余計なお節介
若宮に誘われてフラフラと、城下に出た。
彼女は、その髪色と瞳をそれぞれ茶色と黒に変えている。
人間界にいた頃と同じような色だった。
それは、ほんの数か月前の話なのに、酷く懐かしく思える。
まあ、することもないし、特に断る理由もなかったのがその理由だが……。
「高田は誘わないのか?」
いつもならオプションのように付いてくるアイツの姿がないのが気になった。
ついてくると思ったので声をかけなかったのだが……。
まあ、あいつの身に何かが起きたら、通信珠で呼んでくれる……はず……だよな?
「笹さんと二人っきりで話すことに意味があるのよ。つまり、高田は今回、邪魔なわけ」
「邪魔……?」
「そ。邪魔」
そう言って、若宮は噴水のある広場のベンチに腰掛けた。
なんとなく、オレもその横に腰を下ろす。
目の前にある噴水は吹き出す水が様々な形に変える。
時折、吹く風がさらにそのバリエーションを増やしていた。
「良い天気ね。あの日のことが嘘みたい」
若宮がポツリとそんなことを口にした。
「ホントだな……」
大神官に雷が落ちた日。
あれから、もう一週間経った。
何事もなかったかのように、堅苦しい街はその堅苦しさを取り戻している。
神官たちが取り乱し、我を失った者も大勢いたほどの大事件にも関わらず、そのことについては、口にしようとする者はほとんどいない。
あれは一夜の悪夢……として捉えられたのか、単に、アノ事件の全容を説明しきる人間がいないのか、神官たちにとってはそれ以上のことが起きたためなのか……そこまでは判断できない。
そんなわけで、この城下は、随分と落ち着きを取り戻している。
大聖堂の方は少し大変みたいだが。
「時に、笹さん」
ぼんやりとしていると、若宮が声をかける。
「ん?」
「前にも聞いたけど……、高田のことは恋愛対象としては見れない?」
「前にも言ったけど、見れないというより見る気はない」
「そうか……」
若宮は下を向いて大きく溜息を吐き、オレに向き直る。
「今さ~、ちょっと面倒なことになってるのは知ってる?」
「面倒なこと?」
「高田の聖女認定」
「ああ、それなら知ってる」
一週間ほど前、高田は大神官の力を借りて女神の意識を降臨させるというとんでもないことをかました。
その才に気付いている人間は何人もいたというのに、それでも、そこまでとは誰も思わなかった。
あの神に詳しい大神官ですら。
「それが?」
あれについては、高田は辞退すると言っていた。
あれは「自分の功績じゃないから」と。
「聖女認定されてもされなくても面倒なのよ」
「認定されない時はどう面倒なんだ?」
「大聖堂……、いや、大神官が意図的に取り逃がしたってことになる。女版笹さんと一緒に転移させたのは多くの神官たちに見られているからね」
いや、「女版」って、他に言い方はなかったのか?
「逃がした……、ねえ。もともと、巻き込んだのは大神官だろ。責任ぐらいとらせろよ」
こちらは巻き込まれた方だ。
あの人が言わなければ、高田だってそんなことをしでかしてはいなかっただろう。
それに……、あの時、オレは反対したのだ。
「簡単に言うけどね、笹さん。聖堂による『聖女認定』って、実はもう長いことされてないの。記憶が確かなら、最後は……、150年ほど前かな」
「そんなポンポン出てきたら、価値も落ちるだろう」
ありがたみもなくなる。
「因みに世界では、『盲いた占術師』と呼ばれる方」
「へえ。あの方は聖女認定されてたのか」
若宮が言う「盲いた占術師」というのは、オレでも知っているぐらい有名な占術師だ。
万物を見通し、知らないものはないと言われていたが、20年ほど前に表舞台からは姿を消したとされる。
ただ、それでも目撃情報は未だに絶えないので、生きてはいるらしい。
「……って150年!?」
聞き流しかけたが、その数字の大きさに驚いた。
「ストレリチアではなく、イースターカクタスの聖堂で認定されたから、それが正確かは分からないけれどね」
「情報国家か」
だが、それは逆に正確である可能性が高い。
情報国家は確かにド汚いイメージが強いが、公表する情報に間違いはないとあの兄貴が言っているぐらいだ。
「で、この大聖堂で聖女認定を最後に行ったのはもっと古いらしいのよ。神降ろし、神に意識を乗っ取られる人間はたまにいるけど、それぐらいでは聖人認定はしてない。でも、神自身の姿まではっきりと降臨させられるのは、かなり限られているのは理解できる?」
「まあ、普通じゃねえよな」
あの日のことを思い出すと……、今でも不思議な気持ちになる。
懐かしいような、泣きたくなるような……、そんな感情に心が揺り動かされるのだ。
「その普通じゃない『聖人』を囲いたくなるのは、法力国家としては当然なの。『盲いた占術師』は先を越された結果らしいし、まさか、その方が受け入れるとも思っていなかったみたいだからね」
「聖女認定をしたぐらいじゃ囲えないだろ? あいつは別の国の人間だぞ」
「そのためなら、王子や大神官を使う。我が国ってそれぐらいは平気でする国だから」
