神に誓って
「きょ……恭哉兄ちゃんが神さまを信じていなかった?」
わたしは思わず確認してしまう。
「はい」
わたしの動揺に気付いているはずなのに、恭哉兄ちゃんは笑顔で即答した。
「いやいやいや! その頃には既に高神官だったわけでしょう? 緑だか青だかの」
「あの頃は『緑羽の神官』でしたね」
なんとなく『青羽』ではなかったことにホッとしつつ……。
「……法力って神への信仰心が力の源って聞いてるけど……」
「ああ、神の存在は知っていたのです。ただ……、人間に対して善意で応えてくれるとは思っていませんでした。神は気まぐれで、独善的で、自らの退屈を紛らわすために人間に試練を与えている、と」
なんか……、ワカも似たようなことを言っていた気がする。
「全ての神がそうではないと、今では分かっているのですが……。あの頃の私にはそうは思えなかったのです」
「えっと……、そんな状態なのに、なんで、法力が使えたの?」
「法力は神への信仰心が全てではないからです」
なんというこれまでの考え方の全否定!
「法力の源となるのは、産まれる前から定められた本人の命運、『宿命』と、神への関心ですね。」
「宿命と……、関心?」
宿命はともかく、神様への関心については信仰心ってことなのだろう。
「そして、それは純粋な正の感情だけではなく、負の感情も含みます」
「……負の感情?」
なんだろう?
その言葉には間違いなく不穏な意味がある。
「極端な話、神を呪っても法力というのは増大します」
「ぎゃあ!」
本当に不穏な話だった。
「つ、つまり……、恭哉兄ちゃんは……」
「恥ずかしながら、いろいろありまして、あの頃の私は神を呪って生きてきました。ああ、勿論、今は大丈夫ですのでご安心ください」
いや、そこは頬を染める場面じゃないでしょう。
そんなところで艶っぽい表情を出されても困るのだ。
なんだ?
この、穢れがないはずの聖職者が、実は、若気の至りというやつで過去に人を呪うような黒魔術を嗜んでいました……、みたいな暴露話は!?
でも、ちょっとよく考えてみれば……、恭哉兄ちゃんは生まれて間もなくこの大聖堂でその当時の大神官に保護され、養子となったと聞いている。
そして、その養父の意向で神官の道に入れられた……とも。
とんとん拍子の出世の裏では余計なやっかみもあったことだろう。
「嫉妬」と言うものは、人間界でも取り憑かれると最も厄介な感情とされていた神話だってあった覚えがあるぐらいだし。
それは……、確かに呪いたくもなる……、のかな?
「その結果として、すっごい力を手に入れちゃったってことで良い?」
「いいえ、私の場合は、並外れて『宿命』が強かったようです。基本的に神は人間からの関心にも興味を示さないので。ただ……、『命運』が強い人間には少し、興味を惹かれるようで、力を貸しやすくはなるようですね」
それは確かに外には公表できない事実だとわたしにも分かる。
神への祈りはおまけ程度の要素しかないのだ。
生まれつきある程度、力の優劣が決まっているというのなら……、誰も努力はしなくなってしまうだろう。
「ああ、でも……、魔力について考えれば法力とも似たようなもんだね」
生まれた血筋で、ある程度の強さが、決まってしまう。
それは王族に近しければ強く、離れるほど弱い。
……勿論、例外はあるけど。
「今度こそ、幻滅されたことでしょう」
「いや、別に。持って生まれた才能を、無駄なく有効活用できて凄いなとは思う」
わたしがそう答えると、恭哉兄ちゃんは一瞬、目を見張ったが……、また元の涼しい顔に戻った。
今の言葉って、そんなに驚くことかな?
もしかしなくても、無神経だった?
「わたしは、魔力を無駄にしているから、羨ましいぐらいだよ」
王族の血筋とやらで……、人より魔力が強い自覚は生まれている。
でも、それを使いこなせてないのだから、無駄としか思えない。
「全ての人が……、僅かでも貴女と同じような考えが持てるのならば……、神を呪う人間も減るのでしょうね」
「いや、場が混乱するだけだと思う。皆が違う考えだから、世の中、回っているんだよ」
少なくとも、わたしはそう思う。
皆、同じ考えじゃ、参考意見とかももらえないのだ。
「それもそうですね」
恭哉兄ちゃんはそう言って笑っってくれた。
「ところで、恭哉兄ちゃん。この国の根幹に関わる話をうっかり聞いてしまったついでに、前から気になっていたことを一つ聞いても良い?」
「はい。私に答えられることでしたら」
恭哉兄ちゃんしか答えられないよ。
「恭哉兄ちゃんが独身主義ってその辺りにあるの? その宿命とか、かつて神を呪っていたとか?」
「少し、違いますね」
なんだ、違うのか。
自分の業を次世代にも背負わせる可能性があるから、結婚しないのかと思っていた。
「私が独身主義と言っていた方が、面倒ごとが少ないので」
「はい?」
今、妙な言葉を聞いた気がする。
……幻聴?
