近くにいる友人
「あはははははっ!」
目の前の女はずっと笑いが止まらなかった。
「いつまで笑ってやがる」
オレがむすっとした顔をしていることも気にせずに。
「あはははははっ! ごめん、ごめん」
目尻を軽く指で拭いつつ、高田はそう言った。
そこまで笑うほど酷いか?
「九十九にナンパの才能がないことはよく分かった」
「いや、これは逆にアリじゃないか? 少なくとも私はこうして釣り上げられた」
そう言いながら、目の前で焼き菓子を食べる水尾さん。
「なんで、兄貴はあの時、グーを出すんだよ」
「お前がチョキを出したのが悪い」
あの時、「パ―」を出しておけば……。
「何の話だ?」
「いや、三人でジャンケンして負けた人が、水尾先輩に声をかけようって話になって」
「ちょっと待て? 私に声をかけるのは罰ゲームなのか?」
いや、十分、「罰ゲーム」だろう。
置いてきたと思っていた人間たちが、既に先回りして船に乗ってたのだ。
怒りをぶつけられても仕方ない役目だと思う。
「水尾先輩が怒るかなと思いまして」
「ビックリしたけど、怒っちゃいないよ。……ってか、この焼き菓子を前に怒れるか」
「……まさか、『そろそろお腹すいた頃じゃありませんか? 』と、声をかけるなんて思わなかった」
「うるせ~!!」
なんて声をかけて良いか分からなかったんだよ。
「お前ならなんて声をかけたんだよ?」
「普通に、『水尾先輩』って声をかけたと思うよ」
奇襲攻撃に近い状態で、そんな気やすく声をかけられるかよ!
「思ったよりは落ち着いているようだね」
「いや、心臓飛び出たよ。まさか、来るとは思っていなかったから。九十九はともかく、先輩も反対しなかったのか?」
兄貴に対して普通の口調ではあるが、今もまだ少し、警戒心はあるらしい。
「なんでオレはともかく……なんすか?」
「九十九の方が甘いから」
そんなに甘いか?
「いろいろあったんだよ」
兄貴は苦笑しながらそう言った。
そう、確かにいろいろあったんだが……、一番の理由は……、高田にとって、ストレリチアも今までのように安全でとは言えなくなったからだった。
「水尾先輩は嫌ですか?」
「いや、まさか。すっげ~、助かる」
まあ……、港町に着くなり、券売所の場所が分からなかったり、定期船の乗り場を間違えたり、定期船に乗る時もいろいろあったのだ。
さりげなく様子を窺っていたこちらが本気で心配になるぐらいとは恐れ入る。
あれでよく誰にも頼らずに他国へ行けると思ったものだ。
高田は、「追いかけて、それでも拒絶されるなら仕方ないね」とは言っていたが。
「だけど……、高田は良いのか? 法力国家にいれば、グラナやその婚約者、若宮や大神官は間違いなくお前を護ってくれるのに」
水尾さんがそう言うと、高田は困ったように眉を下げる。
「いつまでもワカや恭哉兄ちゃんたちに迷惑をかけるわけにはいきませんから」
そう言って彼女は笑いながら続ける。
「それに、水尾先輩、忘れていませんか? わたしも真央先輩には会いたいのですよ?」
「でも、本当にマオがカルセオラリアにいるかどうかは分からないんだぞ?」
「行ってみていなかったら、カルセオラリアにはいなかったことが分かるでしょう?」
高田が得意げにそう言うと、水尾さんは目を丸くし、脱力した。
「こんな主を持つと、大変だな」
「慣れてますから」
そんなことは本当に今更の話だった。
高田は一度決めたら、絶対に考えを曲げない。
「苦と言うほどではないからな。栞ちゃんは従者思いだから」
そう兄貴は言った。
確かにオレたちが高田に甘いのと同じように、彼女もオレたち兄弟に甘い。
身勝手な道具として扱われず、ある程度、自由意思を与えられ、自由行動すら許されている。
これは仕える側としては、大変、ありがたいことなのだ。
「でも、三人ともどうやって来たんだ? やっぱり馬車を手配したのか?」
「いいえ、大聖堂とは別の聖堂にある『聖運門』から、クラチョゴにある聖堂の『聖運門』まで瞬間移動しました」
「……は?」
「大神官様から許可をいただきました」
そう言う高田は、すごく良い笑顔だった。
あ、水尾さんの目が点になっている。
そりゃそうだよな~。
自分は馬車で時間をかけて港町まで来たのに、オレたちはほぼ一瞬で来たってことなんだから。
高田が言う「聖運門」とは、「聖門」とも呼ばれる聖堂内にある「転移門」のようなものである。
但し、出口のない場所でも出口を作り出すことが可能な「転移門」と異なり、「聖運門」同士の間しか行き来はできない。
ただ、この魔界では人の多い主要な場所には聖堂が建立されていることが多いため、かなりの地域に行くことが可能である。
問題点としては、聖堂の管理者に許可をとる必要があるところだろうか?
