消失双子
これまで、自慢じゃないけれどいろいろな目に遭ってきたと思う。
でも、これほどの屈辱は味わったことがない。
死なんて生温い。
死よりもどぎつい目に遭わせなきゃ……、腹の虫が収まらない!
私はそう思いながら、クソガキを見た。
水浸しで右腕以外張り付けられている無様な恰好。
それを見ても……、まあ、少しも溜飲が下がる様子はなかった。
当然だ。
自分の命よりも大事なものを無残に奪われて踏みにじられた。
……それでも許せるほど私は慈悲深い女神ではない。
だけど……、そんな私の決意は……、あっさりと雲散霧消してしまうこととなる。
―――― カッ!!
周囲がまばゆく光った。
「な、何!?」
その閃光は一瞬だったと思う。
だけど、そのあまりの眩しさに……、目も開けられなくなってしまう。
「え……?」
そんな……、はずがない。
眩んだままの目では、それを確かめることができなかった。
だけど、この気配を、この私が間違えるはずがない。
「ば、馬鹿な!!」
クソガキが叫ぶ。
「そんなに怒ってはいけませんよ、姫。聖霊界には、私はまだいませんから」
耳に馴染んだ声。
誰よりも清く穏やかで、凛とした強さを秘めた声。
「ベオグラーズ!!」
「お待たせして、大変、申し訳ありません、ケルナスミーヤ王女殿下」
目はまだ回復しない。
だけど、どこにいるかは分かる。
「ケーナ、行っちゃ駄目だ!」
そんな声が聞こえるが、もともとクソガキの言うことを聞く気なんかない。
それに、今の私を神にだって止められるものか!
雨の音も、何も今は聞こえない。
「な、なんで……? ボクは……、確かに……?」
眼を閉じたまま、その方向に向かって飛び込んだ。
それをがっしりと受け止めてくれる力強い何か。
温かく、安心できるこの存在。
「ベオグラーズ……」
私はその名を呼ぶ。
「はい」
私の呼びかけに答えてくれる声。
「本物よね? 生きているのよね?」
「ええ、勿論」
すぐ傍で感じられる確かな鼓動。
規則正しい呼吸。
ああ、生きてる。
間違いなくこの男は生きていた!
それがこんなにも嬉しい!
「はっ! 大神官さまだ!!」
「お、おお! 神よ!!」
「か、感謝致します!!」
「き、奇跡だ!!」
そんな声が聞こえてきた。
その中で……。
「ワカ!!」
「若宮!!」
友人たちの声が聞こえてきた。
「姫? まさか……、瞳が……?」
「いや~、ちょっとさっきの眩しいのをまともに喰らっちゃって……」
「それならば、一時的なものでしょう」
ふわりと、目蓋に手が載せられた気がして……、私の目は急速に回復へと向かった。
****
目の前で起きたこと……。
何から言えば良いだろう?
若宮があの少年に向き直った時、既に、ヤツから脅威を感じなくなっていた。
それまであった圧力がかなり、薄れていたのだ。
後から思えば、あの状態は、法力の使い過ぎによる疲労……だったのだと思う。
それを感じたから、ヤツの相手を若宮に託し、オレと高田は、近くにいた神官たちを叩き起こしていった。
こんな雨の中、いつまでも寝ていたら風邪をひいてしまう。
そして、眩しい光。
周りにいた神官たちも、その光に驚きを隠せないでいた。
たまたまその瞬間、オレは光源から背を向けていたが、まともに見ていたら、網膜がやられていたかもしれない。
それだけ目に残る光だった。
誰一人として、動けず、呆然としていたのだが、若宮……、いや、王女が走り出し、さらにその方向に大神官の姿を確認した途端、弾けるように皆、動き出したのだった。
雷にその身を撃たれたはずの大神官が生きていたという事実は、まさに……奇跡と呼べるものだっただろう。
その姿に神の御加護を受けた大神官というのを疑う人間などいないはずだ。
彼は、間違いなく多くの神官たちの目の前でその全身に雷を浴びたはず……なのだから。
まだ脅威が完全に去ってもいないのに、神官たちは大神官に賛辞の声を上げ、お互いを称え合い、聖歌を謳いだすやつまで現れた。
静謐な法力国家の城門前は、一気にお祭り騒ぎとなる。
「九十九……」
「おお」
オレたちも、王女と大神官へ向かって走り出した。
二人の所へと辿り着いた時。
「そ……、そんな……。馬鹿な……」
組紐に拘束されていの少年は、ワナワナと震えていた。
さっき近付いた時も思ったが、目の前で見ると、随分と幼く見える。
「ベオグラーズ! なんで生きてるんだよ! ボクが……、間違いなく、この手で殺したはずなのに!!」
