変わった関係
「どう思う?」
「無謀だな」
先ほどの会話だけでも不安要素しかない。
「そうだよね……」
オレの言葉を聞き、高田は改めて溜息を吐いた。
彼女もその答えは予想していたことだろう。
水尾さんが単身で別の国へ行きたいと言い出した。
彼女の双子の姉である「マオリア=ラスエル=アリッサム」王女殿下がそこで生きている可能性があるらしい。
「それ自体が罠とかの可能性は……、考えてねえよな?」
「多分ね」
アリッサムの王族はどの国も懸命になって探しているらしい。
特に三人の王女殿下たちは、魔法国家出身の王族というだけで多大な価値があると兄貴は言っていた。
もし、今回の話が、水尾さんをこの国から離すための罠とかであれば、確実に捕らえる方法を準備しているだろう。
魔法国家の王女殿下は、魔法は多彩多様だが、身体能力に関しては、実は、高田よりもずっと低い。
まあ、それでも一般的な女性より筋力も体力もあるとは思っている。
そして、この国の王女である若宮は、ああ見えて、実はもっと非力なのだ。
「でも、今の水尾先輩に何を言っても無駄だと思うよ」
「……だよな」
突然、降って湧いたような知らせだった。
それでも……、ずっと探し続けていた手がかりだ。
飛びつきたくなるような気持ちはよく分かってしまう。
「お前はどうしたい?」
「ん~……」
高田は考え込んだ。
本当なら、一緒に行きたいのかもしれない。
だから、さっき何かを言いかけたのだろう。
だが、水尾さんはそれを拒んだ。
恐らくは、高田を巻き込めないと思ったのだろう。
当人に自覚は薄いが、彼女は「聖女」認定を辞退しても、その扱いとしては「聖女の卵」である。
さらにはこの国の王女殿下や、神官最高位の大神官の友人でもあるのだ。
この国にいれば、待遇は悪くない。
それらを全て置いて、自分について来て欲しいとは口が裂けても言えないし、言わないだろう。
「水尾先輩が心配ってのはある。でも……だからと言って、付いていくこと自体が迷惑になる可能性もあるからなんとも言えない」
「……と言うと?」
「カルセオラリアに本当に真央先輩がいた時、わたしたちがいない方が良いのかなって。真央先輩に会っておしまいってわけじゃないだろうからね」
「なるほど……」
確かに、今後の身の振り方を考える必要が出てきた時、高田がいたら判断が難しくなるかもしれない。
「九十九は水尾先輩がここを発つまでにどれくらいの期間だと思う?」
「流石に、準備があるから早ければ三日。遅くとも一週間かな。あの人は、流石に世話になった人間たちに挨拶もせずに国を出るような非礼はしないだろう」
「三日……か」
「そこから、馬車を使って、港町まで行って、定期船の手配……。でも、できるかな? あの人に」
これまでの移動手段も、宿泊先も、コンテナハウスを使用する時以外は、ほとんどが兄貴の手配によるものだった。
オレも何かの備えのために、各国の移動手段についてはある程度、勉強しているが……、水尾さんがそれらをしているとは思えない。
今まで必要がなかったからだ。
「まあ、落ち着いてお前も考えろ。オレも兄貴もお前の意思にある程度は従う」
「そこは絶対じゃないんだね」
「限度はあるからな。許容範囲のものでなければ、従わん」
「理不尽なお願いをする気はないのだけどね」
そう言って高田は笑った。
彼女は未だに分かっていない。
第三者の目ではこの上なく、道理に適っていても、オレたちは彼女の要望を拒絶する可能性はあるのだ。
それは身の安全が保障できない時。
どんなに最善だとしても、彼女を犠牲にする案に首を縦に振る気はない。
無理矢理従わせたいのなら、「絶対命令服従魔法」と呼ばれる手段を使え。
この国へ来て一年半ほど経つが、その間に彼女は大分、成長したと思う。
当人が望んだ身長の方は、残念ながらあまり伸びなかったようだが、それ以外の部分はかなり成長していた。
この国で「聖女」に近しい扱いを受けたためかもしれない。
人目を意識することが増えたせいか、表情も変化して、外面に幼い印象はなくなった。
身内しかいない時は、相変わらず呑気な顔をしているが。
まあ……、うん。
身内の欲目はあるだろうけど、大分、年頃の娘と言えるようにはなったのだと思う。
化粧なしでも、オレという従者が近くにいても、分かりやすく準神官や下神官が絡むようになってきた。
化粧した顔が、していない顔に似てきてしまったこともあるだろうが。
信者としてだが、大聖堂に出入りしている以上、どうしても神女ではない彼女は目立ってしまうのだ。
