騒動の顛末
「つまり……、今回の騒動はなんだったの?」
ワカがぶつくさ言っている。
「あ~、心配して損した! しかも結構な怪我までしたのに!!」
まあ、そう言いたくなる気持ちも分からないでもない。
わたしだって、いろいろと言いたいのだ。
一番、被害があったワカはもっと言いたいことはあるだろう。
ここは大聖堂の一室。
恭哉兄ちゃんの私室の一つである。
そこで、大神官とワカ、わたしと九十九は、いつものようにテーブルを囲んでいた。
「大神官さまは……、あの少年の雷に打たれたのに、なんで無事だったのですか?」
わたしが、そう恭哉兄ちゃんに尋ねた時だった。
「つまりは、こういうことだ!!」
突然、部屋に水尾先輩が飛び込んできた。
そして、一緒にいるのは……って……。
「「「なんだ!? 」」」
九十九、ワカ、わたしの声が被さった。
水尾先輩の手に引かれてきたのは、恭哉兄ちゃんそのものだった。
姿形だけでなく、雰囲気とかもそっくりで驚いてしまう。
その後に続いて、雄也先輩、そしてグラナディーン王子殿下が姿を見せた。
「触ってみるか?」
水尾先輩が手招く。
「うわ、何コレ……。気持ち悪い……」
ワカが、真っ先にもう一人の恭哉兄ちゃんに触れながらそんなことを言った。
「ワカ……、それ、ひどいよ。」
仮にも、好きな人の姿をしているのに。
「だって、これなんか生温いのよ。高田も触ってみ? 私の言いたいことがよく分かるから」
そう促されて……、わたしも恐る恐るもう一人の恭哉兄ちゃんの手に触れる。
―――― ふに……。
「うわ!? やわらか!?」
「生温いって言うより、生温かいって感じだな」
同じように興味が出てきたのか、九十九も触り始めた。
「そりゃ、そうだ。人肌だからな」
水尾先輩がニヤニヤ笑いながら言った。
「その辺にしといた方が良いんじゃないか? 流石の大神官でも困るぞ」
「「「へ? 」」」
三人が同時に、その顔を見た。
目の前にいる恭哉兄ちゃんは照れくさいような気まずいような、対応に困っているようなそんな顔をしている。
「最初から座っていた方が人形。後から来た方が本物だよ」
雄也先輩も笑いを堪えながら言った。
「ケーナの眼すら欺くか。これはもう複製ではなく投影の域だな。間違えるのも無理はない。俺も間違える可能性は高いな」
グラナディーン王子殿下も感心しながらそう言った。
「申し訳ありませんが、そろそろ離れて頂けませんか?」
その言葉で、私たち3人はようやく事態を理解した。
本物だと思っていた恭哉兄ちゃんが実は、よく似た複製品で……、後から来た方が影武者だと思っていたのに、実はそっちこそ本物で……。
しかも三人してぺたくらぺたくら触りまくってしまった。
「ご、ごめんなさい!!」
「騙したのね! ベオグラ!!」
「失礼しました。でも、本当に全然分からなかったです」
三人三様の反応をして、離れた。
「タネを明かせば単純な話だ。予め、大神官の影武者……、つまりこれを用意しておいたわけだ。あのガキは、それを本物と勘違いして雷撃魔法をかましたんだよ」
「予め……、用意……?」
でも、それっておかしい。
それは、ああいう事態になることを想定していなければ出来ないことだ。
「大神官ってヤツは、常に、こんなそっくりな影武者を用意していなければいけないほど危険な職位なのか?」
九十九が素直に疑問を口にした。
「いいえ。大神官になって命を狙われたのは今回が初めてですよ」
恭哉兄ちゃんが答える。
……大神官になって……?
それ以前もあった?
「じゃあ、なんでこんなものを?」
「夢を視たんだよ……、私が」
水尾先輩が言った。
ああ、例の「夢視」ってやつか。
「視たのは今回の事件の発端となる部分だった。大神官を何度も貫く閃光。そして、それを見て笑うあのクソガキの姿」
「それ……、私も……………」
ワカが、口に手を当てながら言った。
「ああ、若宮が視てたのか。悪いな、勝手に覗いちゃって」
水尾先輩はワカに頭を下げた。
「どういう事……、なんですか?」
わたしは事情が分からない。
「つまりは、こういうことだ。まずケーナが夢で今回のことを『未来視』した。それにミオルカが『同調』したのだ」
???