なるほど……「聖女」を逃がさないために、王子や大神官を餌に繋ぎ止める……この場合は婚姻政策みたいなやつか。
いろいろ面倒なのは間違いない。
「聖女認定されたら、そう言うデメリットがあるってことか」
「デメリットって、普通に考えたら従者は喜ぶでしょう? 一国の王子や、最高位の神官よ?」
「若宮にとって大神官を使われるのは十分、デメリットだろ?」
「うぐっ」
大神官とこの国の王女は婚約もしていないのだ。
今、王命が出たならば大神官は従わざるを得ないだろう。
いや、素直に従いそうにねえな、あの人。
あっさり「髪の毛を切れる」人だもんな。
「前にも言ったはずだ。オレとしてはどちらでも良いんだよ。大神官猊下でも王子殿下でも、高田を守ってくれることには変わりない」
大神官は間違いなく高田を守ってくれる人だ。
そして、あの王子も割と高田に好意的だったりする。
「おいこら!」
「なんだよ」
「なんで、そこであっさり退けちゃうの!?」
「なんでって……、その場合、オレが困るのは今後の職ぐらいだ」
まあ、この国の城下でのんびりと飲食店やるのも良いかもしれん。
この前、居住区の店に調理法を教えたものは密かに売れているらしいから。
「呆れた。それじゃあ、笹さんは、高田の気持ちなんてどうでも良いってこと? 高田は兄さまのことも、ベオグラのことも伴侶にするほど好きってわけではないのに」
「…………」
それでも……、あのセントポーリアの王子の手に墜ちるよりは、ずっとマシだろうなとも思う。
少なくとも、高田は笑っていられるだろう。
傷つけられるよりはずっと良い。
「どうなの? その辺」
「オレは選ぶ立場にねえ」
「そこは、『オレが栞を護る! 』ぐらい言ってよ!」
「阿呆か」
若宮はかなり残酷なことを言う。
オレはシオリを護れなかったんだぞ。
国とか王族とかそんな大きな存在からいつまでもオレたち兄弟だけで、護り切れるはずがないじゃないか。
「高田が、『聖女』の認定を受ける資格があって、この国はそれを望んでいるなら、オレが介入する場所なんてどこにもないだろ?」
「諦めるな!」
「諦めじゃねえよ、事実だ。大体、若宮の立場でも、高田が聖女認定された方が良いだろ? 相手が大神官じゃなくて、それ以外のヤツが高田を繋ぎ止めれば、アイツはここにずっといられるぞ」
それこそ若宮が始めに望んだことだったはずだ。
手段を選ばず、城に呼び寄せる、と。
「この私、『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』をなめるな、笹さん」
「お?」
若宮が鋭い目線でオレを射抜く。
「高田がいるのは嬉しいけれど、高田の気持ちを無視してまでいて欲しくはない」
「よく言うよ。見習神官を使ってまで、城に連れてこようとした王女殿下が」
「あれは意思確認したかっただけだもの。でも、今回は違う。高田の意思と無関係に話が進んでいる。それが嫌なの」
「打算的だけど、高田のこと好きだよな、若宮って」
オレは少し感心する。
「そう! 大好き! 見て、この新たなコレクション」
そう言いながら、若宮が取り出したのは……。
「今回の写真……、いつの間に……」
そこには、メイクをした高田と……横の女? はオレだよな。
なかなか写真写りは良かったみたいだが、少し不満もある。
「いや~、笹さんが治癒してくれた後に。美人姉妹っぽくて良くない?」
「オレの部分だけ破り捨てる」
「全体じゃなくて、自分の所だけってのが笹さんらしいわね。でも、写真って焼き増しできるのは知ってる?」
「……うぐぐ」
魔界の技術がそこまで進んでいるとは……。
「このメイク、笹さんだって聞いたけど本当? すっごい可愛い。ナチュラル風だけど、この辺とかすっごく気合が入っていて……。いや~、参考になるわ」
「おう、理想だろ?」
「メイクが? 高田が?」
「高田が。オレの理想に仕立て上げたからな。できれば、もうちょっと時間をかけたかったが……」
状況的にあまり時間はかけられなかった。
高田も集中してなかったし。
次の機会があれば、もう少し気合を入れよう。
女装はもうしないけどな。
流石に……、この写真を見ても、少し無理が見られる。
「ああ……、いや……、うん」
若宮の様子がおかしい気がした。
「どうした?」
「うん……。まあ、ね。あ……それとこれ! これは素だけど可愛くない?」
そう言って差し出された写真には……。
「若宮……。これはいつだ?」
「えっと確か……。あの日の午前中。すっごい、照れ照れで、でろでろな高田。初めて見たわ~」
「そうか……」
その顔は見たことがあった。
オレがさせたこともない表情。
この顔をさせたのは……、多分……。
「どうしたの? 笹さん」
「大丈夫だ。いろいろありがとな。少し、考えてみる」
心配そうにオレの顔を覗き込む若宮に、オレはそんな言葉しか返せなかった。
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