【第27章― 優しい時間の終わり ―】月日は過ぎて
この話から第27章です。
思ったより長くなってしまった法力国家編終了の章となります。
結論から言えば、「聖女」の認定はしなくても済んだ。
いろいろと、取り巻く環境が変わったこともあるが、当事者である「聖女の卵」が断ったことが一番の理由らしい。
そして――――。
わたしはこの国に来て、二回ほど誕生日を迎えたのだった。
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「おい」
背後から低い声をかけられる。
「ん?」
「暫くは、そちらに行くなと言われているだろ。今、カルセオラリアから使者が来ているんだからな。下手に顔を出すな」
「ああ、そうだった」
わたしは黒髪の少年に声をかけられ、ワカの方に行こうとしていた足を止める。
魔界に来て二年以上が経過したということは、当然ながら周囲も等しく年齢を重ねる。
気が付けば、わたしや九十九、ワカは17歳となり、水尾先輩は18歳、雄也先輩は19歳となっていた。
まあ、だからと言って、何が変わったかというと、自分でも笑えるぐらいに何も変わっていない。
わたしは未だに魔法が使えないままだし、九十九は相変わらず以前と同じく料理開発に試行錯誤を重ねている。
水尾先輩はこの国独自の魔法研究に時間をかけているようだし、雄也先輩は……相変わらず謎が多かった。
変わったことと言えば……、この国のグラナディーン王子殿下が婚約したぐらいか。
一足飛びに結婚しそうな勢いではあったけれど……、相手が平民ということもあって、少し期間を置くそうだ。
まあ……、楓夜兄ちゃんも驚くほどの精霊使い……、それも精霊の中で最高の精霊王と対面し、さらに四大精霊と呼ばれる存在まで召喚した上で、使役する ような規格外の人間。
王子殿下の妹であるワカとしては、その心中はかなり複雑そうだけど、当人たちが幸せそうならそれで良いかと思わなくもない。
うん、彼女についてはわたしも複雑だけど、そのおかげで聖女認定の騒ぎも収まったことを考えれば、悪くはないと思う。
因みに精霊王の召喚、降臨まではさせられなくても、わたしと同じように「神降ろし」ができる人間である。
そんな彼女も、「聖女」認定の話は上がったが、私以上にあっさり断った。
なんというか「聖人」、「聖女」って、実はどこにでも隠れているのではないかな?
わたしの母はどうなのだろう?
人間界からこの遠く離れた惑星に呼ばれるような存在は、魂が強く、神に愛されやすいと大神官さまが言っていたから、もしかしたら母も「聖女」の資格を持っていた可能性もあるけれど。
母については雄也先輩から手紙を貰っているので、連絡はとれている。
特に、この国に来てからはとりやすくなった。
結びの言葉はいつも「あまり周囲を困らせないように」だ。
わたしの体調よりもそちらを気にしている辺り、雄也先輩から何か聞いているのかもしれない。
「ああ、新作ができたぞ」
かなり背が伸びた九十九は、いつものように笑顔でそう言った。
彼の笑顔は、成長したぐらいでは変わらない。
「よく、そんなに作れるね」
わたしは心の底から感心する。
魔界の料理法則は、二年経過した今でもよく分からない。
何でもできる雄也先輩も料理はともかく、お菓子の新規開発までは無理だと言っているし、何でもソツなくこなしそうな大神官さまは、食べられるものを作れないそうだ。
大神官さまに関しては、ワカ曰く「新たな生命体誕生の瞬間を見た」そうだから、わたしよりも凄いのだろう。
流石にわたしは料理に命を吹き込むことはできない。
そう考えると……。
「この世界で、料理もお菓子も飲み物まで作れる九十九は、かなり異常な存在だね」
「本人を前に失礼なことを言うヤツだな」
御覧の通り、彼との関係も全く変わっていない。
確かに、彼は身長が伸びて、わたしとの差も広がった。
声も低くなって、年齢はともかく見た目はもう少年とは呼べないかもしれない。
兄である雄也先輩と並んでいる姿は、もともと顔立ちが似ていることもあって、まるで双子のように見えるようになった。
二人の雰囲気が全然、違うから双子と思う人はいないだろうけど。
でも……、だから気付いた。
九十九のことは好きだし、信用も信頼もしているけど……、これは……、恋じゃないなと。
近くにいるためか、彼とのスキンシップは多いと思う。
手を握られるどころか、抱きかかえられることが多いのは、ちょっと年頃の男女としてはどうかと思わなくもない。
でも……、わたしは、彼にそれ以上を求める気持ちは湧かないのだ。
具体的にはキスしたいとか、触れたいとかそういった感覚がなかった。
少女漫画や少年漫画で当たり前のように存在する他者を求める強い気持ち。
自分の全てを投げうつほどの激しい感情は、今のわたしには間違いなく存在しない。
接近されればドキドキするけど、それは雄也先輩でも、大神官さまでも、楓夜兄ちゃんでも、グラナディーン王子殿下にでも発生するような感情だ。
いや、普通に考えても顔が良い殿方に接近されるなど、恋愛ゲームのような場面に何度も遭遇して、年頃の乙女としてはときめかないわけがない!
