最高と最良
「私が思ってたより、高田は冷静に見てるのね。もっと夢見がちなことを言うかと思っていたわ。愛のない婚姻に反対! とかさ。そう考えると、やっぱどこか人間界にいた頃とは違うのかしら?」
ワカにはわたしの考えを伝えてみた。
やっぱり、相談された以上、モヤモヤとしたままというのは何か違うと思ったのだ。
「クレスの考え方はどうか分からないけれど、高田のいうことは一理あるのよ。三十路過ぎたら、魔界人の女は貰い手がなくなる」
三十路……、30歳か。
まだその半分の年齢だから、焦りはあまりない。
でも、なんとなく、セントポーリアの王子のことを思い出す。
王子より15歳も年上の方が婚約者候補に挙がっていた話を聞いたことがあったなという程度のことだけど。
「でも、兄さまが即位しないことには、私が婚姻することはできない。婚約も駄目。そうなると、クレスの申し出は私にとって都合が良すぎるのよ。渡りに船ってやつね」
兄王子殿下が王位を継げる年齢が5年後の25歳だという話だから、さらに次世代が生まれれば、この国の王位継承権の問題はなくなるのだ。
「ワカはクレスとの婚姻で問題はないの?」
「王族に名前を連ねている以上、自分の意思で相手を選ぶことはできない。だから、嫌いじゃない相手ならかなり良い方よ。セントポーリアのア……、おっと、ダルエスラーム王子殿下がお相手なら、ちょっと本気で考えたけど。ヤツは姑も厄介だからね」
またワカの本音が漏れたようだ。
どれだけ嫌われているのだろう、セントポーリアの王子は。
そして……、姑とは王妃のことだよね?
だけど、今はそんなことなどどうでも良い。
「じゃあ、聞き方を変えるよ」
わたしとしては気になるのはこちらだ。
「婚姻相手はクレスが良いの?」
わたしの言葉でワカが一瞬、目を見張ったが、すぐに元の笑顔に戻る。
この辺り、流石だと思う。
もし、わたしならば、自分の内面に不意打ちをされて、すぐに反応できない。
「嫌な聞き方ね」
ワカは苦笑する。
「でも、望まれた相手と望んだ相手が一致するとは限らないでしょう? 『最高』ではなくても『最良』だとは思う」
その言葉は「最高」が既にいるってことだろう。
そして……、これは恐らく試されているな。
なんとなくそんな気がした。
わたしにちゃんと口にしてくれってことかな?
「じゃあ、ワカの『最高』を伺っても良い?」
そう言うと、ワカは満足そうに答えた。
「高田ももう気付いているのでしょう? 私の『最高』は、十年以上昔からずっと変わっていない」
この答え方。
少なくとも、わたしが知っている人ってことだ。
そうなると……、心当たりは一人ぐらいしか思い浮かばない。
「やっぱり大神官さまか」
十年と言う月日は思ったより長かったけど……、まあ、恭哉兄ちゃんぐらいしか考えられなかった。
「私が最初に見たのが、兄さまとあの男だからね。なかなかその刷り込みは修正できないわ」
基準値が最高レベルの人間たちを先に見てしまったら……、確かに他の人は難しくなるかもしれない。
そう考えると、それだけ目が肥えてしまっている彼女の視界に入っただけでも、楓夜兄ちゃんはかなり良い方だろう。
「当時はあそこまでなかったけどね。顔が良くて自分を気遣ってくれる人間って、幼児期の恋愛対象としては珍しくないっしょ」
「わたしの初恋は10歳ぐらいだからな~」
そこまで幼児期というわけではない。
もしかして、幼児期に恋心を抱いたことがあったとしても、それを覚えていない以上、わたしではないのだ。
「初恋は人それぞれだからね。70歳まで拗らせるとかなりめんどくさくなることは分かったけど」
「その話はあまり思い出したくないなあ。」
数日前の元「青羽の神官」様は……、流石に特殊な事例だと思いたい。
初恋の年齢じゃなくて、その言動が。
いや、わたしを気に入ってくれたことは本当に光栄だとは思う。
ただ、それが五十年前でも勘弁していただきたいとも思ってしまった。
あの方は、無害を装っても、ねっとりと纏わりついてくる違和感はどうしても隠しきれていなかったし。
それを思うとあの紅い髪の男の人はまだマシなのかもしれない。
ストーカーを自称していても、会話することにそこまでの嫌悪感はないから。
いや、だからといって、彼がこれまでわたしにしてきたことを簡単に許せるわけでもないのだけど。
