我が儘な自分
「若宮は分かりやすく嫌悪していたみたいが、お前の方は……、来島とそんなに仲が悪くないんだな」
書店で買い物を済ませると、九十九がすぐ近くまで来てそんなことを言った。
「あれ? 会話、聞いてたの?」
「いや、見かけただけ。一応、お前に近づくヤツに対して警戒してたんだよ。会話自体は聞こえないけど、表情でなんとなくは分かるだろ?」
「いや、普通分からないよ」
どうやら、彼との会話しているのを目撃されていたらしい。
まあ、聞かれて困るような会話は全然してなかったから良いのだけど。
よく考えてみれば、九十九はわたしの護衛なのだ。
人間たちしかいないような本屋と言っても、わたしから目を離すことができなかったのだろう。
それにしても、せっかくの本屋だというのに本を選ぶより、わたしを見ていたとは……。
なんか、気を使わせちゃってるね。
ちょっと申し訳ないな。
「でも、来島とは小学校の時、お前と話しているのを見た覚えがないんだが……」
「縁ができたのは中学に入ってからだったからね。書店やゲームセンター、公園とかで妙に遭遇率が高いんだよ」
わたしはこともなげに言ったが、九十九はどこか引っかかったようだ。
「……書店や公園はともかく、ゲームセンターにまで行くのか、お前」
「うん。家庭用ゲーム機は高いからね」
その点、ゲームセンターは小遣いの範囲内でちゃんと収まるのだ。
いや、ゲームセンターに行くお金を我慢して貯めれば、家庭用ゲーム機も買えなくは無いのだろうけど。
「そう言うところに行きたければ、ちゃんと言えよ。頼むから勝手に行くなよ。魔界人、関係なくそんな所に女一人じゃ危ねえんだからな」
「分かってるよ。でも、受験が終わったから、もう我慢しなくて良いんだ! 堂々と行けるね!」
そう考えるとウキウキして気分も上昇してきた。
でも、そんなわたしと対極的に、九十九は疲れた顔をしている。
「……喫茶店は校則違反なのに、ゲームセンターは違反じゃねえのか?」
九十九は痛いところを突いてきた。
それを言われてしまうと大変弱い。
「……ば、バレなきゃおっけ~ってことで?」
「おい、こら、この不良娘!」
そんなこと言われたって、新作ゲームがわたしを呼ぶのだ。
親切な女性店員がわたしの好きそうなゲームをおすすめしてくれたりもするから、これは仕方のないことなのだ!!
「はあ……。見た目は本当に真面目そうなんだけどな、お前……」
「中身はどこに出しても恥ずかしいほどのオタクだね。それは認める。だが、漫画好き、ゲーム好きなこの気持ちを否定したくはないから」
今は開き直って、こんなことを言っているが、実は少し前まではその言葉を認めていなかったりする。
なんとなく「オタク」と呼ばれることにかなり抵抗があったのだ。
でも、一度、吹っ切ったら楽になった。
他人がなんと言っても好きなものは好きだからしょうがないのだ!
