考えるよりも先に
「なかなか頑張るじゃない」
金色の髪をした女が笑いながら、オレに向かって言った。
そいつの周りからは、黒い衣服のヤツらがどこからか、うようよと沸いてくる。
一匹見たら、なんとやら……だ。
先ほどから、結構な数を倒しているはずだが、倒した先から復活しているのか、人数が減る様子がない。
「ゾンビかよ……」
そう言いながらも、オレは内心、かなり焦っていた。
キャリーが爆破されて既に5時間は経過しているだろう。
この女の話からすると、オレたち4人はバラバラに散らされたらしい。
魔法が使える兄貴や水尾さんに関してはともかく、高田が一人ってのはかなりヤバイ気がする。
ストレリチアでは、「聖女の卵」とか言われていたが、彼女自身は神の意識をその背後に降ろすことできるという特殊能力があるだけで、自在に魔法や法力が使えるわけではないのだ。
あれだけの魔力を保有しながらも、今までに彼女は一度も魔法を成功させたことがなかった。
確かに体内魔気は強力で、それを利用した「魔気の護り」を攻撃に転用するというものはあるのだけど、それは無駄が多すぎるために水尾さんの指導の下、相当なピンチに追い込まれない限りは使用できなくなっていた。
意識的に「魔気の護り」を使おうとしても簡単にはできなくなっているはずだ。
たった数発で、倒れてしまうのはかえって危ないという判断だった。
だが、今となっては、一撃で間違いなく倒せるのなら問題なかったのではないかとも思ってしまう。
そして、あいつの気配を探しながら、こいつらの追撃を完璧に逃れるというそんな器用なこともオレにはできなかった。
オレはまだまだいろいろ足りていない。
そのことに思うところはあるものの、今は悔やんでいる場合ではなかった。
「この国の『迷いの森』についは知識がなかったのかしら? ここに逃げ込んだのが仇になったわね」
女は心底おかしそうに言う。
場所は地図でしか確認していなかったが、この国の「迷いの森」についての知識は勿論、ある。
この森は、セントポーリア城下の森とは少し異なり、魔法に対する制限はほとんどないが、視界の範囲外の方向感覚が大きく狂わせられるという。
そんな場所で移動系の魔法を使ったところで、思った場所に飛ぶことなどできない。つまり、この森から出られないに等しいだろう。
だが、今はこの森から出るつもりがないオレにとっては、そんな結界のような場所もあまり意味がなかった。
この森についてよく分かっていない以上、ここで移動魔法を使うことはできない。
「オレよりもお前らの方が大変なんじゃねえか?」
「なんですって?」
「この森は方向感覚を激しく狂わせる場所だろ? オレを追ってきて始末をしても、お前らはこの森から簡単には出られない。条件は、お前らが有利かもしれないが、その結果が最良だとはいえないな」
何より、数が多いということが足枷となる。
お互いが見える範囲で気を使い合わなければならないのだ。
「ふん。要は、貴方たちが素直にその身を差し出せばいいのよ」
その言葉でオレは疑問を持つ。
「身を差し出せって……。オレを殺す気なんじゃねえのか?」
「その方が確かに楽だけど、それじゃあ、駄目なのよ。あまり効果的じゃないから」
「効果的?」
「貴方たちを生かして、目の前でいろいろとやって見せた方が、あの娘のダメージは絶対大きいもの」
なかなかえげつないことを言われた。
「あの娘……って、高、……いや、シオリのことか?」
なんで……、こいつらは……。
「何故、ミラージュはあいつを狙うんだ?」
「貴方たちには関係ないわ」
女はあっさりとそう答える。
「関係ないって……、ここまで巻き込んでいながら、そんなことを言うのか?」
「言ったところで、事情が分かるわけでも、当然ながら変わるわけでもないもの」
「じゃあ、せめて、王子と関係があるかどうかぐらいは聞かせてくれないか?」
「王子……?」
そこで女は露骨に眉を顰める。
