王女の試験
「……というわけで覚悟なさい」
「……なんでだ?」
オレは若宮に大聖堂の地下室に呼び出されるなり、そんなことを言われた。
本当にわけが分からない。
傍には大神官がどこか疲れた顔をして見える。
無理矢理付き合わされているのだろう。
気の毒な話だ。
この大聖堂内では最高権力者のはずなんだがな。
「この国から『聖女の卵』を連れ出す覚悟のほどを見せなさい」
「覚悟も何も……、当人の意思だろ?」
この場所を指定された時、面倒なことになるなと思っていたが、やはりその予感は当たっていたようだ。
「笹さんは護衛でしょう? 高田を護る覚悟はしてないの?」
「してる」
「……そんな時だけ、迷いもなく言うのね」
「迷う理由がないからな」
「でもね。ただ口先だけの覚悟なんていらないの」
「……どうしろと?」
「別に笹さんの実力を疑っているわけじゃないの。今年も、試験の協力してもらったし。だけど……、この国から出たら、戦闘に不慣れな神官たちよりも、魔法に特化している人間ばかりが相手になる。それでも高田を護り切れる自信はある?」
その言葉は少なからず、オレを刺激した。
「……何が言いたい?」
「勝負なさい」
若宮は言い切る。
「はあ?! 王族の若宮に勝てるわけはないだろ?」
「随分と弱気ねえ……。高田は王族に追われているのでしょう? それに……」
「それに?」
「相手は私ではなくこの大神官よ!!」
「阿呆か~~~~~~~~!!」
オレは思わず叫んでいた。
ますますもって、勝てる気がしない!!
世界最高の法力使いだ。
魔法しか使えない人間に何ができる?!
「姫……、そのためにわざわざ私まで呼んだのですか?」
どうやら、そんな話は聞いてなかった様子の大神官。
本当に気の毒だと思う。
「いや、単にベオグラは立会人として呼んだだけ」
「……おい、こら?」
「何か? 笹さん」
目の前の悪女は平然と微笑む。
「大神官様が立会人ってことは、やっぱり、若宮の相手をしろってことじゃねえのか?」
「そうなるわね」
「そんなに高田が国を出るのが嫌なら、当人にちゃんとそう言え」
「や~ね~。本当にそんなのじゃないの。ただ……」
若宮を包んでいる魔気の雰囲気が変わった。
オレは思わず、その場から飛び去ると……。
ずどどおっ!!
地響きがして、先ほどまでオレがいた場所に土でできた突撃槍のようなものがいくつも現れる。
「笹さんがあの子を護り切れるか心配なのよ」
若宮は悪びれもせずにそう言った。
無詠唱魔法で、数メートル級の地槍が8本。
これって……普通なら殺りにきていると考えてもおかしくはない。
どうやら、問答の余地もないらしい。
「避けるのがお上手ね、笹さん」
その言葉に合わせて、いくつも地槍がオレを追いかけだす。
それは縦横無尽で、オレの動きを予測した動きだった。
「まずは……、その足を止めて差し上げましょうか」
そう言うと、若宮の瞳が怪しく光る。
それと同時に……。
どごんっ!
一際大きな音がして、天井が落ちてきた。
……いや、正しくは、部屋全体を覆うほどの石が落ちてきたのだ。
オレが移動魔法を使えることは知られているため、逃げられないように部屋全体に効果のある魔法を選んだのだろう。
これぐらいなら、単純にぶち破れば防ぐことができる……と思ったが……不意に背筋に寒気が走る。
先ほど、彼女はなんと言ったか……?
これは……「足止め」だと言ったはずだ。
天井からの石落としに対応するために、オレの足は確かに止まっている。
そこへ……。
ずどどおんっ!!