「別に否定しなくても良いよ。オレもその辺は気にしない。趣味は原動力だからな。それに、お前が漫画とかゲームが好きだからある程度の説明とか含めて助かったりしてるんだろうし」
九十九は一定の理解を示してくれた。
それは素直に嬉しいことだと思う。
世間では、漫画やゲームが大好きってだけで、危ない人間扱いをされることもあるらしいから。
思い込みによる決めつけって本当に怖いよね。
「それにしても……、若宮があそこまで毛嫌いしているのにお前はよく来島と会話できるな。若宮に来島と話している所を目撃されたら面倒なことにならねえか?」
「ん~? ああ、その辺は大丈夫だよ」
九十九が心配してくれたのが分かったから、わたしはそう答える。
「ワカの感情と、わたしの考えは別物だから。確かにワカの言い分も分からないわけじゃないけど、それほど嫌悪する理由にも繋がらないかな。ワカも別に『自分が嫌いだから高田も嫌いになれ』とまでは言わないし」
但し、「その名を口にしてくれるな」とは言われている。
名前を聞きたくもないらしい。
「へ~、その考え方は女子にしては珍しいな。『○○ちゃんのこと私が嫌いだから友達の貴女も一緒に無視してよ~』ってのが主流だと思っていたんだが……」
何故か遠い目をする九十九。
「妙に具体的な台詞をありがとう。そんな女子がいるのも否定はしないけどね。ワカは自分の意見を理解してくれれば賛同しなくて良いってタイプだから」
「難しいな、それ……」
「別個の人間だから完全一致な意見は無理だって解っているんだと思う。だから、否定はされても構わない。でも、説明しても理解できないほど考えがずれてしまっている人間と付き合いたくはないそうな」
「いや、言ってる意味は解るんだけど……、それってかなり友人を選ばないと無理そうだぞ?」
うん、わたしもそう思う。
だから、ワカの友人はあまり多くない。
でも、友人は、数が多ければ勝ちってわけでもないから、問題はないだろう。
100人の知人より、少人数の友人。
そんな関係の方が良いってわたしも思うし。
「つまり、わたしたちは選ばれたってことだね。光栄?」
「……いや、それはどうだろう?」
九十九は複雑な顔をして笑った。
わたしの友人、若宮恵奈はそれだけ大人でもあり、難解でもあるのだ。
小学校時代からの長い付き合いである自分でも時々難しいと思う。
彼女はぶっ飛んだことを言うし、しでかすこともあるけど、それも常識の範囲内でだ。
そこまで非常識なことはしないし、極端に道徳から外れることは好まない。
そ~ゆ~ところが、わたしも好きなのだ。
「あの言動についていくのは大変だと思うよ。それでも、ちゃんと見ていれば、彼女の言葉が冗談かどうかは解るしね」
気付けば、それだけ長い付き合いとなっている。
だから、それを見極めるぐらいはちゃんとできているはずだ。
「オレは胃をやられるんだが?」
「胃腸薬常備する?」
「……だから、お前たちは良いコンビやってるんだろうな。並の神経じゃ彼女の女王様気質には付いていけない気がする」
九十九がそう笑いながら息を吐く。
「彼女の気質が女王かどうかは分からないけれど……、わたしは付いていく気はないよ?」
「そうなのか?」
「歩く方向が一緒である限り前に進んでいくだけ。それが無理なら……、ちゃんとわたしの方から離れるから」
その言葉に、一瞬、九十九が暗い顔をする。
そんなつもりはなかったんだけど、わたしの言葉は彼に意識させてしまったようだ。
これから先のことを。
「お前……」
「いやいやいや! 大丈夫、大丈夫! 何も問題ない!」
何が大丈夫なのか分からないけれど、思わずそう口にしていた。
「そうだな。お前は何も問題ないよ」
九十九は優しくそう言ってくれる。
でも、それは彼に自分が甘えているだけのこと。
「……なんか、ごめん」
「? お前が謝ることなんて何もないだろ? 好きにしろ。オレはそれに従うから」
そんな風に彼は同級生としてではなく、わたしの従者のようなことを口にした。
彼がわたしの護衛という立場だからこんな風に言うのは仕方ないことだ。
でも、そのことが酷く寂しく感じる。
なんてわたしは我が儘なんだろうね。
これも、自分が選んだ道なのに。
「若宮も買い物が終わったみたいだぞ。……って、おいおい? あの女、お前より本、買ってねえか?」
わたしにそう笑いかける九十九は、いつもどおりだった。
「そうみたいだね。じゃあ、行こうか」
だから、わたしも同じように笑って口にした。
いつものように本心に硬い蓋をしっかりと締めれば、このどこかモヤッとした気持ちも自然と収まるだろう。
長い時間が経てばちゃんと落ち着く。
どんな気持ちもいつだってそうだから。
わたしは、出来る限りここにいたい。
そう願っている。
これまでの生活を簡単に捨てられるほどわたしは割り切れる人間じゃないから。
でも、その我が儘に限界があることも、そろそろなんとなく分かっていた。
いつかは諦めなければいけないのだ。
でも、後、少しだけ……。
そんな自分の勝手な思いと選択が、どれだけの無理を彼に強いることになるのか。
わたしは暫くして気付かされるのだった。
50話目!
それでもまだまだ序盤なのです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。