「まあ、ベオグラはね。あまり表情は変わらないけど、やっぱイイ男ではあるのよ。実力もあるし? まさか20歳にして神官の最高位に上り詰めるなんて普通じゃないわ」
「まあ。上神官でも二十代はいないらしいからね」
それだけ恭哉兄ちゃんが凄いということだろう。
普通は十代で準神官になることも凄いらしいし。
「でも、大神官なら、立場的には王女殿下が降嫁するには良いとも聞いたけど」
……と言うか、王女殿下がこの国に留まって降嫁するなら、大神官ぐらいしか適当な相手はいないとも聞いている。
まあ、高神官たちは独身が多いから年齢の開きにさえ目を瞑れば、もう少し候補が増えるらしいけど……。
いくら王族があまり自由に相手を選べないとは言っても限度はあるだろう。
「条件は良くても、ヤツが納得しない。独身主義だからね」
それは当人からも聞いている。
自分の血を残したくないそうだ。
そのことを勿体ないと言ったら苦笑されたのだけど。
「そうなると……、他国で、ある程度、私の我が儘を聞いてくれる王子殿下は『最良』なのだよ、高田。それは分かる?」
「まあね」
それぞれに事情があって、妥協点を探した結果というわけなのだろう。
そして、ワカ自身が納得しているなら、これ以上、わたしが何か言うわけにもいかない。
友人と言っても、この部分においては完全なる第三者でしかないのだ。
「さて、今度は高田の番」
「ほへ?」
「笹さんとはどうなの? 私が言った以上、高田もキリキリ白状しなさい」
「白状も何も……、とっくに振られてるのだけど」
「は?」
ワカが今までにないほど、驚愕の表情をした。
そう言えば、わたしの方も言ってなかったね。
「『好き』と言って、それを『世迷言を言うな』とバッサリ切り捨てられたよ」
「笹さんが?」
「うん。それこそ、ジギタリスにいた頃の話だね」
「なんで?」
「……九十九の立場からすれば当然でしょう?」
その時はまだよく分かっていなかったのだけれど、今だから……、そう思える。
「わたしはワカみたいに王女さまではないけど、九十九からすれば、護衛の対象だからね。そんな感情を相手から持たれていたら、すっごくやりにくいと思うよ」
あんなことがあっても、彼は黙って護衛を続けてくれている。
前と変わらずに。
何もなかったかのように。
それを見る限り、感情をぶちまけてしまったわたしより、彼はずっと大人なのだと思う。
「むう……。でも、まさか、既に玉砕済みだとは思わなかった」
「ワカには言ってなかったからね」
正しくは他の人にもしっかりと伝えてはいない。
これは、自分自身でも整理しきれていない感情だからだと思う。
「そうじゃなくて、高田ってば、自分の想いを秘めるじゃない。昔の笹さんの時といい、人間界でのあの男の時もそう。気になっているのに言わないし、行動しない。だから、今回もそうなんだろうって思ってたの」
確かに、わたしはこれまで誰かを好きになっても自分から行動したことはない。
受け入れられる可能性がないのに、ぶつかったところで無駄に砕け散るだけだろう。
そして、あの時も勢い余った部分はある。
思わずポロリと零れた感じだったわけだし。
「まあ、わたしにもいろいろあったんだよ」
あの頃、わたしはリュレイア様の件で精神的に参っていて……、油断? いや、心に隙ができた?
確かに、いつもなら口にしていない言葉だったとは思う。
「本音をぶつけて傷つくことは怖いし、今までの関係を壊したくないから、ずっと黙っているのだと思っていた」
「それについて、否定はしない」
ワカの言う通り、自分が拒絶された上に、これまでの関係が崩れてしまうのはすごく怖いことだと思うのは確かだから。
「今の九十九との関係が崩れるのは確かに困る」
それはお互いに考えていることだろう。
九十九は職を失いたくないって言っていたし、わたしは護衛がいなければ生活もできない。
「だけど、それ以上に……」
わたしは漠然と考えていたことを口にする。
それはこの世界に来てからずっと感じていること。
「九十九はわたしじゃない別の人のことが大好きみたいだからね」
それがずっとわたしの心にはあるのだった。
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