裁きの雷再び?
「この特殊な古代魔法を私が、契約できるかどうかは微妙だった。まずはこの国の人間じゃないから、認められるかどうか……。だけど、高田はこの国の人間じゃない上、魔法がまだ自由に使えない」
水尾先輩はそう言いながら、わたしを見る。
その視線は、言外に「早く使えるようになれ」と言われた気がするのは気のせいでしょうか?
しかし……古代魔法……か。
その響きにロマンを感じてしまうのはわたしだけかな?
「全てを騙すほど精巧なモンを作るのにそんな不安定な状態では任せられない。だけど、若宮には伝えるわけにはいかない。大神官の命が危ないなんて言えるはずがなかった。だから、仕方なく契約に挑戦した」
「加えて、いろいろと必要な物を揃える必要もあった。俺も様々な物を探し、そのたびに王子殿下にお伝えしているが、王子殿下にお話しするまではこれが身代わり魔法について書かれたものだと理解できなかったぐらいだ」
雄也先輩が言うなら相当のものなのだろう。
「これは魔法だけの理解では駄目なのだ。かなりの魔法具や魔法薬、そういった知識も必要となる。俺も……、ユーヤに読んでもらうことで、この魔法の存在を知ったが、内容については、半分しか理解できなかった。俺は魔法を本格的には学んでいないからな」
魔法を本格的に学んでいないことは勿論、意外だったけれど……、それ以上に、雄也先輩に親しさを見せるグラナディーン王子殿下に驚いてしまう。
「だから水尾さんが一番、適任者だったわけだ。まさか二ケ月前に伝えた書物が、こんな形ですぐに使われるとも思っていなかったけどな」
「先輩は、私が契約する時に書いていた魔法陣を見ても気付かなかったぐらいだからな」
「流石に、書物の魔法陣を全て覚えてはいないよ」
この国の王子のグラナディーン王子殿下も、魔法とか雑学にやたら詳しい雄也先輩もダメだったわけか……。
それで気付いた。
「じゃあ……、もしかして、あの等身大の木材って……」
「ああ、それはこの身体になったヤツだな」
水尾先輩が笑って、身代わり魔法で作られた恭哉兄ちゃんの頭を撫でた。
「これが……、あの木かよ。あのやたら重かった……」
九十九も思い出したようだ。
あの日……、水尾先輩の買い物に付き合ったことを……。
「……弾力のある木ってなんかイヤなんだけど」
ワカがツンツンと複製された大神官を触りながら言った。
本物の恭哉兄ちゃんが困ったような視線を彼女に送っているが、無視するようだ。
でも、あの時、買った時点では普通に硬い樹だったので、これは魔法の効果なのかもしれない。
「あの日の買い物は全部、コイツのためだったんだ。いや~、集めるのは大変だった……」
「大変だったのは荷物持ちのオレですが?」
うん、台車に載せるもの大変だったよね。
「だけど、待ってください! ミオルカさん!」
ワカがツンツンしながらも顔を上げた。
「それでもこの法力の気配はベオグラそのものです! それは魔法で簡単に複製できる代物じゃないと思います!」
何気に敬語。
アリッサムの王女ということは、ワカには伝えていないのに。
「その理由は……、これですよ」
そう言って、恭哉兄ちゃんは影武者の髪を引っ張った。
「うわっ!?」
ずるりとその髪が落ち……。
「ベオグラが……、禿げた……」
ワカが呆然と呟いた。
「若宮……、その発言、結構、男には痛い……」
九十九は、何故か自分の額を押さえながら言った。
「髪の毛が……秘密……?」
恭哉兄ちゃんから、その髪の毛を受け取る。
「うわ……。まさか……これって人毛!?」
思わず投げるところだった。
この妙な、なんとも表現しがたいツルツルスベスベ感は……、切った後の髪の毛の感触によく似ている。
わたしも、以前に長かった髪を切ったからこの感触には覚えがあった。
あの時のわたしの髪よりずっとツヤツヤで綺麗だけど……。
「あの伸び放題の髪だ。それを厳重に封印した上で保管していた」
なんと!?
グラナディーン王子殿下の言葉に驚く。
以前、大聖堂で髪をざっくりと切ってしまった恭哉兄ちゃん。
そのためにカルセオラリア製の超強力育毛剤を使用して……、禊の期間でもないのに、丸一日神務をお休みすることになった事件か。
わたしの定期検診はその間もしっかりしてくれたけど、その最中でも、髪が生き物のようにうねうねとしていて、かなり落ち着かなかったことを思い出す。
動く髪の毛って結構、ホラーだよね?
「髪の毛は法力を多く含んでいるという。それに加えてジギタリスのクレスノダール王子が作った装飾具に、ベオグラーズが法力を込めて身に着けさせた」
そして、今は遠く離れた楓夜兄ちゃんも関わっていた!?
