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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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原状を思い、現状を思う

少しだけ残酷描写があります。

 中学校に上がっても、楓夜と名乗った少年は、ずっと自分に付き纏うことを止めなかった。


 彼はいつも笑顔で、周りには友人で溢れていたのに。


「やっぱり、その不愛想が悪いと思うんよ」

「放っておいてくれ」


 それでも、毎日話しかけられれば答えもする。


 その答えは褒められたものではないのに、僅かでも、反応があれば、楓夜は笑顔を返すのだ。


「たまにはこうにっこり微笑んでみ? その顔やったら、ほとんどの女はノックアウトや」


 笑うことに意味を見出していない人間に対して、この少年は無茶を言う。


「笑顔は人間関係の潤滑油やで~。面白くなくても、口の端を軽く上げるだけで(わろ)とるように見えるんや。敵を作るよりは、中立以上の存在を作るんよ。そうすれば、恭哉ももっとえ~男になるで」

「最後の言葉で台無しだね」

「ひどっ!」


 その素直な反応に、思わず、口の端が吊り上がる。


 その途端、何故か周囲の空気が(ざわ)めくような音が、聞こえた気がした。


「? ? ? 」


 だが、その空気の変化の意味が、この時の自分には分からなかった。


「やればできるやん! よし! この調子で、三剣恭哉改造計画始動開始や!」

「始動と開始が重なっているよ」

「的確に突っ込んでくるな、自分」

()()()ボケ体質過ぎるんだよ」


 思わずそう軽口を返してしまったから、彼が気分を悪くしたのかと思った。


 楓夜がいきなり真顔になったから。


 これまで人付き合いをまともにしてきたこともなかった人間には、こんな時、どんな顔をすれば良いのか分からない。


 だが、違った。


 楓夜は直後に破顔したから。


「苦節、三年! ようやく、この男が俺の名前を覚えたで!」

「いや、名前はちゃんと覚えていたんだけど」


 それでも、その三年間に一度も彼の名前を呼んだことがなかった自分に驚きもした。


 彼は、そんなにも長い間、ずっと近くにいてくれたのに。


****


「ケルナスミーヤが家出をした」


 定時報告のために大聖堂へ戻っていたところ、グラナディーン王子殿下が突然、そんなことを言った。


「姫が?」


 自分は我が耳を疑った。


 だが、グラナディーン王子殿下の顔は深刻で、聞き間違いでもないことを知る。


「ずっと……、部屋に閉じこもっていたんだ。その時に俺が気付いていれば……、こんなことには……」

「心当たりは?」

「転移門が使われた跡がある。そして、その痕跡は……、魔界ではない。恐らくは人間界だ」

「なっ!?」

「国王陛下は……、『捨て置け』……、と。あの方は……、どこまで、ケーナを苦しめる気なんだ!?」


 そう言いながら、肩に縋り付いて……、グラナディーン王子殿下は、初めて自分に泣く姿を見せた。


「ラーズ様。私も人間界でお探しします」

「……だが、お前は修行中だろう? 魔法も法力も緊急時以外は使えないこととなっているはずだ」

「幸い、私のいる地は人が集まるところです。そして……、人間界には魔法を使わずとも、多くの場所に飛べる翼もあります」


 そうして、様々な国にも足を運んだ。

 紛争地域と呼ばれる場所にも。


 自分の身を護るためなら、魔法や法力を使うことは許される。


 だから、危険を避けるために、子供であることを誤魔化すための手段は迷いもなく使った。


 だが、結果は全て空振りに終わる。


 自分が生活していた大阪と呼ばれる地で、一度だけ似たような少女を見つけ、思わず声をかけてしまったが、残念ながら……、彼女も人違いだった。


 魔界と人間界を往復は大変ではあったけれど、勉強にもなった。

 少なくても視野は広がった気がする。


