迷いのない言葉
「聖堂の所でカルセオラリアの使者と鉢合わせしたんだけど……、それがムカつく男だったんだよ」
そう言いながら、水尾先輩は、九十九の新作「クレーム・キャラメル」のようなものを次々に胃の中へ収容していく。
わたしの記憶する限り、それは飲み物のように、そんな早い勢いで食べるものじゃなかったはずだが……、これは、魔界の食べ方なのかな?
いや、多分、違うはずだ。
それなら、わたしも同じように用意されているだろう。
しかも、それは水尾先輩専用に作られたもので、サイズは明らかに特大だった!
単位はリッターで良いだろう。
わたしの前にはその100分の1サイズの可愛らしいものがある。
彼女の物とはスプーンのサイズから違っていた。
あんなに大量の甘い物をあんな勢いで食べたら気持ち悪くなりそうなのだけど……、水尾先輩は平気らしい。
どんな胃袋をお持ちなのでしょうか?
そして、九十九はその状況にも慣れたもので……、どこか呆れつつも何も言わずに見守っている。
「ムカつくって?」
今日は、カルセオラリアという国から使者が来ているということで、わたしたちは城から大聖堂の方へ移っていた。
何の用事かは聞くことはできなかったけれど、使者の滞在は三日間ほどの予定という話ではある。
今回の使者の中に神官はいないから、大聖堂には来ないだろうと聞いていた。
だけど、水尾先輩が地下に行った後、戻る時にたまたま遭遇してしまったらしい。
どこにでも好奇心の強い人はいるもので、その使者の一人は神官でも信者でもないのにこの大聖堂を見に来たらしい。
「『近頃、姿を見ないと思ったら、こちらにおいででしたか』とかわけの分からんことを言い出して、いきなり抱き締めに来たから……、反射的にぶっ放した」
「あ、相手は無事ですか?!」
水尾先輩は日々の鍛錬の結果……、魔界人生活三年目のわたしが見ても分かるぐらい恐ろしいものとなっている。
彼女の魔法は本当に避けるだけで精一杯になってしまった。
カルセオラリア……機械国家と呼ばれる国は、中心国ではあっても、魔法の耐性はあまり高くないらしい。
だからこそ、魔法ではなく機械……という特殊技術が発展してきたという歴史がある。
そんな国の住民に、魔法国家の……、それも鍛えまくった王族の一撃……とか。
死人が出てもおかしくない話だ。
「無事だよ。急所を狙ってないから。髭は少し焦げたけどな」
その時点で、顔を狙ったことが分かる。
いや、顔って前も後ろもほぼ急所ですよね?
そんなわたしの視線に気付いたのか……。
「大神官がとりなしてくださったから、大丈夫だよ。相手から謝罪も受けた」
水尾先輩はどこか極まりが悪そうな顔でそう言った。
でも、それなら良かった。
セントポーリアの王子からまだ追われているわたしも目立っちゃいけないけれど、水尾先輩だって目立ってはいけないのだ。
雄也先輩や大神官様の話では、魔法国家アリッサムの生き残りという存在は、少しずつ各国で発見されているらしいけれど、王族は未だに誰も見つかっていないらしい。
女王陛下も王配殿下も、三人の王女殿下たちも。
どの国も血眼になって探しているというのに。
でも、それは血眼になって探している国があるということだ。
情報国家イースターカクタスは勿論、フレイミアム大陸内にある国々もそうだと聞いている。
「そいつが言うには、自分の知り合いに顔と魔気がとてもよく似ていて感激のあまり……、らしい」
「知り合い……ですか?」
「その使者には言葉を濁されたが……。人品卑しからぬ女性とだけは聞き出せた」
ほほう。
なかなか面倒な言い回し。
つまり高潔とか上品な女性ってことだよね?
