熱の違い
「ちょっと笹さん、面、貸しなさい」
高田が若宮と二人で密談した後、彼女を部屋に送り届けた直後に、この国の王女殿下直々にこんなお誘いがあった。
この時点で嫌な予感しかしない。
「なんだよ? タイマンでも張ろうってのか?」
それは分が悪い。
戦力的な意味ではなく、立場的な意味で。
「話の結果次第ではそうなるかもしれないわね」
彼女から妙な迫力を感じる。
背後に鬼神が視えるような?
これはどう考えても、オレが断っても受け入れても理不尽な目に遭う気がした。
「分かった。どこで?」
「笹さんの部屋で良い。美味しい茶菓子を隠してそうだし」
「一国の王女殿下としては、その場所指定はどうなんだ?」
「や~ね~。そんなの今更でしょう?」
「……それもそうだな」
高田以上に常識が通じない相手だったことを思い出した。
それに、相手の領域に行くよりは、間借り中とはいえ、暫く生活している場所の方が動きやすそうだ。
そう思って、オレは了承することにした。
まあ、どうせ、面倒な話なのだろう。
****
「……で? 何の話だ?」
「笹さんが好きな人がいると聞いて」
「は?」
オレに?
恋愛的な意味なのだろうが、心当たりがない。
「でも、私は、笹さんって高田のことが好きだと思っていたのよ」
「……ちょっと、待て。お前ら、一体、何の話をしていやがった?」
「恋バナ」
わざわざオレに場を外させて、二人だけで話していたことがそんな内容だと思うと、力が抜けてしまう。
いや、その場にいて巻き込まれるよりは確かに良いのだけど。
「それで、笹さん、高田のことを振ったって本当?」
「振った?」
もしかしなくても……、ジギタリスでのことだろうな。
何、話してんだか。
「あのな~、若宮。オレと高田の立場上、そんな感情を持ち合わせても面倒になるだけだろう?」
「面倒ですって? 主従関係にあって、恋愛感情を持ち合わせたらいけないっての?」
「いけないというより邪魔なだけだ」
「……ほう?」
オレの言葉に若宮の眼が鋭くなる。
「笹さんが高田の護衛ってことは承知なのよ。それなら『オレが一生守ってやる! 』でも良いのではなくて?」
「……阿呆か。そんな言葉に何の意味があるんだよ」
「あ?」
さらに若宮の目が鋭くなった。
王女殿下の返答とは思えないような短すぎる言葉と共に。
「現実的に考えて、一生、アイツのお守りなんてできるわけねえだろ? それに感情だけで守れるかよ。そんなの判断を鈍らせるだけだ」
「恋とは惑うもの。大いに迷え、青少年」
「迷いたくねえから、いらねえって言ってんだよ」
「ほほう。既に迷ったことがあるのかね? 笹さん」
「ねえよ」
オレはそう言いきったが……。
「そう? 温泉の時は迷っていたでしょう?」
若宮の瞳が妖しく光った。
「っ! あれは……」
確かに血迷ったとしか言いようがない。
「年頃の男が、バスタオル一枚の女を前にして、凪いだ心でいろってか? 無理だろ」
「……そこで、開き直られると突っ込みにくいわ~」
「事実だろ。よほど、対象外じゃない限りは多少反応する」
「……下半身の話?」
「待て、王女殿下」
そっちに持っていかれると本気で困る。
「からかうのはこれぐらいにして……。つまり、高田は対象になるってことでおっけ~?」
「外見的にも嫌いじゃないからな」
「つまり好きってことね?」
「……極端な結論だな」
「まどろっこしいことは嫌いなの」
「極論って言うんだよ」
嫌いじゃないから、好きってのは全然違う話だろう。
「大体、さっき言ってた高田を振ったって話も、よく考えてみろよ」
「ほう?」
「高田が、本気でオレのことを好きだと思うか?」
「思う」
即答かよ。
今、答えを準備していたかと思うほど素早い返答だったぞ?