 その後、大聖堂で、名の知れた占術師の懺悔も聞くことになった。


 それは表に出せない事実。

 これが新たな縁を結ぶことになるとは、この時の自分も分からなかった。


 そして、それからさらに月日が経ち、魔界へ還る準備の年となる。


****


「あんな所にこんまい嬢ちゃんがおる」

 始まりは楓夜のそんな言葉だった。


 公園に一人、黒いワンピースを着た小さな少女がいたのだ。


「あの格好……、法事やろか。ほんなら、子供には退屈やろな」

 何を思ったか、そのまま楓夜はその少女に話しかけた。


 年は……、()()ぐらいか。

 魔気をまったく感じない奇妙な娘だった。


 だが、その出会いから僅か二日で、楓夜も自分もその不思議な少女のために命をかけることとなる。


 自分たちは魔獣に襲われ、それをなんとか倒した。


 だが……。


「阿呆か! ちゃんと止めは刺したらなあかん! 操られた魔獣は何をするか分からんのや。せめて、頭を砕かせろや!」

「だが……、もう、楓夜が五体を断った。これで充分だろ?」


 そんな自分の提案にも、その前にその少女から庇われていたためか、楓夜にしては、珍しく真剣な顔で、一歩も引かなかった。


「うわああああああああああっ!!」


 驚愕と恐怖が混ざったような悲鳴に反応すると……、足元にあったはずの魔獣の頭が彼女を目掛けて飛んでいた。


「まずい!」

「嬢ちゃっ…………あ?」


 それはまるで、打ち上げ花火のように……、赤い花吹雪だけがパッと咲いて、パッと飛び散った。


 一瞬の出来事だったが……、厄介ごとはいつでも続けてやってくる。


「恭哉!」

「もうやってる!!」


 その直前まで、全く感じなかった彼女の魔気が……、信じられないほど膨らんでいく。


 人間界という慣れない場所で、自分の未熟な結界でどこまで封じきれるかは分からないが、やるだけやるしかなかった。


「……風の魔力……。良かった……。俺と一緒やな」

「楓夜、何を?」

「お前はそのまま結界を維持しとき。少しでも耐性がある俺が矢面に立つべきやろ」


 そう言って、楓夜が彼女の魔力を抑え込む。


 だが、足りない。

 彼女の圧倒的な魔力を前にして、彼の魔力は届かなかった。


 だから……、彼女に対する結界を維持しつつ、眠らせるという初めての試みをやってみた。


 二つ同時の法力の行使。

 そんなの魔界でもやったことはない。


「器用やな、自分」

「成功して良かった」


 それは、一か八かの賭けに近かった。

 自分が、こんな無謀な挑戦をするのは……、これまでの記憶にはない。


「せやけど、この嬢ちゃん……。どないしよか」


 明らかに人間界で生きていくには強すぎる力。

 それをそのままにしておけない。


「彼女の魔力を封印しよう」


 その言葉に不思議と迷いはなかった。


「で、できるんか?」

「既に……、彼女には封印されていた跡がある」


 頭の中の知識を全て掘り起こして、この場でできる方法を考える。


 その途中で……。


「きょ、きょ……や兄ちゃん、ふ……や、にい……ちゃん。だ……じょ……ぶ?」


 少女の弱々しい声。

 それでも、彼女は5歳も年上の少年たちを案ずる。


「私たちは大丈夫ですよ。だから……、貴女はゆっくりお休みください」


 自然と……、そんな言葉と、笑みが零れ出ていた。


 その言葉で安心したのか、彼女は再び意識を手放す。


「恭哉……。お前……」

「貴方にも名乗っていませんでしたね。私の名は『ベオグラーズ=ティグア=バルアドス』。法力国家ストレリチアの高神官の一人です」

「……『緑羽(りょくう)』か!」


 それがすぐに出てくる彼も只者ではないのだろう。

 だが、自分は少女に全神経を注いだのだった。


 そうして、全てが繋がっていく。


 魔界に戻った後、自分の意思で大神官を目指す気になった。


 同時にそれは、恩人である養父を引きずり落とす行為。

 だが……、弱き人間を救うことで、自分自身も救われることを知ってしまった。


