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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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甘い物は別腹

 私は朝から憂鬱だった。

 理由は一つ。


 この天気が気を重くしているのだ。


 今にも雷が落ちそうな分厚い空。

 いつもより暗い街。


 そんな光景があまりにもあの場面に似すぎている。


 それなのに……。


「ワカ~。ちょっと城下に付き合ってくれない?」


 この友人はどこか呑気な声をかけてくる。


「ヤダ。面倒」

「いつもなら飛びつくのに……。珍しいこともあるもんだね~」

「こんな天気の日に、そんな気になれるか!」


 どう考えても雷はともかく、どう見たって雨は降るだろう。

 何故、こんな日をわざわざ選ぶのか?


「九十九がね。城下においし~シャーベットを売っている店を見つけたんだって。でも、それ、本日までの期間限定商品らしいんだよ」


 ぐっ!

 笹さん、おすすめの店……だと?


 それなら味に間違いはない。

 でも……。


 私が迷っていると、高田は妙に顔を紅くしながら頬を押さえて言う。


「わたし、行きたいけど……、九十九と二人はちょっと……」


 あれ?

 何?

 この可愛らしい生き物。


 こんなに頬染めってかなりレアじゃない?

 思わず、カメラを召喚し、シャッターを切ってしまった。


「わ、ワカ……?」

「くうっ! 欲望に負けた」

「……何の?」


 ああ、表情がいつもの高田に戻っている。


 もう少し様子を見るべきだった。

 存分に愛でた上でカメラを使うべきだったわ。


「なんでもない。でも、なんで、笹さんと二人は嫌なの? いつも二人でいるのに」


 今日だって、私がベオグラと勉強している時に、二人ともいなかったから仲良くしていたはずだ。


 はっ!?

 もしかして、その時に何か……?


「……もしかして、午前中に何かあった?」

「なっ!?」


 そう言うと、露骨に顔を赤らめる。


 なんて新鮮!?……違った。

 何があった!?


 高田は先ほどから、右頬をしっかりと押さえている。

 その赤い耳まで覆い隠すほどに。


 もしかして、その柔らかそうなほっぺたに何かされたか?

 やるねえ、笹さん!


「え……っと……、その辺には、あまり突っ込まないでくれると、嬉しい……かな?」


 顔が赤いまま、しどろもどろになる。


 これが、もし、演技ならかなりの役者だ。

 だが、高田はそこまで演技上手ではない。


 それは、演劇の脚本(読み)合わせに付き合ってもらった私が一番よく知っている。


 朗読としては上手いのだけど、彼女は表情を作ることが下手なのだ。


「先ほどの件……、奢り?」

「付き合ってくれるの!?」


 あら、嬉しそう。

 そうね~、異性と何かあったら、二人きりって気まずいわよね~。


 すっごくよく分かる!


「二人きりは嫌なんでしょう?」

「うん……。なんか……ね」

「奢りなら、付き合うわ」

「王女殿下なのにその辺、気にするんだね。一応、九十九の奢りだよ」

「ほほう。笹さん……の奢りか……。ならば良し! その身代巻き上げてくれよう。親友の仇討ちだ!」


 ついでに洗いざらい吐かせよう!