「……本気でそう言っているなら、かなり目が悪いな」
「……と言うと?」
「オレと高田。お互いに対して、どちらの熱が高いと思う?」
「体温の話? それなら高田かな。温かいから」
「分かっていてボケるな。感情の話。高田のオレに対する気持ちと、オレが高田に対して抱く気持ち。どちらの熱が高いと思うか?」
「……なかなか踏み込んだ話をしてくれるのね」
「まどろっこしいのは嫌なんだろ?」
いろいろ面倒だというのもある。
早く終わらせたいだけだ。
「熱なら間違いなく笹さんの方が高いわね」
意味深な笑みを浮かべる王女殿下。
オレもそのことについて否定する気はない。
そこに若宮が期待するような恋愛感情というものが籠っていないだけだ。
「確かにアイツから『好き』だと言われたよ。だけど、そこに熱はないんだ。感情がこもっていない言葉を真に受けるほど、オレも阿呆じゃない」
「熱がない?」
「世間話のついでに言われた。それで本気に応える男がいると思うか?」
少なくとも、あの状況であの言葉に対して、オレは本気だと思えなかった。
「……とある元高神官なら」
「やめろ。あの変態を思い出させるな」
そして、確かにあのド変態なら両手を広げて応えそうで嫌だ。
「……なるほどね。それで『世迷い言』……」
どこまで話してるんだよ?
そして、終わったことを今更、掘り起こすな。
オレもできれば忘れたかったことなんだ。
「笹さんの気持ちとしては?」
「……大事には思うけど、恋愛対象にはならない」
「ほほう? 何故?」
「恋愛感情を抱いた時点で、護衛の資格はねえだろ? ただの危険因子だ」
「『発情期』の話?」
「『発情期』に関係なく」
男と言うものはそう言う生き物だから。
それを知っているからこそ、雇い主はオレたち兄弟に命呪を施した。
一つは彼女の命令に強制的に従わせること。
そして、もう一つは……。
「男の子は辛いのね」
若宮が困ったように笑いながら言った。
「……特別な感情を持たなければ何も問題ねえよ」
好きとかそんな感情がなければ、そう言った気持ちも起こらない。
だから辛くなることもないのだ。
「つまり、高田が可愛くなければ何も問題なかった?」
「…………」
それについては正直、返答に迷うところだった。
確かにあまり自分好みの女だと、自分の感情の制御とか理性を総動員させるとかいろいろと面倒になるだろうけど、全く好きになれないようなタイプの人間を護りたいかと言えば……、それも気は進まない。
「高田は可愛いものね。私が男なら、即行で食うね!」
「おい、こら。無駄に決め顔で言う台詞じゃねえだろ」
さらに女の発言とは思えない。
「現実問題として、お前が食いに行くなら別の人間だろうが」
「何? 笹さん、私に食われたいの?」
「そんなことは微塵も思ってねえ!」
この女はどこまで本気で言っているのか分からねえから本気で困る。
「じゃあさ、笹さん。恋愛感情を抜きにすれば、一番好きな異性は高田ってことでおっけ~?」
「――――っ」
若宮に言われた言葉の意味が分からないわけではない。
だが……、オレは言葉に詰まってしまった。
大事に想う気持ちはある。
だが……、彼女のことを一番好きな異性かと言われると…………?
「……ああ、なるほど」
そんなオレに対して、彼女は妙に納得した顔を見せる。
「笹さん」
若宮が真面目な顔をする。
「貴方の主は、私や笹さんが思っている以上に鋭いようだよ」
オレも高田のことは鈍いとは思っていない。
確かに、魔界の常識が欠けているため、信じられないような言動があったりはするが、基本は察する人間だ。
あの大きな瞳は半端な誤魔化しを許さない。
そんなことはずっと昔から知っている。
「それに……、笹さんの言い分も分からなくもない。確かに高田は基本的に他人に対して、一歩引いている」
無遠慮に踏み込むように見えて、それなりに考えている。
そして、人の懐に飛び込むのは上手いのに、それでも……、無理に奥深くまでは踏み込もうとしない。
「だからって、他人に対しての熱がないとは思わないけど」
「他人に対して全く熱がないとは言わん。博愛主義者だからな。アイツは他人すら、目の前で傷つくのは許せないらしい」
だが、その反面、自分の命を狙うようなヤツ相手に呑気に会話もする。
アイツの頭の中は、年中ちょうちょが飛んでいるお花畑なのだろう。
「でも、オレに対してそこまで熱は高くねえよ」
「あら、言い切るのね、笹さん」
ああ、言い切るよ。
「高熱を持ったアイツを見たことがあるからな」
だから……、違うと言い切れるのだ。
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