目の前の少年は、叩き付けるような声で大神官に向かって叫んだ。
「どこまでボクの邪魔をするんだよ! ボクは何も悪いコトしてないのに!!なんで、お前だけが……!!」
そう言うと、少年の周りの空間が歪み、激しい風が巻き起こった。
「この国の話に習って、雷を落としてやるなんて生ぬるい方法じゃ駄目ってことか? だったら、今度こそ、その身を風の刃で切り刻んでやるよ!」
よりによって風かよ。
オレが身構える。
「そんなことをしても無駄ですよ」
大神官は静かにそう言った。
「ふふん。怖いんだろ? でも、許さない! ボクの代わりに全てを手に入れた男は、この場でミンチになればいい!!」
話を聞く気がないと分かったのか、大神官は大きく息を吐いた。
「姫、少しの間、離れて頂けますか?」
「分かった」
そう言って、大神官から王女は距離をとる。
「私一人に害をなす程度なら、容認しようと思っていましたが……、姫にまで手を出したことは許されません」
大神官の声はいつもよりさらに低く、明らかに怒気を孕んでいた。
そして、その雰囲気が冷えていくのが分かる。
「なんだい! 格好付けたって怖くないや! お前はボクと同じだからな! だから、お前にボクは消せない! お前はボクの力を吸い取って生きているんだからな!」
目の前にいる少年は……、思ったよりずっと子供だった。
八つ当たりのように、大神官に向かって言葉を投げつける。
だが、それぐらいで表情を変えるような方ではない。
それに……、一月ほど前に、そこの王女から浴びせられた罵声の数々に比べれば、可愛いものだと男のオレは思う。
「産まれてこなかった片割れっていきなり言われて……、信じられる?」
「へ?」
いつの間にか、若宮が高田の隣に来てそんなことを言った。
「あのクソガキ曰く、ベオグラの……、双子の兄弟らしいのよ。ま、本当かどうかは確かめようもないけどね」
そう言えば先ほど、あの子供はそんなことを言っていた。
「バッティングスイング……、だっけ?」
「バニシングツイン!なんで、バッティングスイングなんだよ!? しかも、それって英語としてもおかしいだろ!?」
雰囲気に流されない高田のどこかすっとぼけた台詞に、思わず、突っ込んでしまった。
「バニシング……、ツイン? 本当にそんなことがあるんだ」
若宮がどこかぼんやりした口調で呟いた。
「双胎妊娠後に、いろいろな事情で単胎妊娠になることは、人間界でも三割ぐらいの確率で起こっているらしい」
オレは、人間界で医学書を読んだ時の知識を思い出す。
だが、それはもうかなり昔のことだ。
だから、しっかり覚えている自信はないが、それでも印象強い話ではあった。
「……三割……? 結構、高いものだね」
高田が驚いたようにそう呟く。
「人間界の双胎妊娠判定が早いんだよ。魔界は……、生まれてみなければ分からないからな」
「笹さん、妙に詳しいね? 経験者?」
「なんで男のオレが出産経験してんだよ!? たまたま、医療関係の本を読んだら、載ってたんだよ!」
出産以前の問題なんだが!?
「でも……、あの少年……。どう見ても10歳ぐらいだよね。それに双子って割に、顔とか似てないし」
人間界で見た限りだったが、水尾さんたちはとてもよく似ていた。
高田もそれを思い出しているかもしれない。
「なんか、紅い髪の男にその身体を貰ったんだってさ」
「「紅い……髪? 」」
若宮の言葉に、オレと高田の声が重なる。
あの紅い髪の男を思い出したのだ。
髪の色については、流石に偶然だと思うが。
大神官を狙ったところで……、いや、アイツの国、そんな常識が通用しなかったか。
「考え方を変えれば、ベオグラの双子を騙るストーカーともとれるわけだ。それも、自分の現状を認めず他人のせいにするタイプ」
そう言いながら、若宮は彼らの方を見た。
「双子……、ねえ……」
高田はずっと彼らから目を逸らしていない。
「……ってことは、アイツは自称悪霊みたいなものだよな? オレにはどうも、よく分からんのだが……」
バニシングツインに関しては、人間界でもよく分かっていないみたいだが、体内で流産したような状態だと思っていた。
でも、ヤツを見ていると少し、違うような気もする。
そして、二十年以上も消えなかったと言うのが本当なら、相当な精神力だとも思うけれど。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