 今更、何も知らなかった頃に戻れるはずがない。


 その5年間、勿論、楽な道ではなかった。


 特に「黄羽(おうう)の神官」から「橙羽(とうう)の神官」に上がる時は、時間もかかった。


 そして、その間に、養父が大神官を自ら退くということもあったが、それ以外においてはそこまで問題ではなかった。


 人間界で会った「楓夜」と名乗った少年が、実はジギタリスの第二王子殿下だったと言うことも知る。


 「黄羽(おうう)の神官」に就いた頃、彼の方から自分を訪ねてきてくれたのだ。


 自分からは連絡のしようもなかったので、素直に嬉しかった。


 その後、困ったことに、彼はこちらが心配になってしまうぐらい、頻繁に遊びに来ることになるのだが。


*****


 大神官就任が決まり、いよいよ明日となった時、養父の口から、自分を産んだ女性の話を聞く。


 それは……、予想と少しもずれていなかった。


 父親と思っていた人物まで当たるとは思っていなかったが。


「酷い話もあったものですね」

「文句はアレに言え。全ては、()()()()()()()()()()()()()()()だと」

「会えませんよ。いつも()()()()()()()()()()()()()()()


 そう言いながら、肩を竦める。


 僅かな手掛かりを頼りにその場所へ向かっても、彼女はいつもそこにいなかった。


 転移魔法が使えるような魔界人だ。

 それも当然のことである。


「アレを恨まないのか?」

「この年齢になれば、あの人側の事情も分かっているつもりです。まあ、納得できたかと言えば……、多少の不満はありますが」

「そうか……」


 養父は微かに笑った。


「お前に手紙がある」

「手紙……?」

「アレからだ」

「……嫌な予感しかしませんが、拝見しましょう」


 その手紙にはこう書かれていた。


『全てはワタシの手の内だ!』


「――――――」


 碌なことは書いてないだろうと思っていたが、案の定、そうだった。


「養父上。大神官が就任直後に実母を殴ったら流石に問題となりますか?」

「大問題だな。諦めろ」

「なるほど、大神官を諦めて殴りに行けと」

「…………笑顔で言う辺り、冗談には思えないな」


 そう言いながらも、養父は嬉しそうに笑った。


****


「…………こんな感じですが、いかがでしょうか?」


 恭哉兄ちゃんはそう言って笑う。


「……恭哉兄ちゃんの母上が強烈過ぎる……」


 いつもの定期検診で、わたしは恭哉兄ちゃんから、今に至るまでの昔話を聞いたのだ。


 苦労したのだろうな、と思っていたけれど、想像よりもぶっ飛んでいた。


 話しやすい部分を選んでこれなのだから、現実はもっといろいろあったのだろう。


「どなたかに似ているとは思いませんか?」

「…………うん。似ている」


 こう笑顔で人を振り回す辺り、本当によく似ていると思う。

 タチの悪い悪戯を含めてそっくりだとすら思った。


「でも……、恭哉兄ちゃんを気にかけてくれているお優しい部分も無きにしも非ず?」

「そうですか? 私には全く見えない部分ですね」


 それはどちらに対して言っていますか?


「ああ、本日は午後の検診は難しくなると思います」

「うん、分かった」


 毎日検診受けていても少し、不安にはなるけど、まあ、半日ぐらいなら大丈夫だろう。


「それと、本日午後から、大聖堂は関係者以外立ち入り禁止となります」

「ありゃ。検診ができないのはそのため?」

「はい」


 つまり、午後からは、大聖堂の一部である地下も使えないということか。

 魔法の鍛錬のために利用することが多い水尾先輩に伝えておかないといけないね。


 そんなことをわたしが考えていると、恭哉兄ちゃんがこんなことを言った。


「自分を振り回すような女性に惹かれてしまうことを自覚しましたからね」

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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