近くにいた親友
「うん、事情は分かった」
数日前、ワカと話した時、彼女はそう言った。
「水尾先輩に内緒で、追いかける! そ~ゆ~サプライズ、大好き。ただ……、相手が同じ女性なのがちょっと気になる点ではあるのだけど……」
「じゃあ、協力を願えるってことで……」
「まあ、反対する理由はないわね」
「そうか……」
正直、ワカは反対するかもしれないと覚悟していた。
もともと、この城に招き入れてくれたのはワカだった。
大神官やグラナディーン王子殿下はわたしたちが城から出ることをあっさりと認めてくれたが、彼女に反対されると少し、強硬策を選ばないといけなくなる。
「始まりは私の我が儘だったもの。これ以上、戯れに付き合わせるわけにもいかないわ」
「……ワカ」
「何?」
「大人になったね……」
わたしは冗談めかしてそう言った。
「……高田が私をど~ゆ~目で見ているかよくわかる言葉をありがとう」
ワカがじろりと睨むが、わたしは思わず笑ってしまう。
彼女が本気で怒っていないことが分かるからだ。
「私に睨まれて笑えるのなんて、高田とベオグラぐらいだわ。やりにくいったら、ありゃしない。兄さますら、慌てるのに」
ワカが肩を竦める。
「今はもう一人、いるでしょう?」
「ああ、うん。まさか……彼女まで現れるとは思わなかった。いや、そのおかげで、高田を手放すこともできるのだけど」
「王子殿下の婚約者のおかげって?」
こげ茶色の髪、黒い瞳の、ワカにとてもよく似た少女を思い出す。
「兄さまの婚約者に素直に収まってくれたでしょ。あの『聖女の卵』。それがあるから、高田を無理に引き留める必要はなくなったの。いや、二人いた方が良いのは確かだけど、他国の人間ではあるからね。その点、彼女は……、確かに異世界人ではあるけど、一応、この国出身扱いだし」
「あの砂漠の中に、国があるなんて思わないよね~」
「まあ、非公式の国だから……、扱いとしてはただの集落だけどね」
王子殿下の婚約者となった娘は……、当事者たちの話によると、人間界からこのグランフィルト大陸中央にある砂漠の中にあった国に現れたそうだ。
但し、自己申告によるため、どこまで本当の話なのかは分からない。
「『神降ろし』ができる上に、精霊の召喚までできるなんて……、詐欺よ」
「……詐欺って……」
個人が持つ能力について言っても仕方ない。
それに……、彼女の場合、わたしと違って努力で手に入れた能力もある。
たまたま得られたわたしとはその実力も立場も、全然違うのだ。
「でも、セントポーリアのように、この国が血族主義じゃなくて良かったよ」
「普通はどこも身分重視よ。流石にどこの誰ともしれない血を混ぜるのは……ねえ。まあ、情報国家や魔法国家、機械国家は除くけど。ただ……、それ以上に『聖女』って存在は重いの」
「そうみたいだね」
それは、自分に対しての扱いを見てもよく分かることだった。
しかし、ちょっと外見を変えただけで、あそこまで「美しい」「可憐な」「麗しい」「清らか」など、普段の自分とはかけ離れた形容詞、形容動詞を修飾語に付けられるのはかなり抵抗がある。
いや、確かに九十九の化粧、上手いけどさ。
「そろそろ高田の存在を誤魔化すのも限界かなってところだったし。やっぱりね。隠していると、暴きたくなるのは人心ってことなんだろうけど」
「そうか」
わたしが気付かない間に、ワカにも迷惑をかけていたようだ。
「高田は綺麗になったものね」
「……ワカほどじゃないよ」
人間界で出会った少女は、魔界に戻って二年。
すっかり成長して見事なまでにお姫様の仮面を被っている。
「大神官さまのおかげかな?」
「……アイツがこの一年で私にしたことは、甘い言葉でからかうぐらいのものだ。それ以上のことは何もない」
まさかの真顔で回答。
いや……、これって遠回しな惚気?