「それって……」
九十九は言葉を慎重に選ぶように、水尾先輩に何かを言いかける。
「ああ、九十九は気付いたか」
「へ?」
「私と見間違えるほど顔と魔気が良く似た気品ある女性。心当たりが一人だけいるんだよ」
水尾先輩が口元に手をやりながら、目線を逸らす。
その言葉で……わたしも気付く。
いや、「なんですぐに分からなかったのだ? 」ってくらい大事なことに。
「カルセオラリアの人間は魔気の感覚には鈍感な人間が多い。王族ですら、呆れるぐらいボケボケな感覚だ。だが……、そんな鈍い国のヤツが自信を持って間違えたんだ。可能性はあると思っている」
「ま、まさか…………」
「マオだ。あいつは今、カルセオラリアにいるかもしれない」
水尾先輩のその顔に迷いはなかった。
水尾先輩の双子の姉。
真央先輩が……、カルセオラリアに……?
「それで……水尾さんはどうしたいんですか?」
九十九が、食べたものを手早く片付けながら、問いかける。
「できれば……カルセオラリアに行って、それを確かめたい」
「でも、簡単には行けないと思いますよ」
「なんで? 使者が来るぐらいだから交流はあるのでしょう?」
わたしがそう聞くと、九十九は片眉を下げ、嫌そうな顔をする。
「水尾さんは使者たちと違って転移門が使えない。それにカルセオラリアに直接向かう定期船がないんだよ。スカルウォーク大陸に向かうなら、クラチョゴって港町からバッカリスって国にある港町ミアリという場所に行って、さらにエラティオールって国を抜ける必要があるんだ」
「中心国同士が繋がってないの?」
なんか不思議な気がする。
「魔界は転移門というものがあるからな。定期船で繋ぐ必要性がないんだ。基本的に定期船が行きかうような港町は大陸の端にある。ストレリチアは、大陸に一国しかないから例外ではあるけれど、それ以外の中心国には港町がないんだ」
「なんか不便だね」
わたしはこの世界の地図を思い出す。
中心国は必ず真ん中にあるわけではない。
話に出ているカルセオラリアも、スカルウォーク大陸の確か西南の位置にあったはずだ。
海とも接していたと思うのだけど……。
「島と海流と海獣の巣。それらの位置関係を考えた上という説と、中心国同士を結ぶと、その他の地域で物流が止まる可能性もあるという説。他には中心国同士の仲が悪かった頃の名残とかいろいろな説がある」
「うわあ……」
例に上がっただけでもあまり良い理由からではないことが分かる。
でも、そんな理由があると分かっている上、これ以上航路の新規開拓をしなくても何とかなっている現状もあるのだろう。
「定期船……、繋がっていないのか……」
水尾先輩が困ったように呟く。
「……兄貴に相談したらどうですか?」
「いや、これ以上先輩に借りを作りたくはない」
九十九の意見をすっぱりと拒否する。
「じゃあ……、まずはグロッティ村の人たちと連絡をとりますか?」
わたしは、二年近く前に出会った人たちを思い出す。
「まだ本当にマオがいるのか分からない状況で、ヤツらに連絡はできん。それに焦って馬鹿な行動をすれば、グロッティ村にも迷惑がかかる」
そんなわたしの意見も気が進まない様子。
ぬう……。
水尾先輩は、定期船が機械国家に繋がっていないことを知らなかった。
それは、航路に対する意識が薄いってことだと思う。
考えてみれば、彼女は王女様だったのだ。
城内にある転移門を使って移動をすることが当然の王族が、それを使えない国民たちのように庶民的な移動方法を知っているはずがない。
それでも、もともと、カルセオラリアに行く予定があったのならば、もう少し調べているのだろうけど、それを知ったのが、今日だ。
すぐに調べるというのも難しいだろう。
でも、雄也先輩なら絶対に知っていると思った。
あの人は、わたしの要求に応えるためにあらゆる方向性を調べている。
時々、考えを読まれすぎている気がして怖いぐらいに。
それを知っても尚、水尾先輩は彼に頼りたくないと言う。
それならば……。
「み……」
「言っとくけど、この件に関しては高田たちを巻き込む気は全くないからな」
「へ?」
わたしが思ったことを提案しようと声をかける前に、それを察した水尾先輩自身によって、制止された。
「今回のことは高田には関係ない。カルセオラリアへの様子見には、私一人で行く」
ここまでお読みいただきありがとうございました。