「セントポーリアの王子だよ」
もしくは王妃か。
そっちの方が可能性は高そうだ。
だが、目の前の女は気になることを口にする。
「ああ、そっちか。あのバカ王子に興味なんか欠片もあるはずがないじゃない」
「そっち?」
「セントポーリアの王子は今のまま、放置しておけば自滅するでしょう。見当違いの所を探しているのは滑稽だけどね」
……おいおい、王子。
他国の人間にまで言われ放題だぞ。
様を見やがれ。
「ミラさま……」
「分かってるわ。案外、手こずらせてくれたけど……、この魔法で一気に片を付けちゃうから、貴方たちは離れてなさい」
先ほどからの態度と、周囲に命令慣れをしている辺り、この女が集団の頭なのは間違いないだろう。
そして……、その女は、瞳を閉じ集中し始めた。
「させるか!」
魔法は大きくなるほど、集中力を要する。
つまり、当然ながら強力なモノを放とうとすればするほど、無防備になるのだ。
水尾さんほど莫大な魔力を持っていれば、無詠唱でもかなりの威力を持つが、あの人は例外なので、比較対象にはなりえない。
オレは、気を散らそうと左手で魔法を放つ。
しかし……、それを周りが見逃すほど、ヤツらも甘くはなかった。
オレの放った、複数の小さな氷の弾は、周りのヤツらによって相殺されていく。
「無駄だ!」
「大人しく、ミラ様の魔法を喰らうが良い」
「嫌なこった」
オレは続けて、左手だけでまた氷の弾を放つ。
そして、それをヤツらはまたも相殺しやがる。
「結構……、貴方って私の好みの顔をしてるのよね」
そう言って、女は瞳を開いた。
「それはどうも」
「でも、それ以上に声が良いわ」
声を褒められるのは初めてだと思う。
自慢じゃないが、ストレリチアでは、顔については何度か褒められたことがある。
どこまで本気で言ってくれていたのかは分からないけれどな。
「それでも、あの女の男ってだけで、私は貴方を殺せる」
そう言って、黒い炎の塊をオレに向けて放った。
「お前らって……ソレしか使えんのか! それに……、オレはアイツの男じゃねえ!!」
どいつもこいつも勝手なことを言いやがる。
オレは、隠していた右手に魔力を一気に収束させた。
兄貴や水尾さんと違って、そこまで器用じゃないが、それでも、これくらいの芸当は出来るようになっている。
「飛翔魔法」
その言葉とともに、黒い炎を避けるかのように一気に身体が上空へと運ばれ……。
「しまっ……!!」
「大重圧魔法」
右手に込めた魔力を一気に解放した。
上空からの重圧魔法……、重力系魔法は、地上で使うよりも、ある程度高さがあると、重力の助けもあり、より効果が強まる。
加えて「大」というオマケ付きだ。
ヤツらに、重力という名の圧力が、一気にのしかかる。
「キャッ!?」
急激な圧力の変化に女が叫び声を上げる。
そのために、オレは気付かないで良いことにまで気付いてしまった。
上空からその状況を見ていたために、その全体がよく分かる。
女は、基本的に、ほかの取り巻きから距離を取っていた。
特に、今、女自身が放った魔法が強大だったこともあり、巻き込まないように、周りのヤツらを傍から離していたのだ。
だから……、アノ状況はかなり危険だった。
周りのヤツらは、オレの魔法によって、地に張り付くだけで済んでいたが、あの女の立ち位置が悪かった。
オレたちが立っていたのは崖の上だったのだ。
通常立っていただけなら、問題はなかったはずだが、オレが勝負を決めるために放った魔法が悪すぎた。
崖が崩れだし、女が土石流のような勢いで流れる岩や土に呑まれていく様が見えてしまった。
「ミラ様~!!」
地面に張り付きながら、叫ぶヤツらの姿も見える。
「ヤベッ!!」
考えるより先に身体が動いていた。
あんな女、放っておけば良いのに、オレの身体は、一気に急降下していたのだった。
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