焦がれて縺れて
「高熱を持った高田? それは……、近年?」
「いや、すっげ~、昔」
それでも、忘れることができていない辺り、つい最近の出来事だったような気もする。
勿論、それはただの錯覚で、実際は10年以上経っているのだが。
「……そうか。昔なら、あの男のことじゃ……っと」
若宮は思わず口を押さえた。
どうやら、滑ったらしい。
「あの男? 来島か?」
オレは人間界での共通の知人の名前を口にする。
まだ一年と経っていないのに、こちらは随分、久しぶりの気がした。
「その名をまさか、魔界に来てまで聞くとは思わなかったわ」
露骨に怪訝な顔を見せる若宮。
どうやら、ヤツのことは本気で好きじゃないらしい。
あの男は一体何を、やらかしたんだろうな。
「そうなのか」
でも、ヤツも魔界人っぽいからな。
お互いに生きていれば、魔界のどこかで出会うことがあるかもしれんとは思っている。
人間界で感じたのは火属性の魔気だったから、アリッサムの崩壊時にフレイミアム大陸にいた可能性が高いのだ。
「まあ、中途半端な情報で笹さんとの仲が気まずくなると困るから、高田に悪いけどこのまま言っちゃう。あの子、人間界で好きな男がいたのよ」
「……へえ」
それは知らなかった。
アイツも何も言わなかったし。
「笹さんと再会直前にその男に彼女ができたけど」
……となると、オレと再会した時点では、高田はそいつのことをまだ好きだったのかもしれない。
確かにあの時、彼女自身は付き合っているヤツがいないとは言っていたけど、好きな男がいないとは言ってなかったのだ。
そう考えると、人間界にいた頃は、どんな思いで、オレと一緒に行動していたのだろうか?
「まあ、笹さんに会ってしっかりと吹っ切れたみたいだから、その辺については本当に良かったとは思うけれどね。あの男ったら、本当に見る目がない」
自分のことのように憤る若宮。
「……若宮は本当に高田が好きだな」
呆れるぐらい、高田をかわいがっていると思う。
その辺り、水尾さんも似たようなものだ。
もしかして、女限定のフェロモンでも出しているのか?
「おうよ!」
そんな勢いで王女殿下が返事するなよ。
オレはそう突っ込もうとしたが……。
「高田は……私の理想なのよ」
その直後、若宮はポツリと口にした。
「理想?」
「見た目は小さくて、可愛らしくて、護ってあげたくなる。でも、その中身は凄く元気で、勢いがあって、生命力に満ち溢れている。素直で、相手の内側に踏み込む時も気を使って、余計なことを言いすぎない。何より努力をし続ける子。私はあんな子になりたかったの」
少し、照れたようにそんなことを若宮は口にした。
多分、内容的に高田にも言ったことはないだろう。
「……若宮も、似たようなもんだろ?」
「あら、嬉しい。でも、それは養殖と天然の違いなのよ。私は虚勢を張っているだけ。でも高田は本物だから」
それはちょっと買いかぶりすぎだろ。
アイツも結構、余計なことを言ってオレの神経を逆なでてくれるぞ。
「だから……、あの子はみんなに愛されるんでしょうね」
そう言った若宮はどこか寂しそうに微笑んだ。
「高田が……理想ねえ……」
その気持ちを否定する気はないが、肯定もしたくない。
「だから、その高田が熱い恋心を抱いたってのは信じられない。まさか、相手は笹さん?」
「いや……。違う」
若宮の言葉に迷いながらも返事をする。
「あら、意外」
「意外でもなんでもねえよ」
あの頃の彼女の視線はオレを見ているよりも、ずっとその後ろを見ていた。
子供心に、それに気づかないはずがないほど熱を持った視線でしっかりと。
「オレは近くで見てただけだ。そして……、オレは今でもその男に勝てる気がしない」
「……え? ま、まさか……」
オレの言葉で若宮も何かを察したようだ。
それならば、これ以上、口にする必要ないだろう。
腹が立つだけだ。
「……それは、辛かったね、笹さん。良かったら私の胸で泣くかい?」
「泣かねえよ! 阿呆なこと言うな」
どこまで本気か分からない若宮の言葉に突っ込む。
「まあ、幼い頃の年上って絶対的な魅力があるもの……。ある程度、仕方がないのかもしれないわ」
幼い頃は二歳違うというだけで絶対的に越えられない壁がある。
だけど……、オレの場合、年を重ねるごとに、その壁が高く分厚くなっていく気がしている。
