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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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不意打ち

「ベオグラ~。今、良い?」


 夜も更けた頃、大聖堂にある私室にこの国の王女は大神官を訪ねてきた。


 この時間でなければ、彼はここにいない。


 基本的に大神官は王女の勉強など特定の時間帯を除き、大聖堂の別の部屋にて職務を行っているのだ。


「はい」


 珍しいこともあるものだと、大神官は思った。


 彼女がこの私室に来るのは久しぶりのことであるからだ。


「笹さんからの差し入れを持ってきた」

「……九十九さんは大物ですね」

「そうね。一国の王女をお使いに出すなんて」


 そう言いながら王女は口を尖らせて見せるが、そこに不快感は見当たらない。

 そう言った意味でも、あの少年は大物なのだろう。


「そんなわけで、入っても良い?」

「……姫、女性が来ても良い時間を越えていますよ」

「禊の終わった大神官ほど安全な生き物もないでしょう?」

「外聞の話です」

「今更ね」


 そう言ってするりと大神官の横を抜けて部屋に侵入する。


 その行動の素早さに呆れるやら感心するやら……。

 でも、それを表情(かお)には出さない。


「報告もあるからさ。今晩だけは見逃して」

「神務準備室ではいけないのですか?」

「他の神官たちに聞かれると面倒なの」


 悪びれた様子もなく、王女は答える。


 そもそも、王女に命令できる立場にない大神官は、観念してその要請(我が儘)を受け入れるしかなかった。


「手短にお願いしますね。この状況がディーン様に知られても困りますから」


 その相手が大神官であっても、あの王子は怒り狂うことだろう。


「……そうね」


 それを想像したのか、王女は苦笑する。


 その顔を見て、大神官は少しだけ不思議に思った。


 王女が自分に対して、こんなにも自然な笑顔を見せるのはかなり久しぶりのことである。


「何かありましたか?」

「うん。ちょっといろいろあった。いや~、窮鼠、猫に噛まれ放題で参るわ」

「それは猫が気の毒な事態ですね」


 そして、その時点で「窮鼠」ではない気がする。


「兄さまにはもう、伝えたのだけど、私、クレスノダール王子殿下の申し出を受けようと思うの」

「それは、おめでとうございます」


 恭しく礼をしながら、祝いの言葉を紡ぐ大神官に、王女は苦笑する。


「大袈裟ね。婚約ですらないのに」

「彼なら、安心ですから」

「随分、信頼しているのね」

「当然です。私が背中を任せたことがあるのは、ディーン様以外では彼だけですよ」

「……おや、意外。他の神官相手にでも警戒心の強いベオグラの背中を任せられるのか。魔力もそこまで高そうには見えないのに」

「彼は精霊使いですから」

「精霊!? そっか~、大樹国家ジギタリスにはまだ精霊を契約できるような人間がいるんだ」


 どうやら、王女は知らなかったらしい。


 精霊は種族によって神の御使いにもなる。


 法力国家ストレリチアとしては、そんな相手と(えにし)を結べるならば、それは良いことなのだ。


「そのために、定期船が動いたら、一度、ジギタリスに行く」

「ジギタリスに?」

「うん。敵を知らなきゃね」

「……敵なのですか?」

「違った。敵になりそうな存在を見定めに行く!」


 この王女はどこかずれていると大神官は思う。

 でも、前のように黙って出て行かれるよりは、ずっと良いだろう。


「で、その間、高田たちをお願いね。私がいなくなったら、あの子、寂しくて死んでしまうわ」

「あの栞さんがそんなタイプに見えますか?」

「いや、全く! 普通にのほほ~んと過ごしてると思う。でも、どちらかというと、問題は笹さんよね~。発情期の話をしていたってことは、彼もまだだろうし。最悪、ベオグラの禊の間を使って緊縛してね」

「しませんよ」


 当人がそれを望まない限りは。


「それと、神官の中に高田にちょっかいをかけそうなヤツが数名いるから、気を付けて。名前のリストもある」

「……いつの間に」


 そのリストを確認すると、数名どころか、13人も書かれている。

 大神官はいろいろと複雑な心境だった。


「あ~、元『青羽(せいう)の神官』の件で、私も懲りた。あの小悪魔は自分の魅力に気付いてないから、癒しの笑顔、垂れ流し、大安売りよ。あれ、半分は笹さんのせいでもあるけどね」


