、男の意識が飛ぶのはほぼ同時のことだった。


 滅亡した魔法国家の第三王女……。

 元々、真っ向からの勝負で彼が勝てるはずもなかった相手だったのだ。


 だが、意識を失う直前で彼が思ったことは、恐怖でも驚愕でもなかった。


 ―――― 美しい。


 例え、怒りにその身を任せていても、自分が憎まれていても、死ぬことを覚悟させられても、男が彼女に抱いたのは、そんな感情だった。


****


「ふぅ……」


 81人目の男もようやく昏倒した。


 ある意味、水尾にとって最も会いたかった男……だったのかもしれない。

 だが、それでも殺す気にはならなかった。


 こんな男、自らの手を汚してまで殺す価値もない。


「色々と分かったしな」


 魔法国家を滅ぼしたのがミラージュ。


 以前、別の人間からも聞いていたことだが、それが自分の感覚も含めて間違いないことが分かったのだ。


 魔神が眠っているともされる禁足の地。


 黒き衣をその身に纏い、身体には呪われた刻印を刻むという……。

 誰もがその国を知っていて、誰もその国を知らないという不可思議な国……。


「こいつらを尋問しても良いんだが……」


 下手なことをしてあることないこと適当にベラベラと喋られても困る……。


 情報は正確な方が良い。


「それに……」


 そんなことより、水尾は後輩が心配だった。


「九十九は、ああ見えて弱くはないし、先輩に至ってはこんなヤツらに負けるとは思えない。だが、高田は……」


 水尾は嫌な予感に囚われ始めた。


 探知魔法をしても、すぐ近くにいるような、凄く離れているような微妙な反応を示している。


「ちっ。ここでは探知も無意味か……」


 そう舌打ちした時だった。


ゴゴゴゴゴッ!!


「地震!? いや……、これは……」


 魔法の気配がしたと思った途端、激しい地響きがした。


 まるで、どこかで火山が噴火したような地鳴り……。


「収まったか……」


 他の3人とはぐれてもう5時間(五刻)以上経っている……。


 後輩の気配はこの森のどこかにあるようだから、生きてはいるようだ。


「私みたいな変態に当たっていなければいいけど……」


 生理的にああいった露骨な嗜虐趣味のある勘違い男は受け付けなかった。


 そもそも、女性らしくない身体つきの自分に対して欲情するような男は、あまり趣味が良いとは言えない。


「とりあえず……、あっちから音が聞こえた気がするから……、あっちに行ってみるか……」


 適当に転移するのはリスクが大きい。


 水尾は走り出した。


「無事でいろよ……」


 そう心から願いながら。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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