「なるほど……。高田も刷り込まれていたのか」
若宮がそう言うが、あの頃の彼女を「高田」と言って良いかは迷うところだったりする。
記憶がない以上、別人と言ってしまえばそれまでだ。
それでも……、オレはあの視線を忘れることはできないだろう。
「……高田の本当の意味での初恋はなんとなく分かったけれど……、笹さんの初恋は高田ってこと?」
「……高田とはちょっと違うな。記憶がない時代だから」
それでも……、あの頃の彼女が自分の全てだったことは否定しない。
「……? …………ああ! なるほど! これで合点がいったわ!!」
若宮は突然、大声をあげた。
「は?」
オレは短く聞き返す。
「OK、OK。なるほどね。これで、笹さんと高田の微妙なずれの正体が分かったわ。かなり縺れるのも納得、納得」
若宮は一人で納得している。
だが、何のことかはともかく、彼女が自分で納得してくれたならそれで良いのだろう。
「他人のことより、自分のことはどうなんだよ、王女殿下」
「ああ、私の方は気にしなくて良いのよ。王女様だから、既に感情は放り投げてる」
「感情を放り投げたらいかんだろ」
「言葉のあやに突っ込まないで。初恋をいつまでも未練がましく抱き抱え続けるわけにはいかないのよ」
その言葉が何の意味を持っているのか分からないほど、オレも鈍くはない。
「面倒だな、王族って」
「笹さんと高田の関係ほどじゃないわ」
言ってくれるな。
それは自分もよく分かっていることだ。
「降嫁は考えてないのか」
「この国、独身の王族が兄様以外いないの。貴族もほとんど婚姻済みか、売約済み。他に王族と婚姻が許されそうなのは高神官以上だけど……、まあ、望み薄ってやつね」
「大神官は? 5歳差なら、許容だろ?」
「独身主義のヤツに婚姻の強制なんて内外に敵を作りかねないわ」
「若宮らしくねえな。目的のためなら、全力だろ?あの堅物の大神官の意識を変えてやる! ぐらい言うかと思ってた」
「…………。世の中にはできることと、できないことがあるのよ、笹さん」
若宮にしては、珍しく弱気な発言だった。
それでも、この女のことだから何度か、努力はしてみたのだろうな。
どこか恨みがましい視線がそう言っている気がした。
だが、こんな顔はオレが知る若宮らしくなくてなんとなくモヤッとする。
だから、こんなことを口にしたくなったのだろう。
「若宮。頼みがあるんだが……」
「何?」
これは、余計なことかもしれないが……。
「『軽い悩みは饒舌に、大事なことは押し黙る』、基本的に人間はそんなものだ」
「そうね。それで?」
「それを大神官猊下に伝えて欲しい」
「……それで、何を理解しろと?」
「若宮には理解できなくても、大神官猊下にはそれで伝わる」
「ほほう。一国の王女をメッセンジャーにするとは良い度胸ね、笹さん」
これは、若宮の口から伝えることに意味があるのだ。
オレが直接言ったところで、多分、さらりと流されるだけだと思う。
「まあ、良いわ。今までにご馳走になった激ウマなお菓子たちに免じて、笹さんの企みにのって差し上げましょう。笹さんから頼られるのも珍しいしね」
若宮はニヤリと笑う。
悪いが、オレは本当に何も企んじゃいない。
そして、これは単にお節介な行為だって自覚もある。
兄貴だったらもっと、良い手を考えるのだろう。
だけど、オレにはそれだけの知識も経験もない。下手すれば拗れる可能性もある。
それでも……、何もしないよりは、たった一言で、何かが変わるというのなら、それはそれで良いんじゃないかとは思う。
「さっきの言葉をベオグラに伝えれば良いのね。『軽い悩みは饒舌に、大事なことは押し黙る』だっけ? 深読みできそうな文章だから、ちょっと、意味ありげに言ってみようっと。あの男の表情が少しでも崩れたら面白いし」
……知らないって幸せだよな。
『軽い悩みは饒舌に、大事なことは押し黙る』
とは、日本語で…………。
『恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』
鳴く蝉か。
鳴かぬ蛍か。
どちらにしても「短命」ならば、オレは「鳴く蝉の」方が好きなのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




