神の裁きか?
「明かりが……、戻ってねえな」
九十九が照明魔法を使って、光の珠を浮かべているおかげで、周りの状況はなんとか分かる状態だった。
だけど、状況が分かるだけじゃどうしようもない。
「雨……、降ってきているけど……、化粧、大丈夫かな」
先ほどから、雨が降ってきている。
あれだけの雷が落ちたのだから、それはおかしくない。
「雨や汗で簡単に流れ落ちるようなものは使ってない」
「それはそれで怖いよ」
今、わたしたちは城門の方向へ向かって走っていた。
わたしも水尾先輩のおかげで、随分、体力がついたと思う。
九十九がペースを落としてくれているのは分かっているけど、この国へ来る前のように極端な足手まといにはなってない。そのことにホッとした。
魔法は使えなくても、これだけで少しは救われている。
「この辺まで来ると、移動系魔法は完全に制限されてるな」
先ほどまでの神殿通りは移動系魔法が使えなくはなかったが……、目的地を絞れなかったらしい。
そこから既に移動系魔法が制限されていると思われる空間、城内はもともとできないけど、本来なら移動魔法が使えるはずの大聖堂や城門までは飛ぶことができなかった。
「神官たちが集まっているよ」
「……おお」
見ると、多くの茶色や灰色、黒の衣装を着た神官たちが、城門に向かう道の真ん中で立ち止まっている。
地面に膝を付いている神官や、視えない壁を激しく叩くような行動をとっている神官たちもいた。
「これを、これを消してくれえ!!」
「神よ! 何故あの御方を!!」
「何故だ! 何故壊れぬ!!」
次々と叫ぶ神官たち。
「結界か……。当然、あるだろうな」
そんな神官たちを見て、九十九が忌々し気に言う。
「つ……、九十九! あれ!!」
わたしの指差した方向には、見知った少女の姿があった。
そこは何故か、こちらと違って雨が降っていない。
あれは、結界の効果なのだろうか?
「まずいな……」
さらにその周囲を文字通り、トンボのように飛び回るような……男の子? がいた。
ワカに向かって凄く良い笑顔でまとわりついているが……、子供が苦手なワカはどんどん不機嫌な顔になっていく。
これは……、良くない。
不機嫌メーターが振りきれそうな勢いでぐんぐん上昇している。
「くっ!」
九十九は、目の前に張られた結界を破ろうとしたようだ。
この結界の向こうに、ワカがいるのが見えているから。
いや、九十九だけじゃない。
周りにいた神官たちも懸命に結界を破ろうとしている。
だけど……。
「ちっ! 破れねえ……! 法力ベースか!!」
その透明な壁は固いまま、その先を進むことを阻んでいる。
「だが……、これだけいる神官たちの力でも、破れないところを見ると、ただの結界じゃねえな」
そう言って、九十九はその壁を悔し気に叩く。
神官たちの中には、力無く項垂れ、涙を流している人たちまで出てきた。
それら全てを隠すかのように、少しずつこちら側の雨脚は強まっていく。
「大神官様……」
「神よ……。何故……」
「あの御方が裁きを受けるなんて……」
「恭哉兄ちゃん……?」
神官たちの言葉で、自分の全身が一斉に総毛立った気がした。
ワカから完全に余裕がなくなっている。
そして、この場で絶望している神官たちが指差す方向には……、黒く不自然な大きさの塊があった。
もしかして……、アレ……は?
「高田!?」
すぐ傍で、焦ったような九十九の声がした気がするが……、今のわたしはそれどころじゃない。
自分が身に着けている服も、カツラの髪も激しくはためいて……、目の前の視えない壁に、ありったけの力を叩きつける。
その気配を誰もが感じたのか、周囲が騒めく気配がした。
だが……。
「この阿呆!!」
そんな声と共に、わたしの身体は真正面から見えない空気の圧力に襲われる。
「うあっ!?」
重い何かに吹っ飛ばされて、身体が激しく軋み、暗い空が目に入った。
だが、地面やそれ以外のものに激しく叩きつけられることは避けられる。
九十九が……、身を挺してクッションになってくれたからだ。
「九十九!?」
「てて……」
彼はわたしの下で、苦痛に歪んでいる。
吹き飛ばされた勢いプラス、わたしの重量とかそう言ったもの。
彼にかかった負荷は相当なものだろう。
「お前は大丈夫か?」
それでも、真っ先にわたしを気に掛ける。
素早くその場から離れようとして……、肩と、お腹に違和感があって、よろめき、二、三歩後方に下がった後、尻もちをついてしまった。
危ない……。
九十九にさらなるトドメを指してしまうところだった。
「そのまま動くな」
九十九はそう言いながら、不自然な体勢でわたしに治癒魔法を使ってくれた。
身体が楽になった所を見ると、見た目には変化がなくても、その下にそれなりの衝撃があったということだろう。
「その闇雲に魔気をぶっ放すのは止めろ。今回のようになるぞ」
「そんなことを言われても……」
自分の中から、勝手に出るものをどうしろというのか。
「単純に跳ね返すだけで良かったな。増幅して跳ね返すとか、別方向に弾き飛ばす系統だったら……、冗談抜きで死人が出るぞ」
自分にも治癒魔法を使って、立ち上がりながら九十九はそんなことを言った。
確かに、そんな凝った効果のある結界だったら、被害はわたしや九十九だけで収まらなかった気がする。
「……さっきの……、わたしの魔気ってこと?」
「それ以外に誰があんな出鱈目な魔力の塊をぶっ放すんだよ?」
一瞬の突風で身体がよろめくなんてレベルじゃなく……、圧縮された空気の塊が自分に向かってきた。
その恐ろしさを身体で感じたのだ。
そして、同時に……、自分で言うのもなんだけど、これを平気な顔して受け止めている水尾先輩って、異常なのではないだろうか?