 神官は純粋な存在を好む傾向が強い。


 それならば、邪気が見えない彼女のような存在は、女慣れしていない神官たちのハートに直撃してしまうことだろう。


 尤も、邪気が見えないだけで、そこに黒さがないわけでもないことをこの王女は知っている。


 ただの無害で天真爛漫なだけの娘なら、興味が湧くこともなかっただろう、とも。


「それで、他に気がかりなことはありますか?」

「そうね~。笹さんの焼き菓子を料理長に渡したら、彼を紹介して欲しいってうるさくなった。迷惑をかけたくないから、正体は伏せていて」

「渡さなければ良かったのでは?」

「うん、ちょっと後悔はしてる。でも、しょうがないじゃない! 笹さんのお菓子がかぐわしい香りを出していたから見つかったんだもの」


 その言い分に、思わず大神官は黒髪の少年に同情したくなる。


「……と、その笹さんからベオグラ宛に伝言を預かっているのだけど……。えっと……、『軽い悩みは饒舌に、大事なことは押し黙る』……だったかな? 確か、こんな感じのことを大神官に伝えて欲しいって……。これって、何の暗号?」

「――――」


 その言葉を聞いて、彼にしては珍しく、王女の前で言葉を呑んだ。


「ベオグラ?」

「姫……、その言葉は本当に九十九さんが?」

「うん。何かの格言っぽいんだけど……、ちょっと分からなくて……。自動翻訳が別の言葉に訳しているのかしら? ベオグラには分かる?」

「確かに受け止めましたとお伝えください」


 大神官はそう言って、一礼するが……。


「……なんで、あんたたちは私を伝書鳩にするのよ? せめて、この言葉の意味を教えてよ」


 王女は分かりやすく、不服そうな顔を見せた。

 確かに言葉の意味が分からなければ、腹が立つのも当然だろう。


「割とそのままではあるのですが……、それでも知りたければ、答えはご自分でお調べください」

「嫌な男」

「ご存じでしょう?」

「本っ当に! 嫌な男!」


 王女は顔を真っ赤にして強調する。


「用件はこれで終わりですか?」

「さっさとここから追い出したい気持ちが駄々洩れているのだけど」

「当然でしょう。クレスノダール王子殿下の(もと)へ行かれるというのなら、この状況はかなり誤解を招くこととなります。それは貴女にとってよくないことですから」


 王女の言葉では崩れることがない表情。

 この顔をどれだけこの王女が見てきたことか。


「用事は後、一つあるのだけど……」

「なんでしょう?」


 だからこそ、この王女は()()()()()()()()()()()


「この私の手袋なんだけど……」


 そう言って、大神官の前に手を差し出すと、彼はそれを覗き込む。


「――――っ!」


 覗き込むために身を屈めた大神官の顔を両手で掴み、そのまま、王女は彼の顔に近づけ、互いに唇を合わせた。


 一瞬だけ触れあった唇。

 自分とは別の体温を感じた時、すぐに離す。


「さようなら、()()()()()()


 そのまま、相手の反応も顔すら見ずに部屋から走り去ろうとして……、王女はその右手首を掴まれた。


「――――え?」


 彼女がその行動の意味を察する前に、その右腕を引っ張られ……、右の薬指に軽く大神官の唇が触れた。


「さようなら、()()()()()()()()()殿()()


 大神官はそう言って、自室の部屋の扉を開く。


「気を付けて自室へお帰りください。回数は12回ですので、数え間違えが無いようにお願いいたします」


 そう言いながら、彼は滅多に見せないような笑顔で王女を部屋から出して、その扉を閉めたのだった。


「…………やられた……」


 扉の向こうでそう口にしたのは一体どちらだったのか。


 あるいは、そのどちらも……、だったのかもしれない。


 大神官としても、王女の行動の意味が分からないほど野暮ではないし、王女としても、大神官の行動の意味が分からないほど無知ではない。


 左手が神への敬愛を表すのなら、右手は人への慈愛を示す。


 その中でも、右手の薬指という部分は神官たちが()()()使()()()ともされていた。


 そこへの口付けに何の意味もないとは思えない。


 王女はその扉を開けるかどうか迷って……、結局、12回叩いて、自分の部屋へと向かうことにした。


 これは戦略的撤退であり、決して逃げるわけではないと自分に言い聞かせながら。


 大神官は暫く待って、自室の扉が開かれる様子がないことを確認した後、文机へと向かい、その引き出しを開ける。


 そこには……、銀色のナイフがあった。


「……これを使う日が来るとは思いませんでしたね」


 誰に聞かせるでもない独り言。


 だけど……、その意味が分かるのは、数日後の話。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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