「まだ笹さんと高田の関係の方がいちゃいちゃしてる!」
「……いや、九十九は甘い言葉を吐かないからね」
それ以前にイチャイチャなどした覚えもない。
九十九から大切にされている自覚はあるが、それは彼の性格からくるもので、決してわたし自身に対する好意ではないことぐらいもう理解しているのだ。
「甘い言葉は吐かないけど、甘いお菓子は作ってくれるのよね、笹さんは」
そう言いながら、ワカは目の前のお菓子をつまむ。
「高田も笹さんもいなくなると寂しくなるわ~」
「そう言ってくれると嬉しいね」
「笹さんだけでも置いてくってのは?」
「……ワカには大神官さまがいらっしゃるのに?」
なかなか凄いことを言う。
恭哉兄ちゃんの涼し気な……いや、冷ややかな瞳が見えた気がした。
「いやいや、そ~ゆ~のじゃなくて、パティシェとして! ほら、高田は雄也さんもいるでしょう? あちらもなかなかの腕前じゃない? ベオグラなんか……うん……、なんで、ヤツの料理は……蠢く存在が多いのかしら? 新たな生命を吹き込むのにも限度ってものがあるでしょうに」
料理が「動く」ではなく、「蠢く」という辺りに何らかの業を感じる。
わたしは見たことがないけれど、大神官さまの料理は凄いらしい。
料理中に何かの念を込めてしまうのかもしれない。
うっかりその腕前を見てしまった九十九が、「水尾さん以上の料理」と言っていたぐらいだ。
因みに、その水尾先輩の料理は、色の付いた煙が出るか、液体への変質が多いと付け加えておく。
「九十九が良いと言えば良いよ」
「既に何度も断られた」
いつの間に……。
水尾先輩はよく「嫁に来い」と言って、断られているのは見ているのだけど。
「高田が一番良いんだって」
「それはありがたい話だね」
まあ、結構な高給で、手当も厚く、やりたいことができるとは聞いている。
わたしが厄介ごとを引き起こさない限りは理想的な職場らしいからそれを越える優遇って難しいのだろうね。
「……呆れるぐらい動揺しなくなっているわね」
「動揺?」
「いや、高田は好きな人っていないのかなって思って。ほら、この一年ぐらいは結構、神官に言い寄られたでしょう? 片っ端から笹さんが蹴散らしていたみたいだけど」
「いや、言い寄られたのはわたしじゃなくて『聖女の卵』だから。「聖女の卵」なら、わたしじゃなくても良いって人たちに興味は湧かないなあ」
興味が湧くはずもない。
あの人たち、九十九を見てなかったから。
わたしに興味があるって言うなら、その傍にいる人間を完全に無視するなんて失礼極まりないと思う。
彼はわたしの護衛なのだ。
そんな重要な位置にいる彼や雄也先輩に対して、敬意の欠片すら払えないような人に心惹かれるわけがない。
「随分、恋愛に対して冷めた目を向けるようになったのね。トキメキ満載の少女漫画好きだった高田とは思えないわ」
「そうかな?」
自分としてはあまり変わった気はしていない。
今、漫画を読めば二年以上前と同じように心は踊ると思う。
でも……、現実は違う。
誰かから自分に激しい感情を向けられることも信じられないし、自分が我を忘れるほど誰かに執着するなんて思えない。
そう言った意味では、確かにわたしは現実を見ることができるようになったってことなのかもしれないのだけど。
「でも、今のところ、不都合はないから大丈夫だよ」
「……それなら、これ以上は言わないけれど……不憫な子ね」
「わたしはこれで良いの。でも、ワカは好きな人と幸せになってね」
「それは、高田も。今は、いないかもしれないけれど、いつかはできるから」
「……できるかな?」
そんな自分が想像できない。
「できる。絶対。だから……、阿呆な男にひっかかったりしないようにね」
「うん、気を付ける」
「笹さんにもしっかり言っておくわ」
「……何故に?」
「彼は護衛だから」
「その扱いはどうかと思うよ」
なんとなく人間界の虫除けスプレーを思い出して、嫌な気持ちになった。
「まあ、笹さんや雄也さんよりも良い男なんて探す方が大変そうだけど」
それはわたしもそう思う。
魔界に来て二年以上経つが、彼らはかなり高機能かつ高性能異性だということが分かった。
魔界人は、顔が整った人が多いが、その上で中身も良い人となると一気に数が減る。
魔力や法力が強いと妙に自信家で傲慢な人が多くなるせいかもしれない。
謙虚で遠慮深い日本人の中で育った身としては、その辺りがあまり好ましく思えないのだ。
でも、魔力、法力が弱いと極端に卑屈だったり自虐的だったりもする。
それはそれでご遠慮願いたい。
その上で、タイプの違う高機能かつ高性能な異性も見てきた。
これって……、わたしはまともな恋愛を望めないってことかしら?
いつか……、王子さまが……なんて阿呆なことは言わないから、せめて、まともな人と出会うことを心から祈ろうと思う。
そして、そんなわたしに対して、ワカはなんとも言えない視線を向けるのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