だが、神官最高位の大神官が許可すれば、どこの神官も断ることなどできないのだ。
「ズルくね?」
「水尾先輩が許可を取らなかっただけでしょう?」
「ああ、うん。確かにそうなんだけど……」
水尾さんは分かりやすく困惑している。
でも、考えてみて欲しい。
普通は、神官でもないのに大神官を相手に聖堂の施設の使用許可申請をしようなんて考えない。
そして、許可が下りたのも、王女や大神官の友人だからだったのか、高田が「聖女の卵」として認められているからなのか、単純に申請すれば許可が下りるものなのかは分からないのだ。
水尾さんが迷うのも分からなくはない。
「まあ、わたしは水尾先輩ともう少しだけ一緒にいれることが嬉しいので良いですけど……」
そう言って、高田は水尾さんに笑顔を向ける。
そして同時にオレの耳には水尾さんの陥落の音が聞こえた気がした。
あれ……って、計算しているわけじゃないよな?
「えっと……。高田? 聞きたいことがあるんだが……」
「はい、なんでしょう?」
「若宮には……、許可、とったのか?」
戸惑いながら、尋ねる水尾さん。
まあ、結果として友人と引き離すことになるのだ。
彼女たちの仲の良さを知っている人間としては、気になるところだろう。
「はい。勿論」
高田は穏やかな顔で頷く。
「そして、ワカにも味方ができたから、安心して、わたしもストレリチアから離れられます」
正直、オレもあれには驚いた。
高田があっさり若宮に別れを告げた時、彼女もあっさりと承諾したのだ。
見た目はともかく、そこにどれだけの感情が渦巻いていたのかは分からない。
最後に見た若宮の目は赤かったから。
それでも……、彼女は、高田を送り出すことにしてくれた。
オレたち三人は、王子殿下とその婚約者殿、そして、若宮と大神官に見送られながら、「転移門」……、いや、「聖運門」を使用したのだ。
「あのまま、城にいれば『聖女』として扱ってもらえたのに、後悔はないか?」
「もともと欲しくて得たものではなく、偶然、拾ったようなものですから。それに……、わたしが『聖なる女』って柄ですか? 友人たちがいるストレリチアより、一人で旅立とうとする先輩の方が気になってしまうような後輩なのに?」
高田がそう言うと、水尾さんが噴き出す。
「わたしに『聖女』なんて称号、名前負けも良いところです。九十九なんてわたしのこと『トラブルメーカー』とか『阿呆』とか言うぐらいですよ?」
「……本当のことだろう?」
思わずそう言っていた。
「聖女」かどうかは置いておいて、彼女は本当にどこまで行ってもトラブルに巻き込まれているのだ。
高田はストレリチアに来てから……、いや、魔界に来てから、何度、危険な目に遭ったことだろう。
そして、それでも懲りずに似たようなことを繰り返すのだから手に負えない。
「あ~、分かった。悪いが、もう少しだけ付き合ってくれ。もともと。『身内に会えるまで高田を護る』って契約だったからな。会えるまでだ。それ以上は付き合わせない」
そう言って、水尾さんが笑ったのだった。
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