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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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国家の事情

 オレの隙を突き、若宮は懐に飛び込み……そのまま張り付いてきた。


「…………は?」


 先ほどとは違って、敵意がなかったために完全に油断したのだと思う。


 そして、さらに 高田とは違う感触と香り……。

 それによって数秒間、思考が停止する。


 なんとなく大神官の方を向くと、彼は、涼しい顔して見守っていた。


 ……すっげ~、居心地が悪いんですけど、この状況。


「なるほど……、やはり笹さんには色香で釣るのがベストか」


 オレに張り付いたまま、若宮は不穏な言葉を吐く。


 人をだらしがない男のように言うな。


「おい?」

「少し、このままで良い?」

「良くねえ。大神官の前だ」


 オレがそう言うと、若宮は一瞬、目を丸くしたが……。


「アレは置物だから。無視して大丈夫」


 ……と、とんでもないことを口にしやがった。


 再度、大神官を見ると、先ほどまで涼しい顔をしていた大神官は微かに笑みを浮かべていた。


 その姿は……、凄く怒っている時の兄貴に似ている気がして、若宮をどう引っぺがすか、画策する。


「笹さん……」


 そんなオレの考えを他所に……、オレの胸元で若宮は呟くようにその言葉を口にする。


「高田を……お願いね」


 本当に不器用だと思う。


 そのたった一言をオレに伝えるためだけに、大神官まで巻き込んでこんなことをしたのだと考えると皮肉の一つも言いたくなったが……。


「言われなくても分かってる」


 オレだって、器用ではないのだ。


 そう答えることがやっとだった。


「それだけ?」

「へ?」

「このたわけが~!!」


 超至近距離から、確実に顎を狙ってくる拳。


 オレはそのまま、背中をのけ反らせ、回避した。


 顎は掠めただけでも脳を揺らす。

 だから、全力で回避に努めた。


 不自然な体勢となったオレの鳩尾に向かって組んだ両手を叩き込もうとする。

 プロレスで言う「ダブルスレッジハンマー」というやつだ。


 だが、この手のやつは打点をずらせば良い。


 オレはさらに身体をのけ反らせ、床に両手を着き、ブリッジの体勢となった。


 そこからさらに勢いをつけて床で足を蹴ろうと思ったが、思い留まり、両手をずらしてそのまま床に寝そべった。


「あ……れ……?」


 若宮の攻撃は当然ながら、空振りに終わる。


 完全に肩透かしを食らった状態になった若宮は、床に寝ているオレをじろりと睨みつけた。


「……何のつもり?笹さん」

「『参りました』の意思表示(ポーズ)だが? 猫とか犬とかはこうするだろ?」

「ほほう。私に服従する……とな?」

「もともと逆らう気はねえからな」


 オレは若宮に対して、防御はできても攻撃はできない。


 その時点で引き分けることはあっても、勝つことはないのだ。


「ところで、『たわけ』ってどう言う意味だよ」

「女が寂しそうにすり寄ってきて背中に手も回さない、肩も抱かないとはど~ゆ~料簡だ~!?」

「知るか~!!」


 思わず、首跳ね起きをする。


 そして……。


「大神官猊下、この王女殿下を殴る許可、ください」


 オレは、大神官に許可を求める。


「九十九さんは、人が()いですね」


 そう苦笑しながらも、大神官は若宮を殴る許可はくれなかった。


 まあ、許可が下りるとは思っていなかったけれど。


「まったく……。女性に恥をかかせるなんて……」


 そして、この女はもっといろいろと反省して欲しい。


「恥も何も、惚れた男の前でよくそんなことを言えるな」


 オレはそちらの方が驚くところだ。


「笹さんって、時々、変に純情よね。抱擁なんて、挨拶の一種なのに」

「それでも、好きな女が目の前で堂々と他の野郎に引っ付いて心穏やかでいられる男なんかいねえよ」

「ほほう。笹さんの考えはそうなのか」

「それに、オレは好きでもない女に応えるほど軽くもねえ」


 兄貴と一緒にするな。


 だが、オレがそう言うと、若宮は一瞬だけ目を見張る。


「あら、辛辣」


 そう言いながらも妙に嬉しそうなのは気のせいか?