ますます、分からない。
未来視……、それが予知夢ってのは知っているけど……、それに同調って何?
「ごく稀な能力だよ。『現在視』。俺も実際に視ることができる人間がいるとは思っていなかった。他人と全く同じ夢を視てしまう特殊能力のことだね」
雄也先輩が説明してくれる。
「プライバシーの侵害も甚だしい、嫌な能力だと思っていたけどな。『未来視』、『過去視』に同調するだけでなく、『普通の夢』とも同調してしまうこともある。特に……、昨日の誰かさんの夢なんて……、本当に酷いもんだった」
そう言うと、水尾先輩は雄也先輩を見る。
それでは言葉を濁した意味はない気がする。
でも、その酷い夢を見たと思われる当事者の雄也先輩は、笑顔のまま落ち着いていた。
「私も、『現在視』の方とお会いするのは初めてですよ」
大神官である恭哉兄ちゃんがそう言うなら、本当にかなり少ないのだろう。
「私の場合、比較的、発生しやすいからすぐに分かった。だけど、大半の『現在視』の人間は、自分を『過去視』、『未来視』と勘違いしたままらしいけどな」
「それで……、私と同じ夢を……?」
「そ。だから悪いなと言った。私は先輩と違って、覗き趣味はないからあまり公言したくはなかったんだが……」
「俺にもない」
水尾先輩の言葉に対して、流石に雄也先輩が即座に否定する。
「視たモンが視たモンだったから、まず、グラナに相談したんだ。若宮が夢を視た当人だとは知らなかったし、そんな話をいきなりするとショックでかそうだったし」
「俺も未来視だが、そんな夢は視なかった。ただ、もしその夢が現実になったら、我が国にとっては大きな損害だと思った」
「王子殿下……」
「か、勘違いするなよ、ラーズ! お前がいなくなることより『大神官』という存在が一時的にでも欠けることはだな……。別にオレは、本当にラーズの身なんて心配してないからな!!」
その姿を見て、ワカはお兄さんに似てると思った。
こう言って自分の本音を素直に認めない辺り……。
普段は冷静でかっこいい人なのにね。
「それを『未来視』と断言はできなかったが、その現実感溢れる光景が現実になる確率がないとは言えなかった。だから、こういう身代わりを思いついたんだよ。下手に回避の努力をするより、光景は重ねた方が良い」
「だ……、だけど……」
ワカが何か言いたそうにしていた。
「半端な複製品だと、若宮だけじゃなく、周りの目も欺けない。この国は神官が多すぎる。それに何者かは知らなかったが、あのガキだって気付いてしまう可能性もあった。だから、精巧なヤツを用意した。そして……、その結果はソレだ」
「ここまで、ベオグラに似てたら……、間違えちゃっても仕方ないわ」
「法力もよく似ているだろう? これは、我が国に伝わる身代わり魔法の一種だ」
グラナディーン王子殿下が、そう言った。
「身代わり……魔法?」
「じゃあ、お兄様がこれを?」
「いや、この国独自の魔法は何故か、女性専用が多い。だから、俺には契約できなかった」
「加えて、この書物を読んだところ、その魔法は法力を持った神女ではその資格がないらしい。だから……、この国内で使用できる人間は少ないようで、埋もれていた」
雄也先輩が、そう言いながら少し汚れた本を取り出した。
もしかして、その魔法を見つけたのは雄也先輩なのかもしれない。
彼は、この国へ来たばかりの頃、書物庫によく籠っていたから。
「この書物については、読んではみたけど、俺には理解できないようなこの国独自の理論が多すぎた。だから、グラナディーン王子殿下にお渡しして、さらに……、水尾さんが読んで契約することができたという流れだな」
雄也先輩が見つけて、この国独自の理論をグラナディーン王子殿下が理解して、さらに魔法国家の王女である水尾先輩が完成させたというわけか。
だが、その雄也先輩がどこか疲れたような顔をして書物のページをめくる。
「まさか『天才魔法使いが教える究極魔法』というタイトルの書物に、こんな魔法があるとは思わなかった」
「うわあ……」
それでも、そんな怪しい書物を読んでみようと思った雄也先輩に心からの拍手を!
ここまでお読みいただきありがとうございました。




