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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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逃げも隠れもしない

「今から、一体、何が始まるってんだ?」


 わたしの護衛という立場にあるため、望みもしないのに巻き込まれた形となっている九十九は、一人で疑問符を浮かべている。


「修羅場じゃないかな」


 わたしはそう答えた。


 その場に立っているのは三人。


 この国の王女であるワカと、そのワカに告白した王子である楓夜兄ちゃん。

 そして、この国の大神官である恭哉兄ちゃんだった。


 わたしと九十九は礼拝の間で椅子に腰かけ、のんびり状況を見守ることにする。


 しかし、本日の午後から大聖堂が使用できなくなるとは聞いていたが、まさかこんなことのために立ち入り禁止にしているとは……、誰も思わないだろうね。


 これってもしかしなくても、「職権乱用」というやつじゃないだろうか?


 でも、立ち入り禁止とした本当の理由は、その数十分後に分かることとなる。


「役者が揃ったのは分かってるんだが……。ここにオレたちがいる理由が分からん」

「本当にね」


 ワカに「何も言わずについてきて」と言われて、素直についてきたら、こんな所に居合わせることになるとは思わなかった。


「そこで疑問を抱かずについていくお前が凄いよ」


 そうは言われても、あんなワカの顔を見たら断ることができるはずもない。


 それほど、彼女の顔は珍しく、どこか思い詰めているような……そんな顔をしていたのだ。


「まあ、巻き込まれた以上、見守りましょうか」

「集まっている三人を見る限り、お前の言う通り修羅場になる気配しかしないんだが」

「……大丈夫でしょ」


 わたしは軽い返答をする。


 そもそも、この件に関しては三人の中でちゃんと結論が出ている話なのだ。


 それがちょっとばかり(こじ)れておかしなことになっていただけ。


 体面とか意地とかそう言った余計な物を放り投げれば、そこまで大きな問題になることはないだろう。


 そう思って、わたしは楽観視していた。


「呼び出されてここまで来たけど、まさか、男同士の逢引きの現場を見せつけられるとは思っていなかったわ」


 ワカが大袈裟に溜息を吐く。


「つまり……、クレスノダール王子殿下は私より、ベオグラを選んだってことで良いのかしら?」

「いやいやいや! それはない! それはない!!」


 楓夜兄ちゃんは慌てて否定する。


「だって……、二人仲良く接近して……」

「俺はこいつよりケーナの方が良い」


 そう言って、楓夜兄ちゃんはワカの手を握る。


「ベオグラは?」


 楓夜兄ちゃんから手を握られたまま、ワカは恭哉兄ちゃんを見る。


「私はどちらでも構いませんよ」

「「!! 」」


 そう笑顔で応える恭哉兄ちゃんに楓夜兄ちゃんは蒼くなり、ワカは赤くなった。


「ワカ……、あの様子だと、大神官の笑顔を見慣れてないね」

「いや……、あの顔を見ても全く、動じないお前も結構凄いぞ」


 九十九は何故か胸を押さえながらそんなことを言う。


「そうかな? 最近、よく見てたよ」

「マジか」


 マジです。

 最近、恭哉兄ちゃんは笑顔をいっぱいわたしに拝ませてくれていました。

 

「ベオグラ……。ケーナ……。二人して意地悪せんと、とっとと引導を渡したってや。俺はちゃんと分かっとるから」


 あ。

 この空気に耐えかねて、楓夜兄ちゃんが結論を急いだ。


 でも、その気持ちはよく分かる。

 この状況、少しずつ精神力を削られてしまう気がするから。


 それに……、楓夜兄ちゃんは始めから、ちゃんと分かっていたのだ。


 自分が好きになった人間の視線がどこを向いているか分からないほど鈍い人間ではない、と言っていたから。


 ワカは出会った頃から、恭哉兄ちゃんしか見ていなかったし、恭哉兄ちゃんは大神官の格好している時はどこ見ているか全然、分からなかったけど、恭哉兄ちゃんになっている時は、優しい目でワカを見ていた。


