近くにいた友人
私の名は、「ミオルカ=ルジェリア=アリッサム」。
今は亡き魔法国家アリッサムの第三王女である。
故国が壊滅した後、私は友人のもとに身を寄せることになった。
それは本当に成り行きで、勿論、全てが良いことばかりでもなかったのだけど……、ずっと楽しかった。
笑い続けることができた。
だから、昔の私を知る人間が見ても、私だってすぐには分からないかもしれないと思っている。
それだけ、私は幸せだったのだ。
でも、そんな優しい時間はそろそろ終わらせなければいけない。
もともと自分には過ぎたものだった。
普通の少女のように感情を外に出して生きていくことなど、許されるはずはなかったのだ。
私の友人、「高田栞」という人間は本当に変わっていた。
魔界の記憶がなくても、魔法が使えなくてもケロリとしている。
しかも、彼女は少し前までは、魔気を感じることもできなかったのだ。
魔気も魔法も、産まれた時から身近にあった自分はそれが信じられないことだった。
さらに、魔気を感じられるようになっても私から離れることもなく、魔法の的にされても平然としている。
そのことが、私には酷く驚くべきことだった。
始めは、それを彼女の無知からくるものだと思っていた。
知らないから怖がらない。
でも、違ったのだ。
彼女は本当に相手を気にしないのだ。
それが分かったのは、その法力国家に来る前。
船上でのことだった。
彼女の友人である精霊使いが召喚した精霊族。
それは、明らかに精霊族としては異質だったのだ。
それまでの人生で色々な魔獣や人間を見てきたつもりだったし、幼い頃からの精霊への憧れも強かったことは認める。
だが、それらを一瞬で打ち砕くような存在が出現し、私は泣きたくなった。
子供の頃から憧れ続けた精霊はこんなものじゃなかったはずなのに……と。
美しくも愛らしい精霊を思い続けてきたが、まさか、角刈りで筋肉質な外見に、止めを刺すかの如く、特徴ある喋り。
一体、どんな嫌がらせかと。
事実、あれは嫌がらせだったのだと後で気付く。
あの外見、口調自体が人間の資質を見極めるための試練だったのだ、と。
ただ、あの時それを知っていても、どうすることもできなかったとも思う。
後で知ったのだが、「水鏡族」は「長耳族」と同じように、人間の心を読めるらしい。
つまり表面上、どう取り繕っても、内から出る苦手意識だけは誤魔化すことができなかったのだ。
だが、あの少女は、いつものように平然としていた。
自分よりも大きく迫力のある存在に対しても。
私や先輩に対する時よりは幾分、かしこまった口調ではあったけれど、その表情や雰囲気からは嫌悪感から来る忌避感はなかった。
さらに相手は精霊族だというのに、普通の人間のような扱いをする。
そのことに私は頭を殴られたような衝撃を受けた。
王族に生まれた以上、他者に対して余計な先入観を持ってはいけないし、ましてや、外見だけで拒絶するなどあってはいけない。
国民に対して誠実であれ。
全ての人間に公平公正な態度で接しよと育てられていたのに。
他にも彼女が別の場所であった友人は、実はこの国の王女で、それを知っても彼女は態度を変えることなく接している。
さらには、別の場所で縁があった大神官に対しても同様だった。
相手の能力を知らないわけではなく、知っても変わらないのだ。
だから、そんな彼女が「聖女」の認定を受ける資格を有したと知った時、正直、私に驚きはなかった。
血筋からも才能はあるし、精霊族の話を聞く限り、普通の王族とも違うことは知っていたから。
何より、この二年。
ずっと近くにいたのだ。
確かに彼女の護衛ほど傍にいたわけではないが、それでも、私にしては珍しく、マオ以外の人間の近くにいた。
だからこそ、言える。
彼女をこれ以上私の事情に巻き込みたくない……と。
小柄で可愛らしい私の大切な友人。
彼女は自分よりも他者を優先する傾向がある。
危険と分かっていても、彼女は他人を護るためにその身を盾にしてしまう程度には。
今回のこともそうだ。
あの時、私が制止しなければ、彼女は「自分も行く」と言っていただろう。