「人の好い神官たちがご自分の娘さんたちや知人の方々をご紹介されるのですよ。何度もお断りはしたのですが……」
「えっと……断る口実ってこと?」
「神官で独身主義は珍しくありませんから」
うぬう……。
なんとなく前々から思っていたけれど……。
「……えっと……恭哉兄ちゃんって結構……いや、かなり黒い?」
「神を呪うような人間なので」
それは、確かに根っこの部分に人知れず激しい感情があるってことだろうけど……。
「……それを、わたしに次々と話す理由が分からない」
普通に考えなくても情報国家が大喜びしてしまうような話という気がする。
「栞さんなら口が堅いから大丈夫だと思います」
「ワカには言っちゃうかもよ?」
「? もともと、姫の差し金でしょう?」
「ワカの? いや? なんで? わたしが興味本位で聞いているだけだよ」
なんで、皆、わたしがそんな人間だって思うのかな?
誰かから既に話を聞いているのではないか? とか、誰かの意思が絡んでいるのではないか? とか。
わたしはちゃんと自分の意思で話を聞いて、答えているのに。
「なるほど……。ですが、先ほどまでの話は姫には伝えられても構いませんよ。伝わることを前提にしていましたから」
「……だったら、ちゃんと自分で言って。わたしはそ~ゆ~スパイみたいなことは向いてない」
わたしが聞いたらいけないような話もあったと思えば、そんな理由だったとは……。
「それも分かっています」
笑顔で答える恭哉兄ちゃんの言葉に、わたしは……、なんだか、だんだん、腹が立ってきた。
「恭哉兄ちゃんは自国の王女殿下をどう思ってる?」
「勿論、敬愛し、お慕いしておりますよ」
まあ、そんな返事が来ることは分かっていた。
雄也先輩も多分、こんな感じ。
楓夜兄ちゃんはもっと軽い言葉を選ぶかな。
その内心はともかく。
九十九は……、うん、彼の場合は予測がつかない。
「他国に嫁いでも?」
「クレスノダール王子殿下ならば、幸せにしてくださることでしょう」
ほほう。
その話も知っているわけですね。
「そうだね。楓夜兄ちゃんなら、ワカのことを幸せにしてくれると思うよ。その後ろに別の人の影を見ている可能性はあるけどね」
「――――」
わたしはずっと、それが引っかかってるのだ。
確かに……、楓夜兄ちゃんがワカのことを気に入っているのは分かっている。
でも……、一度でも、自分の後ろにいる別の人の影を意識したら……、それでも気にせずいられるだろうか?
少なくとも、わたしには無理だ。
自分にそれができないから、こんなにもモヤモヤするのだし。
「栞さんはよく見ていますね」
「うん、ワカにも言われた。そんなに意外かな?」
「いいえ。それだけ我が国の姫のことを考えてくださっているのでしょう?」
「うん。大事な友人だからね。彼女を泣かすのは楓夜兄ちゃんでも、恭哉兄ちゃんでも許したくないんだよ」
ワカがわたしを気にかけてくれているのと同じぐらい、わたしだってワカを気にしている。
そうでなければ……、こんなこと言わない。
「でも……、同時に楓夜兄ちゃんにも、恭哉兄ちゃんにも後悔して欲しくないって気持ちもあるんだよね」
だから、昨日……、楓夜兄ちゃんとも話してみた。
余計なお世話だと怒られるかもしれないと思ってはいたけれど、楓夜兄ちゃんは、終始、すっごく良い笑顔でわたしの話に付き合ってくれたのだ。
「大丈夫ですよ」
「へ?」
「私も、いろいろと考えてはいますから」
「……どんな方向に?」
「少なくとも……、敬愛する方を泣かせる気はありません」
おや?
恭哉兄ちゃんにしては珍しい表情。
「それこそ……、神に誓って」
「過去に神さまを呪っていた人が言っても、説得力はないよ、恭哉兄ちゃん」
わたしがそう言って笑うと……。
「それもそうですね」
そう言いながら、恭哉兄ちゃんも笑った。
でも…………、その言葉、確かに受け取った。
後は、彼らを信じようか。
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