「アイツの作った薬の副作用がこんな形で役に立つことがあるとはな~」
水尾先輩が、わたしが握っている髪を見つめながら言った。
「そして、万一を考え、お前たち三人を城門から離すことにした」
雄也先輩がとんでもないことを口にした。
「「「は? 」」」
「若宮は大神官に近しい。高田も大神官をよく知っている。少年は妙なところで勘が良い。だから、影武者が偽物だと看破する可能性があった。見破られたら、計画は失敗してしまう」
それで……雄也先輩はワカを連れて遊びに行けと言ったのか。
確かにあの時、「夢視」の話もあった。
だから……、わたしはてっきりワカが危険な目にあうと思っていたのだ。
いや、確かに危険で痛々しい目には遭ってるけど。
「兄貴や水尾さんが出てこなかったのは?」
九十九が当然の確認をする。
「私は、身代わりの維持をしていた。落雷後にも樹に戻らないようにずっと魔法を使い続けていたんだ。髪は本物だったけれど、それ以外は造り物だからな」
水尾先輩は影武者とした樹が、落雷に打たれた後、あの黒焦げた状態すら、維持していたらしい。
「俺は城内の連絡役。王子殿下は国王陛下の護りと、それ以外の指示をされていたからな」
雄也先輩も慌ただしかったようだ。
それでも、こちらに出てこなかったということは、わたしたちを信用してくれたということで良いのかな?
「私も神官たちへ指示をしていました。万一のことを考え、高神官は大聖堂で待機させ、彼の結界を破りに向かったのは、高神官より衣装を貸与された上神官たちでした」
あの状況では国の宝である七人の高神官は守らなければいけない。
本来は、大神官の恭哉兄ちゃんも出てきてはいけないはずだけど、迅速な解決のために周囲の反対を押し切って、出てきたそうだ。
「それで……、あの人たちに見覚えがなかったのか」
あの場に倒れていた人たちは皆知らない顔だった。
特にお世話になった「赤羽の神官」さまと、替わったばかりの「青羽の神官」さまにはご挨拶をしているので見間違えるはずはないと思ったのだ。
「あらゆる方向で準備万端だったのか」
九十九がいろいろと考え込む。
「朝から暗雲があったからな。私の視た夢と重なった。後は、お前たちが出かけた後、時間をおいて、人形を操ったら……、割とすぐにズドンと来たぞ。もう少し、場所がずれていたら、私の『魔気の護り』が出てしまう可能性があった距離で、焦った」
確かに様々な準備はしていたが……、それでも、綱渡りの状態ではあったようだ。
「あの少年の正体は……、分かっていましたか?」
わたしは恭哉兄ちゃんに髪の毛を渡しながらそう尋ねた。
「いいえ。彼の言葉を聞いて知りました。そして……、それは恐らく、真実でしょう。心当たりもありますから」
恭哉兄ちゃんは少し目を伏せる。
「聞こえる距離にいたってことですか?」
「そうだな。ベオグラーズはすぐに出られるように神官たちに指示しつつ待機していた」
わたしの質問には、グラナディーン王子殿下が答えてくれた。
「……私が吹っ飛ばされた時も?」
ワカが確認する。
「そうですね。あれについては、本当に申し訳なく思っています。ただ……、それでも、少しでも状況を知らねば何も分からないままでした。私は大神官。感情よりも優先させなければいけないことも多いのです」
「それは当然。あの場でいきなり空気も読まずに飛び出してきてたら、後で王女としては張り倒さなければいけない」
恭哉兄ちゃんの言葉に、ワカは俯きながらもそう答えた。
「姫……」
「でもさ、女としての私はどうしても許せないわけよ。こっちがどれほどの思いをしたと考えてるの? とか。始めから全てお芝居でした! とか。私たちは丸ごとそっくり嵌められたってわけですか? とか!」
あ、ワカがキレた。
彼女は全てを知って、そこで「あ~、皆、無事で良かったね」と片付けられるほどお人好しではなかったのだ。
確かに、結果としては良かった。
多くの人たちが陰や日向で頑張った結果、悲劇は回避されたのだ。
だが、騙された事実は変わらない。
その場にいた策士たちが、なんかいろいろと弁明しているが……、それを聞くような耳は彼女にはなかった。
「大神官が生きてたなら素直に喜べば良いんじゃねえか?」
「女心は複雑なんだよ」
九十九はそう言うが、彼は雄也先輩から、よくこんな目に遭わされているから感覚が麻痺しているのだと思う。
もしくは男女の違いか?
わたしはどちらかというとワカの気持ちも分かるのだ。
無事でよかった。
それは本当に嬉しくて。
でも、その無事を確認するまでどれだけの絶望を抱え込んでいたことか。
「そんな気持ちを……、全て終わったから忘れてくれなんて、簡単に納得できるはずもないでしょうが!!」
ワカが叫んだ。
「「あ……」」
わたしと九十九の声が重なる。
眩しい光の槍がワカの手から放たれて……。
それから、一週間。
城下では「裁きの雷」が城にも落ちたと噂されることになったのだった。
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