 ただ互いの立場と、性格が邪魔をしていただけ。


 そのために、振り回された身としてはかなり複雑なのだが……、まあ、恋愛ってのはそんなものなのだろう。


 本当に面倒くさくて、不可解で、疲労が溜まるものだね。


「クレスは本当に良い男ね」


 ワカは困ったように笑った。


「そうやろ? 今から惚れてもええんやで?」

「ええ、本当に。このまま、振らなければならないのが惜しいぐらい」

「……せやろ? 想い人にケーナが振られたら、いつでも呼んでくれ。慰めに来るから」

「不吉なことを言わないでよ。決心が鈍るわ」

「これぐらい言わせてや」


 どこか泣き笑いにも見える楓夜兄ちゃんの表情に対して。


「そうね」


 ワカは落ち着いた笑顔で応えた。


「思ったより、すんなり話が進んでいくな」


 九十九が安心したように言った。


()……、クレスが始めからこの状況を予想して、気持ちに整理つけていたからね」


 そのことは少し前に彼自身から聞いている。


 ただ……、それでも、自分が動かないと、この二人は互いに絶対に動かないと思ったから、勝ち目のない勝負を挑んだのだと。


 だが、まさか、こんな形になるとは彼も思ってなかったとは思うけど。


「……そうだな」


 九十九が目を細めた。


「ただ……それでも彼が傷つかないわけじゃないからね」


 どちらかというと、その傷口が広がったかもしれない。


「……まあな」

「それに……。多分、面倒なのはここからだよ、九十九」

「へ?」


 わたしの言葉に、短く疑問符を浮かべる。


「ここで何事もなく上手くいくようなら、この二人はここまで面倒な状況になってないと思うのはわたしだけかな?」

「……若宮をよく知るからこその発言だな」


 九十九が肩を竦めた。


 そう。

 この時のわたしは、問題は、大神官よりワカの方から引き起こされるものだと思っていた。


「さて、こっちの話は片付いたわ、ベオグラ」


 ワカは大神官に向き直る。


「あんたの話とやらを聞かせなさい」


 不敵で堂々とした笑み。

 それはまさに王女殿下の名に相応しい立ち姿だった。


 まあ、枕詞に「我が儘」とか「高慢」とか入りそうだけど。


 それに対して、大神官は涼やかな笑みを浮かべている。


「はい。我が王女殿下」


 大神官は一礼して、告げる。


「大神官『ベオグラーズ=ティグア=バルアドス』は、心から、『ケルナスミーヤ=ワルカ=ストレリチア』様を愛しております。」


 鈴が鳴るように清廉な告白(こえ)に大聖堂に沈黙が落ちた。


『ストレート……』


 わたしは思わず声を潜めるが、その驚きは隠せない。


 聞いていたこちらの方が、頬と口元が緩むし、顔が熱くなっていく。


 自分が言われたわけでもないのに、本当に不思議な感覚だった。


 共感ともちょっと違う。

 なんだろう、この気持ちは……。


『逃げも隠れもしない告白だな』


 一人で大興奮しているわたしとは対照的に、九十九は感心したように声を落としてそう言った。


『逃げ道を断っとるわけやろ。ケーナには小細工せん方がええとは俺も思っとった』


 いつの間にか一緒に座っていた楓夜兄ちゃんも、この状況を分析するかのように淡々としていた。


『でも、あんな真っすぐな告白……。ワカが羨ましいね』


 わたしは素直にそう呟いた。


 さて、その告白を受けた王女殿下は……、わたしの予想に反して、意外にも涼しい顔をしている。


「それは……、貴方が敬愛している神々よりも? 私は愛されるなら一番じゃなければ嫌な女のだけど」

「当然でしょう」


 まあ、神様を呪っていた時期がある人だからね……。


 即答も道理だと思う。


 ……でも、そんなことを気にしているなんて、ワカは思ったより可愛いところがあったんだなと、わたしは妙に感心していた。


「その(あかし)は立てられて?」

「貴女は、そう言われると思っていました」


 そう言って、恭哉兄ちゃんは懐から何かを取り出した。


「ナイフ……?」


 ワカが怪訝な顔を見せる。


 その言葉通り、恭哉兄ちゃんの手には細く鋭い刃物が握られていたのだ。


 わたしは……、何故だか、それに不吉な物を感じた。


「駄目っ!」


 だから、わたしは立ち上がって、思わず叫んでしまったのだ。


 あのまま、傍観者でいるべきだったのに……。


「高田……?」


 その声に反応したワカがわたしの方を振り向いたその瞬間。


ザクッ!


 無造作に何かが切れる音がして……、その場に広がり散る物が、わたしの目に映ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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