神の裁きを夢に視て
「な~んか……、天気が悪いね~」
この日は朝から曇っていた。
「海の方向にすっごい積乱雲が見える。雲だけで竜巻みたいだ。あれが、こっちにきたら雷が聞こえるかも。魔界でもこんな雲になるんだね~」
この城は高いところにあるため、割と遠くまで見ることができる。
流石に国を一望、というわけにはいかないけれど、神殿通りだけではなく、城下の門よりも少しだけ向こうまで見えた。
あの雲を見た感じでは色が濃く、厚みもありそうだ。
人間界の気候と魔界の気候が一致するわけではないだろうけどね。
「……魔界でも悪天候になることぐらいはある。ここに来て、雨だって何回か降ってるだろ?」
九十九がお茶を口にしながら、どこかぶっきらぼうに言った。
「でも、基本的には晴れていて、気温とかも過ごしやすい日の方が多かったでしょ?」
「そうだね。魔界では、まだ嵐や地震みたいに大きな変化はなかったと思うよ」
そして、わたしと九十九だけではなく、穏やかだけど存在感のある声。
「……って、なんでまだ兄貴がここにいるんだよ」
「? いたら駄目なのか?」
雄也先輩は不思議そうな顔で九十九を見る。
「不自然なんだよ。ここに兄貴がいるのが!」
「邪魔だというなら去るが?」
「……オレが言いたいのはそこじゃねえことぐらい、分かってるだろうが」
ここは、九十九の部屋だった。
わたしは、ワカの勉強時間はほとんど九十九と一緒に過ごしている。
だから、いつものように九十九の部屋へ行くと、珍しく先に雄也先輩がいたのだ。
その状況から考えると、今回は、後から来たわたしの方が、兄弟の語らいを邪魔しに来たことになる。
「報告をしに来ただけなのだが?」
「いつもは通信珠でさらりと報告も連絡も済ませてるだろ? なんで、わざわざオレの部屋まで来てるんだよ?」
「俺もたまには違った味の茶菓子の一つも食いたいだけだ。自分で作った菓子ばかりだと、飽きるからな」
「お、おう?」
そんな珍しい雄也先輩の言葉に、九十九はさらに珍妙な声を出した。
かなり遠回しだけど、雄也先輩のこの台詞は彼のお菓子を褒めているってことだから、嬉しいのだろう。
「まあ、そんな冗談はさておいて……だ」
「冗談かよ!?」
肩透かしを食らったような発言に九十九が突っ込む。
これはなかなかひどい。
「お前や……、栞ちゃんに話しておかないといけないことがある」
雄也先輩の顔つきが変わった。
「「え? 」」
そして、わたしと九十九の声が重なる。
「このことは他言無用だ。本来なら、俺だけでなんとかするべきところなのだが……。かなり問題が大きくなりそうだから、一人でも多くの協力者が要ると判断した」
雄也先輩がわたしたち二人に対して、こんなことを言うのは初めてだったと思う。
九十九はともかく、わたしにまで事前相談というのはかなり珍しいのではないだろうか?
それだけでもただごとじゃないのは分かる。
「どういうことだ?」
九十九も同じ意見らしくて、当然の言葉を問い返した。
確かに、説明はしてもらわなければ分からないよね?
「未来を変えるそうだ」
雄也先輩はそう言って、ニヤリと笑った。
「「は? 」」
雄也先輩の言っていることがよく分からなくて、わたしたち二人は同じような反応をした。
多分、表情も似ていたと思う。
「未来を……?」
「変える?」
九十九とわたしの言葉が繋がる。
「それは既に未来が分かっているということですか?」
あの時、占術師は言った。
未来は多岐に亘るって。
そして、占術師でも、他の人間と違って魔界の常識が通用しないわたしの未来は読みにくい……、とも言われた覚えがある。
「誰かの未来視……ってことか?」
九十九が呟く。
未来視って確か予知夢とかそんなやつだっけ?
「そう言うことだな。未来視は、その時点で起こりうる可能性が高い世界を選ぶだけで、確定されていないために勿論、外れることもある。だがそれは、外れる可能性は低いということでもある」
まあ、その夢視の能力を利用していた占術師だって、わたしがあの時、三日後に死ぬ可能性がわずかながらあると言っていたのだ。
でも、こうして生きている。
だけど、もし、占術師がわたしの動きを止めていなければ、その時、確かに死んでいたのかもしれないのだ。
「誰の?」
「この場合、『誰の夢視か? 』よりも『何が起きるのか? 』を考えろ」
九十九の疑問に対して、雄也先輩の返答に思わず納得する。
誰が夢を視たって、それが夢視と分かっているのなら、予知夢である可能性が高いことには変わりがないのだろう。
まあ、夢視の判断基準自体が、わたしにはまだ分からないのだけど。
「じゃあ、何が起きるかは分かっているのか?」
「俺も詳しいことは分かっていないが……、『裁きの雷』が落ちる夢を視たと言う人間が数人いるらしい」
「「裁きの雷? 」」
わたしと九十九の声がまたも重なる。
雷……って雷のことだよね?