「やっぱり、外見を変えていて正解だったな。人が……、集まってきやがった」
そう言われて周囲を見ると、先ほどまで結界と地面しか見ていなかった神官たちの一部がこちらを見ていた。
その目には、驚愕、恐れ、不安などもあるが、それ以上に、羨望、期待、希望などもある気がする。
「こっちを気にするより、とっとと結界破ってくれってんだ。これだけの魔力でもはじき返すようなものなんだから、魔法しか使えねえヤツに期待するな」
九十九が吐き捨てるように言う。
「九十九……、魔法で、この結界を破るのは無理?」
「オレは無理。さっきから、このザマだ」
そう言いながら、何もないところにガンっと勢いよく拳を振ると……、彼の手が紅くなっていく。
まるで、本当に壁を殴ったみたいだ。
「わたしなら……?」
「無理だ。お前は魔法が使えない上に、さっきのように魔力を叩きつけるしかできないだろ? 治癒魔法がいくらあっても足りない」
「でも、このまま黙って見ていることなんてできないよ!」
分かっている。
これは八つ当たりだ。
先ほどから九十九は本当のことしか言っていないのに。
神官たちは、大神官が天からの落雷によりその身を貫かれたことは、神による裁きだと思いこんでいるようだ。
何でも、この国では罪深き人間は、神の手による「裁きの雷」にその身を穿たれるとかいう話があることを午前中に、雄也先輩から聞いていた。
そして、周囲の反応を見る限りはそう信じられているのだろう。
―――― ふざけるな!
それがおかしいことになんで気付かないのだろう。
神が裁のために雷を落とすのは百歩譲ってありだとしよう。
魔法の世界で、神が存在して人間を呪うこともあるような世界だ。
多少の理不尽さがあっても仕方ない。
勿論、納得はしたくないけれど。
だけど、本当にそれなら、ワカとわたしたちを断絶するような結界がわざわざこの場に張られるはずがない。
それに……、さっきからあのワカと対峙している無邪気そうな少年もなんだか、気持ち悪くなるぐらいの禍々しさを感じられる。
怨念とか、呪詛とかそう言った類。
あの少年は、「実は、悪霊でした」とか言われても「やっぱりね」と納得する自信すらある。
「……ったく、こんな時に限って、兄貴も水尾さんもいねえし!」
九十九が、結界殴りをしながら愚痴を垂れるが、その顔にも焦りが浮かんでいる。
今の状況はあまり喜ばしいことじゃないのは、鈍いわたしでも分かる。
あの少年は危険だ。
このままじゃ、この向こうにいるワカが危ない。
そして、九十九の言うとおり、雄也先輩や水尾先輩の姿もない。
多分、この結界の逆、城の方にいるのだろう。
この状況に気付かない人たちではない。
だから、何らかの動きをしているはずだ。
この結界は、城門を塞ぐように……、いや、もしかしたら、ワカたちの周囲だけしかないかもしれないけれど、いつも出入りする通用口は多数の神官たちがいるこの状況では使うわけにはいかないし、何よりも移動魔法が使えないのだから、かなり遠い!
「兄貴たちでも無理だろう。これは……、魔法ではなく法力でできた結界みたいだからな。だから……、あの水尾さんでも……、恐らくは……」
この非常事態に、神官たちが動いていないはずがない。
多分、こちらからでは見えないけれど、城の方でも神官たちによる結界破りをしているはずだ。
しかも、城下にいる神官たちよりも高位の神官たちが多くいる。
だから……、それでも破れないってことは……?
それ以上は、考えたくはないことだった。
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