今でこそそう開き直れているけれど、少し前まではそれが悩みだった。
大神官襲撃事件の前に、わたしは雄也先輩からこっそりとちょっとした悪戯をされて、暫くは顔が真っ赤になり続けて大変だった。
でも、そのすぐ後に九十九からぎゅっとされて、それが吹っ飛んだ。
誰に対してもおたおた、わたわたしているから、「誰にでもドキドキしてしまう自分って浮気性なのかも……」と、本気で悩んだが……、水尾先輩に「それは普通」と言われて、開き直ることになる。
加えて、水尾先輩からは、「慣れないことを異性からされたら、戸惑うのはおかしなことじゃない」とも言われた。
その直後に「あの兄弟め」と低い声で物騒なことを呟いていたのは聞かなかったことにしよう。
まあ、定期的にときめきイベントが発生していることは悪くないのだろう。
いや……、うん、ワカやグラナディーン王子殿下の婚約者たちを見ていると、羨ましいなと思うので、恋愛がしたくないわけじゃないみたいだし。
因みにそれを言うと、何故かワカも、王子の婚約者さんも酷く生温い目をしながら、溜息を吐くのだが。
わたし自身は、身長が少しだけ伸びた気がしなくもないが、ワカ曰く、150センチ行くかどうかの微妙な高さとのこと。
そして、以前のように九十九が「胸がない」と言わなくなったので、胸は少し成長しているかもしれない。
必要以上に胸を押さえつけるコルセットを着用しなくなったので、かなり窮屈さがなくなったたのは大きいだろう。
「ああ、姿絵屋がそろそろ顔を出して欲しいそうだ。新作を描きたいってさ」
「最近、衣装で遊ばれている感がして嫌なのだけど」
「モデル料はコレぐらいらしい」
「……了解。いつものようにメイク、よろしく」
九十九が示した金額は左手に右手の人差し指を立てた額。
17歳の少女に渡す金額としては多すぎる気がする。
一部は大聖堂に寄付しよう。
持ちすぎはよくない。
わたしが「聖女」の認定を辞退できた理由の一つに、この姿絵屋のモデルがある。
定期的に姿絵――肖像画を発売することで、「未熟で畏れ多いため、聖女にはなれませんけど、この国が嫌いなわけではありませんよ」と周知していることになるそうだ。
まあ、国から出ることになったら、ワカが溜め込んだコレクションを渡す形にすることで互いに合意はしている。
その点に関しては、かなりワカは憤っていたけど。
因みにもう一人の「聖女」辞退者は、「肩書きなどではなく、自分の最期を見届けてから判断しろ」とかなり強気の姿勢である。
一生、この国にいるということでもあるが、わたしの母と同じように、住んでいた世界を捨て、身内からも激しく責められながらもその想いを貫いた彼女。
それは、その口調ほど軽い決意ではなかったと思う。
「どうした? 」
「うん、『王子殿下の婚約者』殿について、ちょっと思いを馳せていたよ」
「ああ、アイツな……」
九十九がどこか遠い目をする。
ワカにとてもよく似た婚約者さんは、ワカと二人でコンビを組むと、何故か、確実に九十九が被害に遭うのだ。
その婚約者さんとのこれまでの話をしっかり語ってしまうと、ちょっとした小説や漫画が一作品、出来上がってしまいそうなほど濃い内容となってしまうので、その辺りの話については機会があれば……ということにして欲しい。
「水尾さんだ」
九十九の声で顔を上げると……、そこには水尾先輩の姿があった。
その眉間にはくっきりとシワが刻まれ、さらに中性的で整った顔が少しばかりデッサンが狂ったような状態になっている。
「なんかご機嫌ななめのようだな」
「そうだね」
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なんでもない日常は、いつも予告なく終わりを告げる。
優しい時間は緩やかにその幕を下ろし、慌ただしくも騒々しいわたしたち自身の物語が、今、再び動き出したのだった。
王子殿下の婚約者については、彼女の方でも物語があるのですが、ただでさえ、食われ気味だった主人公が、完全に交代してしまうので割愛しました。
いきなりの時間経過はそのためです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




