目に見える変化
「新作のパウンドケーキもどきも美味しいね」
高田はお茶を飲みながらほへ~っといつものように奇妙な息を吐く。
「これはもどきじゃなくて、パウンドケーキと同じものだ。名前はちょっと違うけど、考え方は一緒。この国の菓子だよ」
パウンドケーキの基本は、四種類の材料を均一の重さで混ぜて焼くだけ。
そのためにこの国では「四分の四」と呼ばれている。
……とは言っても、人間界と違って魔界の場合はそれすらも難しいのだが。
「……魔界にお菓子があったのか」
「まあ、数は少ないけどな」
魔界の料理はその工程が長く、多いほど失敗しやすい。
人間界では手間を惜しまない方が良いとされるが、魔界の場合、手間をかけすぎるとその分変質しやすくなるためだ。
かき混ぜる、合わせるといった一見、単純な作業でも発火したり、液化したりする。
そこには明確な法則はあるのだが、それはかなり繊細で傍目には分かりにくいらしい。
だから、手間をかける必要があるお菓子という加工食品はかなり料理人たちにとっても困難だと聞いていた。
「でも、これに果物が入ってるってことは……、九十九のオリジナルでしょう?」
「まあな」
果物を一つ入れるだけでもバランスが崩れ、焼き菓子は失敗してしまう。
できるだけ互いに影響を与えないものを選ぶには手間も暇もかかる……らしい。
「何回、失敗した?」
「3回かな。始めは『黒い果実』を入れたら……、焼く前に弾け飛んだ」
あれには正直、驚いた。
「……いや、最初に『毒の実』を選ぶのはどうなの?」
高田がどこか呆れたように言った。
「『黒い毒の実』は、『穀物粉』に混ぜると無毒化されるんだよ。砂糖を混ぜた『ガラガラヘビ』の玉子との相性が悪かったみたいだな」
「……何、さらりと爬虫類の玉子を入れてるの。鳥類にして、頼むから」
「菓子作りには爬虫類の方が良いんだよ」
鳥類は肉も玉子も変質しやすいのだ。
「それにしても……お前も随分、魔界の生き物の名前を覚えたもんだな」
「九十九が教えてくれた分くらいだよ。しかも生き物と言うより、ほぼ食材としてしか認識してない。だから、生きている状態を見たらちょっと食べにくくなるかも」
「大丈夫だ。腹が減っている時に、そんなものを意識していられないから」
「サバイバル精神溢れる言葉をありがとう」
大体、人に料理を任せた時点で、魔界では何が入っているのか想像するしかない。
嫌なら食うな。
自分で作れ。
これがこの世界のルールだ。
だから、オレは自分で作っているのだ。
「『カミナス』が失敗。あと2回は?」
「干した『青い果実』と干した『黒い果実』。『イクラット』は焼いたら液化して、『ライコット』は練り込んだ段階で炭化した」
「そこで果物を入れることを諦めないのが凄いと思うよ」
「最終的には『酒漬けの果実』を使った。それを使ってその後に作ったのは、ほとんどの種類で変質していない」
「……お酒入り」
高田は眉を顰める。
「残念ながら、工程で酒精はぶっ飛んでる」
「いや、その方が良いから」
「まあ……、お前の場合は特に……な」
オレは肩を竦める。
最近、高田はアルコールを一口でも摂取すると、魔力が極端に増大することが分かった。
それも……、当人が制御できず、水尾さんが慌てるほどに。
その実験したのがいつもの地下室でなければ、大変なことになっていたかもしれない。
そして、それは量に関係がないことも分かっている。
たった一口で、ステータスが一気に引き上げられるなんて、お前はゲームのキャラクターかと言いたい。
ただ、大量に摂取すると、アルコールが抜けるまで時間がかかるために効果時間は長くなるようだ。
因みに……、この実験の際、当人は酒を飲みたがらなかったので、水尾さんの指示で、人間界で言う「酒シロップ菓子」を作って食わせた。
あれは、彼女も食いたかったからに違いないけど。
そして、同時に高田は酒にかなり強い体質である可能性があることも分かった。
食わせた菓子の量とそのアルコール含有量から考えると、恐らくは……、オレより酒に強い。
まあ、あの千歳さんの娘だからな。
「ところで……、お前さ……。太った?」
「……もう少しオブラートに包んでください」
「悪い」
言葉が直接的すぎた。
若宮に向かって口にしていたら、命はなかったかもしれない。
「そこで謝られても困るけど……。うぬう。太ったように見えるか。毎日、お菓子を食べているから。でも、腰は細くなっているみたいなんだよね」
まあ、毎日カロリーも消費している姿は見ている。
「どこが一番って太って見える? 顔? 二の腕? 足?」
「……顔?」
少し迷って、オレはそう答えた。
二の腕は変化がないように見えるし、足までは見えない。
「うわあ~。顔ってどうしたら痩せられるの!? 早口言葉でも言い続ければ良い?」
どうやら、相当ショックだったようで、両頬を押さえて、うにうにと一生懸命マッサージし始めた。
少し罪悪感。
一番の変化は上半身……、正しくは胸元だと思う。
それもいきなり膨らんだように見えて、正直、落ち着かない。
新しく買った服のせいか?