 この様子だと高田は赤い顔のまま黙秘する。


 笹さんの方が崩しやすそうだ。


 そう思って、私は高田の誘いにのることにしたのだ。


****


 私たちが行ったところは……、神殿通りから真逆にある住居地域の小さな店だった。


 城から結構距離もあり、入口が隠されているような感じで、かなり分かりにくい。

 「隠れ家」とか「廃屋」といったようなところか……。


「ほえ~。こんな所があったんだね~。ワカ、知ってた?」

「いいや。こっちの方は私もあまり来ないから」


 住居地域は神官や信者たちの居住地域である。

 用がない限りまず来ることはない。


 何故、笹さんが知っていたか正直、不思議なくらいだ。


「分かりにくいだろう。だから、ここには人があまりこないらしい」


 その上、この通り自体、人があまり歩いていない。

 これなら、確かに商売繁盛は望めないだろう。


「でも、よく見つけたね~」

「こうオレの中の何かが訴えかけたんだよ。ここは美味いものを出すと」

「笹さんって何気に電波系?」

「待てこら」

「……料理人の血が騒いだのかな?」

「ああ、類友みたいな感じで?」

「人を変人呼ばわりするなよ」


 中に入ると、まあ、外から見た時よりは小綺麗な感じ。

 喫茶店系にしては照明も薄暗いけど。


「……蝋燭の明かりってなんか不気味だね~」


 神殿通りにある灯明(とうみょう)を全否定するような高田の発言。


 あの(ともしび)は確か全て蝋燭だったはずだ。


「高田……。せめて『キャンドル』って言ってくれよ」

「どう違うの?」

「笹さんは案外、雰囲気重視するのね」

「『蝋燭』と『キャンドル』じゃ雲泥の差だろうが」

「まあね。『蝋燭』だと和風な感じ。『キャンドル』だと洋風な感じがするのは認めるわ」

「どっちも同じじゃないか」

「高田。雰囲気を重視したくなるような、ろまんちすとな男の子の気持ちってやつも少しは理解しないと」

「ろまん~? 九十九が~? そ~ゆ~柄かねえ……」

「悪かったな!」


 これを見る限り、二人の関係に変化はあまり見られなかった。


 でも、高田が時折、右頬に手をやっては赤くなって挙動不審にはなっているのは確かだ。


 ここは様子を見た方が良いかもしれない。


 あまり、発展途上中の状況に、余計な口を挟むのは拗れる原因にもなることは経験上、よく分かっている。


 無難な会話をしつつ、私たちは思い思いのモノを注文した。


「これはパフェ……かな?」


 高田は自分の頼んだものを見ながら、そう言った。


「メニューの名前から察すると、フルーツの盛り合わせって感じだったけど……、想像以上の迫力だね。零れ落ちそうなほどいっぱい載ってる」


 私の目の前には高田以上に盛られたフルーツの盛り合わせがあった。


 透明な品の良い器に対して、挑戦状を叩きつけるかのように果物がこれでもか! とぶっ刺されている状態は、どこか笑えるものがある。


「……若宮、お前迷いもなく一番高いヤツを頼みやがったな」


 黒い髪のお財布が呆れながらもそんなことを言っている。


「奢って貰うなら遠慮したら損じゃない」

「高田みたいに、こういうヤツにしとけ」


 そう言いながら、彼は高田のパフェを指さした。


「ヤダ。パフェ系って苦手なモノが入っていることがあるし」

「そ~いや、人間界でもワカはパフェを避けていたよね~。確か……、コーヒーゼリーが駄目とかで」

「そうそう。なんか苦いんだか甘いんだかはっきりしないとこが嫌だったのよ。こういうとこのって結構その傾向が強くてね~」


 コーヒーの苦みだけなら良いのに、そこに甘い糖分を大量にぶち込んでいたのが許せないのだ。


「九十九はコーヒーゼリーとかはどう?」

「魔界にはコーヒーはないが、似たようなヤツはある。ゼリーも……できなくはないか。類似品で良ければ機会があれば作ってやらんこともないが」


 料理少年は主の願望を叶えるつもりのようだ。

 良いな~、護衛も料理もできる少年って。


「ほほう。それはいい。私にも作ってよ」

「……苦手なんだろ?」

「私の注文通りのモノなら多分、大丈夫!」

「……我が儘なヤツだ」

「我が儘じゃないの! 女の子ってのはそ~ゆ~もんなの!」


 私が力説すると、少年は再び呆れた顔をする。


「あ。これ、美味しい! アイスが特に口の中で直ぐに溶けて、掬う時もほとんど抵抗がない」


 一口食べた高田が感動の声を上げる。


「え? どれどれ。うわっ! 何これ!? 激ウマっ! 高田! 交換して」

「ヤダよ」

「チッ。こんなことなら……、こっちの手作りデザート系で一番高いヤツにしとけば良かったわ。フルーツの盛り合わせは見た目豪華だけど、素材そのものがドンっと載ってるだけなんだもの。つまんな~い」

「ホントに我が儘な女だ」

「もう一品良い?」


 私は黒い髪のお財布様に尋ねる。


「また高いヤツだろ?」

「いやいや……ちょっとは遠慮するから、ね? 笹さん」

「ホントに遠慮しろよ」


 思わずそう言ってしまう辺り、彼はお人よしだと思う。


 だが、容赦はしない。


「分かってる、分かってる。すみませ~ん。ここに載ってるヤツで……」


 私たちと店員以外の気配がない店内に響き渡った声はこの店で5番目に高いモノの名を告げていた。


「……微妙な遠慮だね」

「これが美味しそうだったんだも~ん」

「九十九、潰れたけど」

「潰しとけ、潰しとけ。この可能性を考えず、先に金額指定していない方も悪いんだからね」


 私を自分の主と同列に考えているのがそもそもの間違いなのだ。


 彼女は人に気を遣う人種である。

 そして、世間では、私のような女が多い。


 彼にも良い勉強となったことだろう。


「それにしたって……、遠慮したという注文が、先ほどわたしが注文したヤツの3倍の値段は想定外だったと思うけど……」

「予測が付かないから人生は楽しいのよ。3人の高田に奢ったと思えば安いモンじゃない?」

「……却ってダメージは大きそうだよ?」


 どこか心配そうに言う彼女。


 だから、私は言ってやる。


「男の子は鉄よ。激しく打たれまくって強く鋭く美しい刃になるの!」

「……ああ、九十九は諸刃っぽいよね。自爆しやすい辺りが……」


 なかなか酷い主。

 遠慮はするけど、言葉に容赦はなかった。


「あはは~。フォローになってないよ、高田。でも、諸刃の剣って私、扱いづらいけど結構好きよ」

「普通、使ったことないって……」

「でも、やっぱ刀は日本刀よね~。あの斬るためだけに存在してるようなあのライン。ゾクゾクもんよね~」


 あの黒光りの刃は思い出すだけでゾクゾクできる。


「中華系は?」

「見目が派手だけど、剣舞が微妙に好みじゃないね。やっぱ殺陣は和風よ! 舞台映えするし」

「元、演劇部の血が騒ぎますか?」

「またやりたいな~。殺陣(たて)だけで良いから……。高田、やんない?」

「嫌だ。首が落とされそうだし」


 友人はあっさりと申し出を却下する。


「落とさない、落とさない。首の皮一枚で止めるし」

「いや、もっと早く止めてよ。私、素人なんだから」

「チッ。つまらん。あ、笹さんなんてどうかな~? 剣術国家出身でしょ? セントポーリアっていったら、その剣技を誇っている国だったし」

「過去はそうだったらしいけど……今はどうなんだろうね」

「何でも、良いから付き合ってくれないかな~」

「雄也先輩は?」

「いや、あの人は駄目。そ~ゆ~のも巧そうだから、私の見様見真似の太刀筋じゃ当たらないだろうし」

「……当てることが前提になっちゃってるよ、ワカ」

「あら、失言」


 そんな会話をしつつ、私たちは食べ終え、潰れたままのお財布様を起こして、会計をさせた。


 そして、三人揃って、店を出たのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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