先ほどよりも大きな音がして、地の槍が一斉にオレに襲い掛かる。
魔法を二つ同時に維持するには集中力と、通常よりも大きな魔力を必要とするのだが……、それを王族というヤツらは平気な顔をしてあっさりやってくれるから本当に腹が立つ。
「まあ、そんなの……今更だけどな!」
オレはもっと非常識な存在を見てきたのだ。
こんな普通の魔法など怖くはない。
ごとんっ。
重たい音がして、巨大な石は割れ、土でできた槍がオレに当たる前にパラパラと砕けていく。
「風の刃でどちらも落とす……か。やるじゃない、笹さん。だけどね……」
オレの周囲が再び、槍の形へと変化していく。
「土は再生するの。砕かれたぐらいじゃまだまだ……」
「知ってる」
「!?」
だが、若宮の魔法は変化の途中で止まる。
「あ、あれ……?」
予想外の動きに、若宮が動揺しているが……、そこを見逃すほどオレは甘くない。
彼女の背後に、移動し、「誘眠魔法」で意識を刈り取ろうとするが……、流石に魔法の抵抗が高いのか効かなかった。
それを確認して、素早く、移動する。
「油断ならない男ね」
忌々し気に言う。
「中心国の王女殿下が攻撃してくるのに、油断なんかできるか!」
彼女は魔法国家の王女ほど、魔法が多彩ではないようだが、それでも強い。
あの地の槍なんか、まともに食らえば、オレの防護を貫くだろう。
魔法に対する抵抗も高いことは分かった。
だが、傷はつけたくない。
そうなると……。
「一発、当てれば勝てるのに……」
なんだ、その危険思想。
……ってか、本気で殺る気か?
「下が駄目なら……」
そう言いながら、若宮が天井を向く。
だが、オレは知っている。
これ自体が、罠だと。
左右から、土壁が一気に迫ってくるので、移動魔法でかわす。
やはり視線は罠だったようだ。
基本的だが、本能に訴える効果的な戦法だ。
「蔓生拘束魔法」
「うわっ!?」
だが、オレとしてもこのまま、こんな不毛なことを続ける気はなかった。
「ち……地属性に耐性がある人間に、地属性の拘束魔法とはやるじゃない、笹さん」
「そんな恰好で言っても決まらないぞ」
若宮はオレが使った魔法により、身体を蔓で拘束されて身動きが取れなくなっていた。
「とりあえず、戒めを解いていただけるかしら?」
「断る」
「あら、冷たい」
「お前な~、問答無用で攻撃してくるような危険な相手をなんですぐ解放すると思ってるんだ?」
「そこは友人の誼ってやつで」
「都合のいい時だけ、友人面するな。それと、オレを無条件で従わせることができるのは高田だけだ。そこも覚えておけ」
兄貴に対しては拒否権が一応ある。
だが、高田の場合は「絶対命令服従魔法」のために拒否権はない。
どんな要望でも丸呑みさせられるのだ。
まあ……、そんな実力行使はまだ一度だけしか発動していないが。
「でもさ~、ほら。仮にも一国の王女相手にこの状況は不味くないかしら? 緊縛趣味なら、それも仕方がないとは思うけど」
「大神官猊下、王女殿下はこのままで良いですか?」
若宮が大暴れしている間、全てを結界でやり過ごしていた大神官に向かって声をかける。
オレも結界や防御魔法で切り抜けることはできたが、それではこの女は納得しないと思ったからやめたのだ。
「ええ、構いませんよ」
笑顔で応える大神官。
「この裏切り者!!」
それに憤る若宮。
「で、本当の用件はなんだ? 今更、単なる腕試しとは思えんのだが……」
「単なる趣味!」
彼女はきっぱりと言い切った。
「嘘つけ。本当に趣味ならそんな顔するかよ」
「え……?」
「若宮は趣味ならずっと楽しそうにしている。それは高田と一緒にいるところを見てきたんだ。オレだって知っている」
若宮はオレに魔法を使いだしてからずっと苦しそうだった。
それは慣れない魔法の行使に疲れているというような顔ではなく……、何かを思い悩んでいるような、どこかではけ口を探しているようなそんな表情だった。
見ているこちらが迷ってしまうぐらいに。
「オレは高田じゃないから、お前の表情から思考は読み取れないんだぞ」
「うん……。知ってる。だから……、笹さんに伝えたいことがあるの」
「それなら、こんなに回りくどいことするなよ」
そう言って、オレは若宮を解放する。
彼女は立ち上がりながら、埃を払ったりしていたが……。
「甘いっ!」
不意にそう言って、彼女はオレの懐に飛び込んできたのだった。
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