世界が変わる帰り道
「いや~、ほんと、3年ぶり?」
「小学校の卒業以来だから、もうそれぐらいになるか。早いもんだな」
つい先ほど再会したばかりの同級生と会話しながら歩く。
彼とわたしの家の位置関係上、小学校が一緒でも、中学校は別々になった。
余談だが、ワカも小学校から一緒で『腐れ縁』ならぬ『鎖縁』だ。
志望校も同じ公立高校なので、恐らく、この鎖はまだまだ切れることはないだろう。
「あ。九十九は志望校、どこ出した?」
受験生らしい話題を提供してみる。
「オレ? 部活の盛んな北高」
「げ」
その答えを聞いて、思わず変な声が漏れた。
「『げ。』とはなんだよ。確かにランクは高いところだが、オレだってこう見えても勉強はしてんだぞ」
「いや、そう意味じゃなくて。そうか、北かあ……」
「……まさか」
「そう、わたしも北高志望。ついでにワカ……じゃない若宮さんも。」
「マジ? うっわ~。お前だけならともかく、あいつもかよ~」
九十九は、露骨に嫌そうな顔をした。
あれ?
彼はワカと……、仲が悪かったっけ?
普通に会話していた覚えがあるのだけど……。
「この辺じゃ、一番人気だからね。大学進学率もそれなりに高く、部活動も体育系、文化系ともに充実しているから」
「そうか……、そうだよな。ほぼ男女比も1対1だし」
「因みに何科?」
「情報技術科も捨てがたかったが、一応、進学を頭に入れて普通科」
その言葉に少し、口元が緩んだ。
「そっか。じゃあ、受かったらまたよろしくね」
「……ってことは、お前も、普通科志望かよ」
「そう。このご時世、大学進学じゃないと、なかなかいい職にはつけないらしいのですよ。特に女だからね」
今まで会わなかったせいか、不思議と話題には事欠かなかった。
次から次へとどこからか湧いてくるみたいだ。
「ところで、お前、彼氏は……いるわけねえか。その身長じゃな」
「彼氏の有無に身長は関係ないでしょ? それに、九十九だって彼女はいないんじゃないの?」
そんな存在がいたら、こんな所でわたしと一緒にのんびり歩いているなんてできない気がした。
「ん? 彼女? いたよ」
「へ?」
しかし、九十九の方からは意外な言葉が返ってくる。
そりゃ、お互いもう中三なんだし、見た目も性格もそこそこ良い彼に、彼女がいたって不思議はないけど……。
問題は、それが「いる」ではなく、「いた」と過去形だったのが、引っかかった。
「三日くらい前までだけどな」
「三日前までって?」
この時点で嫌な予感しかしない。
「別れたんだよ」
「え……」
想像以上にあっさりと彼はそう口にした。
悪いこと……、聞いちゃった……かな?
さっきまでと違ってどことなく、九十九の顔も暗い気がするし。
わたしは掛ける言葉が見つからなくなってしまった。
世間一般の方はこんな時、なんて言葉を続けるの?
この辺り、経験がないからさっぱり分からない。
「お前のせいじゃねえんだから、そんな顔してんじゃねえよ。単にオレとアイツが合わなかっただけなんだから。ほら、止まってねえで歩くぞ。早く帰らないと母親が心配するんだろ?」
「うん」
そうだった。
結局、電話を入れてないから、早く家に帰らないと。
「ところで、なんで九十九もあんなとこにいたの? 九十九の家の方向とも違うのに……」
ふと、疑問が出てきた。
「へ? べ、別にいいじゃないか。そんな些細なこと」
何故か言葉に詰まる九十九。
「いや……、別にいいんだけど」
でも、なんかひっかかった。
彼にしては歯切れが悪いこの感じ。
九十九は何かを隠してるような気がした。
「何か、隠してない?」
思い切って、確認してみる。
「そっ、そんなことはねえって。何言ってんだよ、……おまぇ。」
語尾が小さくなっていく。
つまり、九十九は動揺しているってことだよね。
「知り合いに……、会おうとしてたんだよ」
尚も、追求しようとしたわたしから逃げるかのように、九十九はそう言った。
「会ってないの?」
九十九は『会おうとした』って言った。
つまりは、知り合いに『会ってない』ってことだよね?
「は?」
短く聞き返した後……。
「ああ、そうか」
九十九は小さく呟いた。
「それ以上は聞くな」
彼はそう言った。
あれ?
ひょっとして会おうとした知り合いって……さっき言っていた数日前に別れた「元彼女」だったりする?
九十九が言いにくそうにした辺り、その可能性が高そうだ。
実は、平気そうにしているけど、よりを戻したいとかそんな感じだったとか?
それなら、これ以上……、突っ込んで聞くのは何か違うよね?
