表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

493/2793

この魂に導きを

「私一人では、彼を導くことはできません。巻き込んでしまうことは心苦しいのですが、貴女の力が必要なのです」

「は、はえ!?」


 突然のご指名に、高田はかなり変妙な返答をする。


「それは『はい』なの? 『いいえ』なの?」


 若宮が難しい顔で高田に言った。


「大神官様……、何故、高田……なのですか?」

 

 オレもその辺り、ちょっと納得できない。


「私、一人では力技となってしまいます。ですが、栞さんなら彼自身が納得できる形に収められるのではないかと」

「私じゃダメなの?」

「はい」


 若宮の申し出を即、拒否する大神官。


 そのことが不満だったのか、若宮は大神官の足を踏むが、ビクともしない。


 高田を見ると、眉を思いっきり下げていた。

 嫌というよりも……、不安な顔つきになっている。


「高田を……、あまり、表に出したくはないのですが……」


 そのために変装に加え、化粧までしてやったのだ。


「あ~、笹さん。今のキミたち、見ても分からないわ。二人をよく知っている私でも二度見するレベルの変装。それに……、これだけ雨が降ってるから、多少の誤魔化しはできると思うのよ。あの手配書とも違いすぎるしね」


 そこじゃねえ。

 単純に目立たせたくないだけ。


 オレはこれ以上、余計な敵を増やしたくないのだ。


 周りを見た。

 周囲の神官たちは祈りを捧げ、あれだけの騒ぎが嘘のように沈黙し、この場を見護っている。


 これだけの人間の前で……、変装しているからと言っても、余計なことを考えるやつがいないとは限らないのだ。


「九十九……。わたしは、大丈夫だよ」


 高田が、オレのガウンを軽く引っ張ってそう言った。


 嘘つけ。

 すっげ~不安な顔をしているのに。


「わたしは、何をすれば良いですか?」


 それでも、彼女は大神官に尋ねる。


 この女は本当に、オレの気持ちを考えない。


「笹さん、諦めて」

「分かってるよ。こいつが一度決めたら……、絶対に退()かない」


 それが分かっているから、嫌なのだ。


「九十九さん、すみません。栞さんをお借りします」

「私の許可は?」

「いらないでしょう?」

「要るわよ! 超! 重要!!」

「大神官さま、王女殿下は無視してくださって結構ですので」


 高田は、叫ぶ若宮に対して、さらりと酷いことを言う。


「おいこら! 親友!」

「邪魔しないで、親友」


 にこやかに……、高田は若宮に言う。

 それを見て、若宮も流石に押し黙った。


 覚悟を決めた笑顔。

 そんな言葉が頭を通り過ぎる。


「栞さんは、聖歌時の聖歌を覚えていますか?」

「聖歌時の……? どれのことでしょうか?」


 聖歌時……、お昼を告げる歌声は三種類ある。


「『この魂に導きを』です」

「ああ、はい。大丈夫です」

「では、それを歌っていただけますか?」

「ま、まさかの一人アカペラ!?」


 若宮がそう叫ぶ。


 そう聞くと、一気に疲れが出るのは何故だろうか?


「……わたし、歌はうまくないですよ?」

「大丈夫です。大事なのは気持ちなのですから」

「気持ち……?」


 そうして……高田は、組紐で拘束された少年の前に立つ。


「まさか……、魔法も碌に使えない娘を引き出してくるとは……。ああ、大神官は馬鹿なんだね。そうは思わないかい?」

「えっと……最初の音は……」

「……って聞けよ!」

「ごめんなさい。ちょっと黙っていてくれると助かります」


 高田は節をとって、間違えないように何度も繰り返している。

 確かにそんな確認の時に邪魔をされたくはないだろう。


 だが、扱いとしては酷い。 

 同情はしないけど。


「いきます!」


 高田は、いつものように気合を入れて、最初の一音を紡ぐ。


『我らが神よ』


 彼女は顔を上げて、ゆっくりと聞き覚えがある歌を歌いだした。


 それは、雨の中だと言うのに、はっきりと聞こえる声だった。


『我が祈りを お聞き届けください』


 そして、それに合わせるように大神官も歌いだす。


 耳慣れた聖歌の女声(ソプラノ)男声(バス)の二重唱が、法力国家の王城前で響き始める。


 すると、弾かれたように……、周囲の神官たちも、声を上げだした。



人は誰もが何かを捜し 誰もが行き場を見失う


だが どんな時も決して忘れてはいけない


どんなに迷い悩んでも 自分だけは見失わないように


自分を知る者こそ 神はその尊き御手(みて)を差し伸べる


確たる自分を持つ者こそ その魂は導かれる


ああ 我らが神よ 


我が祈りを 我が心を 我が声を お聞き届け下さい


我らが願うのは ただ一つ


『この魂に導きを!』


 多くの人間たちの声が重なり、ピタリと止まる。


 指揮者がいないと言うのに、その声たちは綺麗に切れた。

 この場にいたのは聖歌隊ばかりではないだろうに。


 その聖歌が終わったと同時に……、雨雲が裂け、天から彗星のように、()()()()()()()()()()()()