でも、この国の服はそこまで身体のラインを強調していないんだよな。
もしかしなくても成長期ってやつか?
それでも当人が一番望んでいる身長はあまり変わったように見えないから、糖分が全て胸にいったのかもしれない。
「少しは痩せたように見える?」
両頬を手で押さえたまま、オレに迫るように言うから、思わず視線を逸らす。
その姿勢は、一部分が少しばかり強調されるのだ。
「すぐに効果があれば、ダイエットなんて言葉は生まれないだろ?」
「うぬう。現実的なことを言う男だね」
そう言いながら、再び、顔のマッサージを開始する。
「菓子を食わせない方が良いか? 新作改良の暇があるから作っているだけで、必要ってわけじゃねえぞ」
「それは、水尾先輩やワカに恨まれる気がする」
「じゃあ、お前だけが食わないという選択肢もあるが?」
「そんな選択肢があるわけないじゃないか」
ああ、こうやって……、ダイエットに失敗する人間が増えるんだな。
「実際、太ったかは分からないのか?」
「この世界、体重計ないじゃないか」
言われてみれば、魔界には重さを量るものが存在しない。
お菓子作りは分量をしっかりと量ってするものだと人間界で習ったが、魔界では基本的に目分量なのだ。
まあ、重量と言うものが人間界と違って、一定ではないことが原因だろう。
大気に含まれる魔力……、大気魔気と呼ばれるもののせいである。
「……オレが量ってやろうか? ある程度、お前を持てば重さが分かるぞ」
からかうように言ってみた。
どうせ、嫌がるだろうと。
「…………そっか。『体重計』はここにあった」
「は?」
なんだろう。
高田の眼が据わっている気がした。
「よし! お願いします!」
両手の拳をしっかりと握りしめ、妙に気合が入った言葉。
その意味を察して……、オレは数分前の自分を殴ってやりたいと本気で思った。
こいつをからかおうとして、竹箆返しを何度食らえばオレも学習できるのだろうか。
「……マジかよ」
「確かに、九十九には体重が知られているわけだし、今更だった。健康のために定期的に量ってもらおう」
言っていることに間違いはないはずなのだが、手段として褒められるものではない。
そこをこの女は分かっているのだろうか?
頭の中で、「口は禍の門」とか、「雉も鳴かずば撃たれまい」とか、「沈黙は金、雄弁は銀」とか人間界で知ったそんな言葉たちが頭を流れていく……が、賽は既に投げられてしまった後だ。
オレも覚悟を決めよう。
「いつものように担ぐ?」
お腹に両手をやり、力を入れているようだ。
そう言えば、あの担ぎ方だと腹筋が痛くなると前に言っていたな。
「いや……」
そう言って、オレは高田を横抱きにした。
「ふわっ!?」
いつもと違う抱え方に彼女は驚きの声を上げる。
「……えっと……四十……」
「そこから先は、言わなくても良い!」
顔を下に向けたまま、彼女はそう言った。
前に抱えた時よりも、2キロぐらいは軽減されている。
「……体重は2キロ前後、落ちてるな」
「分かった。それだけ分かれば良い。おろしてください、頼むから」
下を向いたまま、早口でそう言うので……。
「へいへい」
そう言いながら、床に彼女を下ろし、オレの両手には重さと温かくて柔らかい感触が残ったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