なんとなく、窓の外を見る。
気のせいか、先ほどよりも雲の色は濃くなっている気がした。
「この国では人が裁けないような罪人に対して、神が雷が落ちるとされているそうだ」
なんだか、人間界でも似たような話を聞いたことがあるような気がする。
ギリシャ神話やローマ神話でも雷を使う神さまがいなかったっけ?
でも基本的に、それらの神話に出てくる神さまって感情のままに人間に対して力を振るっている。
それを考えると、本当に罪人に対して雷が落ちてばかりいるとは思えないんだよね。
「非科学的な話だな」
九十九は呆れたようにそう口にした。
「……いや、魔界で非科学的って言うのもどうなの?」
魔法も科学的ではないと思うのですが?
「いや、あまり馬鹿にできた話でもないぞ。『裁きの雷』についてはこの国に来てから初めて耳にした言葉だが、神官が立ち会う正式な儀式で、神への誓いに偽りがあると、『落雷』がある話はこの世界のあちこちに存在する」
「正式な儀式? 命名の儀とかか?」
「いや、命名の儀では神に届け出るだけの話だ。極端な話、王族がその国の名前をサードネームにしなくても良いし、貴族でない者が貴族のサードネームをつけることも可能らしい。流石に、貴族が国の名を無関係に名乗ることは無理らしいけどな」
それはなかなか怖い話だと思う。
「……関係ないやつが、別の家名を名乗るなんてただの詐欺じゃねえか」
同じことを思ったのか、九十九が当然の反応をするが……。
「阿呆。一般的な神官がそんな大それたことに加担すると思うか? 片棒を担いで偽りの儀式を行えば、連座の上、それなりの処罰があるとのことだ」
雄也先輩がそう答えた。
確かに何も罰がないわけはないよね?
「先の落雷の話は、婚姻の儀でよく聞く話だな」
「結婚詐欺ができないってことですか? 重婚を許さない……とか?」
「いや、命名の儀で届け出た『魔名』と異なる名前で神に誓うことが悪いらしい。重婚自体は国によっては全く問題ないからね。中心国ではないが、後宮の存在する国もある」
「魔名」って言うのは、確か、魔界人の本名だったはずだ。
でも……。
「婚姻の最中に落雷……。残された方が辛そうな話ですね……」
仮に男性が偽りの名を告げていたら、目の前で落雷とか奥さんになる人も、二重の意味でショックだろう。
「いや、多分残されないよ」
「「へ? 」」
九十九とわたしの声がまたも重なる。
「大半は、すぐ傍にいるから一緒に落雷をその身に受けるらしい」
「ひどい!」
「神様からすれば、同罪ってことなのだろうね。偽りの魔名を告げた者も、偽りの魔名を許した相手も」
やっぱり……、どこの世界も神様という存在は自己都合で人間たちを振り回すってことなのだろう。
そして、こんな話を聞いてばかりならば……、確かに恭哉兄ちゃんは神様を信じられなくなるだろうし、呪いたくもなるかもしれない。
恐らくは、一般的に知られている以上に、知っているだろう。
「まあ、それを知っている人間は魔名を偽らないし、偽っていたとしても、立ち合いの神官から事前説明をされるため、神へ誓う直前で宣言をしり込みするそうだ。まあ……、その結果、別の落雷がその偽った相手に向かうらしいけどね」
「別の落雷?」
九十九が疑問符を浮かべる。
「『なんで名前を偽ってたんだ!? 』って相手から責められるってことですか?」
「そうなるね。大神官の立会いでは、過去に5組ほど……、夫になる予定だった男性が妻になる予定だった女性に……………………、その場で仕置きされたそうだよ」
その意味深な間が怖いです。
そして、そんな現場に何度も立ち会わされた恭哉兄ちゃんは、神様を呪うだけではなく、人間不信にもなったのではないだろうか?
華々しい結婚式が一気に殺伐とした修羅場に早変わり……。
それって、結婚式の会場に、昔の恋人が乗り込んでくるのとどっちが荒れるのだろうね?
「で、オレたちは何をすれば良いんだ? 近々落雷がありそうだから避雷針でも準備しろと?」
「いや、重要人物を落雷予定箇所から離して欲しい。これは、多分、九十九と栞ちゃんが最適だ」
「「重要人物? 」」
本日何度目か分からないけど、九十九とわたしの声が重なったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