第三者に言われたくないことってあるし、それに……、わたしと似たような心境かもしれない。
放課後のワカとの会話を思い出す。
あの時、わたしはワカからの問いかけを誤魔化した。
これ以上、その話題を続けたくなかったから、さりげなく話題を逸らしたんだ。
失恋というには大袈裟かもしれないけど、やっぱり少しでも気になっていた人に彼女ができたのに、心中、穏やかな人間もそう多くはない。
それに対して九十九は、付き合ってた子と別れたんだから、わたしよりもショックは大きいのかもしれない。
どちらから別れを切り出したのかは知らないし、そんなことを知る必要もないけど、一度はちゃんと好き合って付き合いだしたとは思う。
それなら確かに完全なる部外者のわたしが口出ししてはいけない。
そんなことをぼんやり考えていた時だった。
「おい」
「はい?」
九十九の声で思考が中断された。
見ると、九十九が少し、怒ったような険しい顔をしている。
先ほどまでの会話で、何かが気に障ったのかな? とも思ったが、違ったようだ。
「ここは、いつもこんな感じなのか?」
「え? こんな感じって……」
彼に言われて周りを見る。
しかし、ここは見たこともない場所だった。
「あれ? 道を間違えたかな?」
「ド阿呆。少し間違えたぐらいで、周りの建物や木、道を歩いている人間や車まで消えるかよ」
「確かに……」
そう言われてみて納得した。
周りを見回した時、わたしの視界に入ったのは、ずっと横で会話をしていた九十九と、どこまで続いているか検討もつかないほど広く、そして青く半透明の地面だけだったのだ。
「間違って、何かの建物の中に入っちゃったかな?」
「お前は~」
九十九がなんか頭を抱えている。
「何で、来た道までなくなってるか疑問の一つも持たないのか?」
言われてみれば、確かに前後左右を見ても、同じ景色しかない。
建物の中なら、出入り口があってもよさそうなのに、後ろを振り返ってみても入ってきたところは分からなかった。
「それに、上を見ろよ」
そう言われるままに上を見る。
「あれ?」
上も、地面と同じように青くどこまでも広がっていた。
それも相当な高さだと思う。
まるで、海のど真ん中で空を見ているような変な感じだ。
でも、空の色とぜんぜん違うから、やはり、外とも思えない。
「なんか遊園地のアトラクションに似ている気がしない? ほら、3D映像で仮想空間を作りあげているような」
360度どこを見ても同じ映像を作り出す、不思議な3D映像空間のような感じ。
それによく似ているが、作りかけなのか青以外の色がなかった。その点は残念だ。
「それにしては青ばっかで芸がねえし、オレたちがそんなところにくる理由もねえだろうが。大体、一度でも建物に入った覚えがあるのか?」
「ない……、ねぇ」
九十九の意見は正しい、と思う。
でも……。
「だとしたら、ここは何だと思う?」
「それを今、考えているところだ」
九十九にも答えが分からないようだ。
わたしも、少しずつ不安になってくる。
「早く帰らないと、母さん、心配するだろうな」
「しかし、帰る方法が分からないことにはどうしようもねえだろ? これじゃあ、どこから来たのかも分からないぞ」
「困ったねえ」
わたしは頬に手を当てる。
「ホントに困ってるのか?」
「ど~ゆ~意味?」
「いや、やけにのんきというか。普通、もっとパニくるだろ?」
「十分、パニック状態だよ」
突然、こんな所に放り込まれたのだ。混乱どころじゃない。
それが、一周回って落ち着いて見えているとしたら、それは一人じゃないってことぐらいだろうか。
横に九十九がいなければ、もっと取り乱していた可能性のほうが高いと思う。
もしくは、あの変な夢のおかげ?
「そうは見えないが……」
「それよりお腹すいたな~。最後に食べたのお昼なのに……」
こんなことになると分かっていたなら、帰宅した時にでも軽く何かおやつを食べてくれば良かった。
お腹が空いた感覚があるってことは夢じゃないと思うけど、感覚があるような気がする夢もあるから判断が難しい。
「……大物だよ、お前は……」
九十九は肩を落とし、溜息を吐いた。
何故だか、かなり呆れている様にも見える。
でも、そんなことを言っている九十九だって全然、慌てていないよね?
ああ、だからわたしも落ち着いているのかもしれない。
「ここに、いつ来たのかは分かるか?」
「いや、さっぱし。九十九にも分かんないんだね」
「分かれば、こんな顔はしてねえ」
「そんなに話に夢中になってたかな?」
「でも、それにしたってこんなのは変だろ? なんか異次元空間に迷い込んだ心境だぜ」
その時だ。
『あらあら~?』
そんなやり取りをしていたわたしたちの耳に、そんな別の誰かの声が響いたのだった。
ようやく、世界観が変わります。
が、それでも主人公の性格が変わるわけではないので、どこかペースがおかしなままです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。