幸い、「聖女の卵」と同一人物と気付いた人間は今の所いないようだが、少なくとも水尾さんよりは声をかけやすいのだろう。
あの人は顔が整いすぎて近寄りがたい。
高田の方は……、今の所、それらの神官の態度を特に気にした様子もなく挨拶や社交辞令だと思っているようだ。
たまに……、分かりやすく怪訝な顔をすることもあるので、彼女自身もある程度好みはあるのだろう。
見ている限り、顔の美醜というわけではない。
……というか、ある程度、整って、自信ありそうな男ほど、排除の対象になっているようにも見える。
三ヶ月ほど前にその判断基準を聞いてみたら、「全身に何か走るような人は駄目」と言っていた。
つまりは勘……、ということになるのだろうけど、その勘は今のところ、そこまで外れてもいないとは思う。
「因みに九十九自身はどう思う?」
「お前の意思に従うって言ってるだろうが」
「わたしの意思はこの際、横に置いて」
ありえない選択肢を提示するが、参考意見を聞きたいと言うことなのだろう。
「……オレなら止める。準備が足りない」
気持ちが逸るのは分かるが、本当かどうか分からない状況で水尾さん自身が乗り込むのはあまり良い方向に転がらない気がする。
「放っておくって意見じゃなくて良かったよ」
「二年以上も一緒に行動してるんだ。そこまで非情になれるかよ」
兄貴の方はどうか分からんが。
「そうだよね。やっぱり、見捨てるって選択肢はとれないなあ……」
高田の顔つきが変わっていく。
どうやら方向性が決まったらしい。
「そうなると……、本人のやりたいようにやらせるというのは絶対に却下かな。危なっかしい」
「お前が言うなよ」
オレから見れば、彼女たちにそこまでの差はないのだ。
「でも、カルセオラリア行きの手伝いをするって程度なら……断られないと思う。彼女には九十九の保存食は必須でしょう」
文字通り、餌で釣る気か。
そして、見事に釣れそうでもある。
「一緒の行動は無理……でも、離れて彼女を見守ることは魔気さえ抑えれば、九十九と雄也先輩ならできそうだよね」
「お前から一週間以上離れて別の人間の護衛に就けと言う話なら、オレは従わん。兄貴の方は分からんが」
「……? ああ、その手もあるのか」
高田の反応からそう言った意味の発言ではなかったことは分かる。
「わたしが付いていくって選択肢ならどうかと思ったんだよ。九十九や雄也先輩なら、そのフォローもしてくれるでしょう?」
「付いていく気か?」
「許されるなら、その方が良いかなとも思っている」
「……そんなに心配か?」
確かに心配だが、水尾さんも、もう18歳を越えている。
いつまでも手を貸し続ける必要は……、まだありそうだけど、彼女も嫌がりそうだ。
「それもあるけど……。最近、セントポーリアの王子殿下の使者が頻繁になったみたいなんだよね。『聖女』の件もあるし、ワカにもグラナディーン王子殿下にもきょ……大神官さまにも結構、迷惑がかかっている気はしている」
「それはお前のせいでもないだろ?」
セントポーリアの王子の件は、あっちが勝手に自分の都合で高田を手に入れようとしているだけだ。
聖女の件も、巻き込まれた結果ではある。
「それに、お前がいてもいなくても同じことだ」
セントポーリアから、彼女がいる可能性があるかどうかも分からないのに、頻繁に使者が来る。
ご苦労なことだ。
聖女の方も、似たようなものだった。
大聖堂で匿われているかどうか分からないのに、神官たちが問い合わせているだけの話である。
大神官は「断られました」と何度も言っている以上、それより下位の神官たちにはどうすることもできない。
大神官相手に強硬策をとれるのは王族ぐらいだが、王族たちにもその意思はない。
「まあ、もう少し考えた上で、雄也先輩にも相談しようか」
「始めから兄貴に相談はしないんだな」
「自分の意思がしっかりしてない状況で頼ってどうするのさ? せめて、わたしの意思は固めないと」
「……オレは?」
「わたしの手綱でしょ? 九十九は。だから、しっかり握ってくださいな」
そう言って、にっこりと笑われると、オレが彼女に言い返すことなんてできるわけもなく……、この二年で随分、力関係も随分、変わったなと思うしかなかった。
「だが、これだけは言わせてくれ」
オレは素直に高田にこう口にする。
「お前の手綱を締めることなんて、この世界の誰にできるってんだ?」
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