「ま、私としては、伝えることは伝えたし、それ以外にも収穫があったから良いのだけど」

「収穫?」

「こっちの話だから気にしないで」


 いや、普通は気にするだろ?


 だが、そう言いかけて、次の若宮の台詞で、オレはその言葉を呑むことになる。


「笹さん……。『聖女の卵』の存在が情報国家に漏れたみたい」

 

 一瞬、若宮の言葉を理解できなかった。


 それだけオレにとっては衝撃的な話だったのだ。


「大神官宛に情報国家の王から直々に手紙が届いたらしいの。それを見る限り……、高田のことが知られている……、と考えて良いと思うわ」

「情報国家……って……イースターカクタスのことだよな?」

「それ以外に『情報国家』と呼ばれる国はこの世界にないわね」


 情報国家イースターカクタス。


 あの兄貴が最も警戒している国であり……、オレたち兄弟が最も関わってはいけない国だとも師から教えられている。


「そんなわけだから、高田をこれ以上、この国においておけないって事情ができたわけ」


 高田の話では、若宮は拍子抜けするほどあっさりと国から出ることを許可してくれたという。


 その裏には何らかの事情があるとは思っていたが……。


 王女(若宮)は……、友人(彼女)を護るために……、「聖女の卵」を手放す決心をしたってことか。


「それを高田には……?」

「伝えてないわ。水尾さんにも。でも、護衛である笹さんと雄也さんには伝えておくべきことでしょう?」

「ああ、助かる」


 その手紙自体が国から出すための罠だとも考えられるが……、どちらにしても、大神官にまで手紙を出すような相手だ。


 ここにいても、見張られている可能性はある。


「細心の注意を払って、『聖女の卵』については秘匿していた。それなのに……どこからか漏れたんだと思う。これは……私たちのミスだわ。ごめんなさい」


 若宮が殊勝な顔をして頭を下げた。


 それが、酷く居心地が悪い。


「どうせ、いつかはバレることだったんだ。寧ろ、タイミングとしてはちょうど良かったかもしれん」


 高田はこれで、水尾さんと一緒に出られる大義名分を得ることができたんだ。


 結果としては悪くない。

 そう思い込むことにする。


 高田は一年数か月前に「(かみ)()ろし」をし、「聖女」の認定は辞退したが、「聖女の卵」とは認められてしまった。


 それは、当人の意思とは無関係に、周りが勝手に祭り上げていく。


 その流れは、王子、王女や大神官であっても止めることができず、高田が条件付けた上で、聖女にはならないけどそれ以外で好きなように呼べ、と言ったのだ。


 その条件とは「他国に漏らさないこと」だった。


「約定を(たが)えた以上、私はどう高田に謝ればよいのかしらね」

「気にしなくて良いだろ」

「笹さんはそう言うけど……」

「高田もそう言う。大体、アイツ、オレとの約束をどれだけ破ってると思うんだよ」


 オレがどれだけじっとしてろって言っても大人しくしていない。

 勝手に出歩くなと言えば迷子になっている。


 アイツが素直に聞いてくれる女なら、どれだけ楽だったことだろう。


「笹さんも苦労してるのね」

「……大神官猊下ほどではないけどな」

「それってど~ゆ~意味?」

「今、若宮が考えた通りだと思う」


 そう言うと、若宮は何故か顔を紅くした。


「ああ、うん。なんか……悪かった」


 思わぬ表情を見てしまって、なんとなく顔を逸らす。


「その反応は腹立つ!」


 どうやらオレが知らないところでも、大神官は苦労しているらしい。


 そうだよな。

 今も大神官は一週間の「禊」をやってるもんな。


 立場ってやつは、本当に面倒くさいとは思う。



 それにしても……、情報国家にバレたのか。


 どこから情報が漏れたのだろうか?


 恐らくは神官たちだと思うが……、心酔、崇拝しているようなヤツらが「聖女の卵」と言う機密事項を簡単に漏らすとは思えないというのも事実だ。


 それに……、大神官に手紙を出す王様。

 一体、どんな男なんだろうな。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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