そして、それを耳にしてしまったあの従者は、彼女のために全力を尽くしてしまう。
それが、彼女の身を危険にさらす行為と分かっていても、彼らは彼女のお願いを拒めない。
彼らは「聖女」がこの世界にとって、どれだけ稀少で貴重で代わりがないことを知っていても、迷うことはないだろう。
そして、厄介なことに彼女自身も「聖女の卵」、「王女の友人」、「大神官の友人」という、誰の目でも羨ましい立場を、「友人が困っているから」と、そんな単純な感情だけで、かなぐり捨てることも厭わないのだ。
だが、それを元中心国の王族として、許すことはできない。
この時代に、誰の目でも分かるほどの「聖女の卵」が現れたということは恐らく、その力を必要とされる未来があるということだ。
一年半ほど前の大神官襲撃事件のような局所的なものなど笑えるぐらいのものが。
それを理解しているから、この国の王子、王女と大神官は彼女を懐で守ろうとしている。
だから、それを阻むことなどしたくない。
―――― それでも……、彼女が自分を選ぼうとしてくれたのは嬉しくて。
私は王子と王女、大神官のみに挨拶をして、城を出たのだ。
まあ……、移動のための馬車や定期船の手配の関係で、彼女の従者の一人にも挨拶せざるを得ない状況になったのは、誤算だったが。
***
港町クラチョゴに着き、馬車の御者に礼を言って帰してから、私が最初にしたことは勿論、カツラを外すことだった。
確かに、国にいた時も必要な時にカツラ着用することもあったが、24刻372日無休の着用生活は初めてだったのだ。
窮屈で仕方なかった。
でも……、正直、この長さに憧れはある。
現実の自分にできないことから猶更だ。
癖毛の人間が髪を伸ばせば悲劇でしかない。
それに魔法を使う際にも、長い髪は邪魔だ。
人間界にいた頃、高田は極端に長い髪でソフトボールをやっていたが、あれは普通、おかしい。
腰近くまでの長い髪を保つなんて「お前は神女にでもなるつもりか?」と何度聞きたかったことか。
結局、そう聞くことはなかったのだけど。
それから――――。
紆余曲折がありながらも、なんとか、乗船できた。
初めて見る定期船は「でかい」の一言だった。
人間界で言うカーフェリー? のような大きさで、よくこんなものが水に浮くなと感心する。
船の横に刻まれた紋を見る限り、カルセオラリア製に間違いはないだろう。
そうなると魔法で浮かせているわけではない。
カルセオラリアで製作、製造されたものは魔力が籠っている魔道具以外、魔法が効きにくいものが多いのだ。
だから、各国の武器防具にも使われている。
しかし、思ったより人が少ない。
相部屋になると聞いていたので、込み合っていると思っていたが、そうではないらしい。
商人たちが多く、希少なものを運んだり、魔力を通せないものが多かったりするため、乗船人数に対して、部屋がないそうだ。
まあ、先輩に無理を言って手配してもらったためにある程度は仕方ない。
どんな人間と相部屋になったかは分からないが、女商人が三人ということだったので、良い商品があれば買わせてもらおうかとも考えている。
幸い、金は稼いだので、問題はない。
だが、船が出向しても、何故かその商人たちは姿を見せなかった。
「挨拶ぐらいしたかったんだが……」
予定が変わって、乗船できなかった可能性もある。
相手は利を優先する商人だ。
船に乗るより別のものを優先しても不思議はない。
そう思って、私は甲板に向かった。
一年半……。
それだけ世話になった大陸から離れる。
思えばいろいろあったけれど、その記憶の全てに、小柄な友人がいた。
小さな身体に見合わない強大な魔力。
そのためか、魔法を使うことができない。
私ではそんな彼女を教え導くことができなかったけれど、いつかきっと彼女は私以上の魔法を使うことができるようになると信じている。
それを見届けられないのは少し、残念には思うけれど……。
そんな自分のちょっとした心残りを見透かしたかのように、私に声をかけてくる者がいたのだった。
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