 そして……、光を纏ったまま、彼女の身体がそのまま倒れた。


「あ……」


 そんな光景は、本来なら、慌てるべきところだろう。


 だが、オレの心は何故だか、妙に落ち着いていた。

 少しの間をおいて、ゆっくりと、光に包まれた高田が起き上がる。


 オレはその神々しくも眩しい光の中に、高田以外の誰かの姿が視える気がした。


「じゅ……、受肉か? そんな……、神女(みこ)の素養もない、ただの人間の女に?」


 少年は呆然と呟いた。


 そこには先ほどまでの荒々しさは全く感じられない。


「いいえ」


 大神官は静かに否定する。


「栞さんにそんな無茶はさせられません。これは受肉ではなく、意識だけの降臨です」

「意識だけの……? まさか、そんなことが……?」

「勿論、誰でもできるわけではありません。ですが……、栞さんは、()()()()()()()()()()()()()


 光に包まれた濃藍の髪の少女の背後には、黒い翼を持ち、金色の長く美しい髪と橙色に光り輝く瞳を持つ女性の姿があった。


 その左手には叡智の書「マドズィーウ」を持ち、右手は全ての人間たちを導くために何も持たないとされる女神。


「導きの女神……ディアグツォープ……?」


 少年は信じられないものを見るような瞳で、その女神を見つめる。


 女神は何も言わず、その口元に柔らかな微笑みを浮かべて、少年に右手を差し出した。


 何かに操られるように……、少年は、迷うことなく自由になっている自身の右手を差し伸べる。


 そして……。


 周囲の神官たちから歓声が上がった。


 女神はその右手だけで、迷える魂を見つけ出し、引き寄せていく。


 そのたびに、少しずつ、その造り物の身体から、何かを失うかのように崩れていった。


 やがて……、その身体から、魂が全て引き出された時、その場には組紐だけが不自然に残される。


 その傍には光り輝く女神と……、大神官と少しだけ似た雰囲気を持つ半透明の青年の姿が視えた。


 彼は、大神官を見、王女を見、さらに……、ぼんやりとした表情の高田を見た後で、女神に向かって、軽く頷いた。


 オレンジ色の瞳を持つ女神は満足そうにその目を細め、青年の手を引き、天に向かっていく。


 その光景を……、オレはどこか、現実味が湧かないまま見つめるしかなかった。


 それはほんの一瞬の出来事だったのかもしれない。

 だけど……、オレにはとても長く感じられた。


「あ……?」


 なんだろう……。

 先ほど雨は止んだというのに……、雫が手の上に落ちた。


 だが、仰ぎ見ても、空はいつの間にか光が満ちている。


 雫は……、オレの瞳から落ちていたのだ。

 何故か、この涙はとめどなく溢れている。


「なんだ……? これ……」


 気が付くと、周囲にも同じ現象が起こっていた。

 見守っていた他の神官たちや、若宮にも。


 ただ……、大神官と高田だけは特に変化が見当たらなかった。

 いや、高田はまだぼんやりしていて、心がここにないようにも見える。


「導きの女神……。やはり、貴女、自らがお見えになりましたか……」


 大神官は、天を見たまま、そう呟いた。


「彼の魂は……、導かれた……。一度、拒否した聖霊界の扉を開くことを許されたのですね」

「べ、ベオグラ……」


 若宮が涙をこぼしたまま、大神官に近づく。


「ああ、申し訳ありません。降臨は落ち着いたので、姫のお顔についてはすぐに戻りますよ。ただ……、栞さんの方は……」


 そこで、大神官は考え込む。


「どうやって戻しましょうか?」


「「は? 」」


 涙を零したままのオレと若宮の声が重なる。


「いえいえ、戻す方法は勿論、分かっています。ただこの状況では……」


 大神官が珍しく言い淀む。


 そして、その直後。


「だ、大神官様! その麗しき『聖女』を戻す役目は是非、私めに!」

「いやいや、その愛らしき『聖女』は私の手で戻して差し上げましょう」

「大神官様! 穢れなき『聖女』に触れるチャンスを!」

「あの素晴らしき聖歌をもう一度!」

「大神官様! その神々しき『聖女』は何者なのですか!?」


 怒涛のように、それまで黙っていた神官たちが押し寄せてきたのだった。

珍しく主人公が主人公らしい話。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