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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 法力国家ストレリチア編 ~

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黒くて深い読み

「ジギタリスに? ワカが?」

「そう!」

「つまり、クレスの嫁になるってこと?」

「いやいやいや! そんなんじゃなくて! その! 私は何も知らないから、少しでも知ろうと思って!」


 わたしの問いかけに顔を真っ赤にして慌てるワカ。


 これはちょっと新鮮だね。

 いつもと立場が逆になっている気がする。


「花嫁修業?」

「なんでそうなる!?」


 なるほど、ワカの気持ちがよく分かった。


 確かに、いつもと違った反応を見せられたら、からかいたくもなるかもしれない。


「クレスのこと……好きなの?」

「そこが自分でもよく分からないのよ。彼も隠し事が多そうな人間だから、その裏が読めないと言うか。嫌いではないと思うけど、自分に見せている面が本物かどうかも分からなくて。詐欺師と面会している気分になるのよね」

「それは酷くない?」


 でも、気持ちは分かる。

 楓夜兄ちゃんは本音を隠しすぎだ。


「本音を見せない人間に対して抱く感情なんてそんなものよ。どこまで信じて良いか、分からなくなっちゃう」

「それなのに、ジギタリスに行くの?」

「分からないから知るために行くの。周囲を見れば少しは分かるかも……でしょ?」

「なるほどね」


 行動派のワカらしい。


「クレスが戻るのにあわせて?」

「まあ、それが面倒も少ないかなとは思ってる。私、転移門は使ったことがあるけど、定期船は乗ったこともないの」


 転移門は城にある。

 だから、王女であるワカがそれを選ぶのは自然の流れだろう。


「結婚前の男女の船旅……。婚前旅行?」

「……高田にしては下世話なことを言うのね」

「下世話?」


 はて?

 結婚前の旅行だから婚前旅行で間違ってないよね?


「ああ、悪かった。私が深読みしすぎた。ただ……普通、その言葉には婚前交渉の意味が含まれるからつい……」

「いやいや、流石に未成年でそれはないでしょう」


 そ~ゆ~のは、18歳以上の話だと思う。


「魔界は15歳で成人とみなされるのだけど……。だから、婚姻も問題ないのよ?」

「……おおう」


 人間界でも昔は低年齢で結婚していた時代もある。


 貴族社会も武家社会も15歳以下の奥さんって珍しくなかったのだ。


「まあ、クレスはストレリチアのこともちゃんと知っている。私が婚姻までは純潔を守らなければいけないってこともね」


 純潔……。


 ああ、まあ、うん。

 当然の話だよね。


「だから、あまり長い間、待たせたくはないの。私としては、サクッと結論を出したいのよ」

「…………ワカが乙女だ」

「……私はもともと乙女ですが?」


 わたしの言葉に、ワカはジロリと睨む。


「いや、そ~ゆ~意味じゃなくて、相手のことをちゃんと大事に思っているのだな~って方向での乙女」


 それが、ちょっと意外だった。


「大事っていうか……けじめ? 流石に20年も待たせるのはおかしいでしょ?」

「相手が待てるって言うなら良いんじゃないの?」

「それじゃあ、借りと罪悪感を増やす一方じゃない」

「……ワカにも罪悪感ってあるんだ」


 わたしはそこに感心した。


 いや、罪悪感があることは知っていたけど、それを意識して口にすることは意外だと思う。


「そっちに反応するな! 私が言いたいのは借りを作りたくないって話。婚姻は対等じゃなきゃおかしいでしょう?」

「婚姻に貸し借りの考え方がある時点でおかしいんじゃないの?」

「なんでそんな所だけ正論なの!?」

「そんなこと言われても……。わたしは今、出された情報だけで判断しているのだから、仕方ないでしょう?」

「……って、クレスから何も聞いてないの?」


 ワカが妙に驚いている。


「寧ろ、なんで聞いていると思っていたの? 二人の話なのだから、関係ないわたしが知るはずがないじゃないか」

「それは確かに……でも、その割になんか知ってそうな雰囲気だったから……」

「いやいやいや? これまで聞いた話をつなぎ合わせただけだよ」


 わたしは他人の恋バナに、自ら首を突っ込むような心の余裕などない。

 そんなの馬に蹴られるだけじゃないか。


「それは悪かった。高田はクレスから聞いて知っていると思っていたから」


 楓夜兄ちゃんもそう言っていたけど、なんでわたしが全てを知っていると思うの?


 今回のように相手から言われない限り、いちいち聞き出そうなんて好奇心、全然持ってないから!


「順を追って、しっかり話すわ」


 そう言って、ワカは話し始めた。


 まず、最初の抱擁。

 ワカもびっくりしたけど、別に嫌ではなかったらしい。


 まあ、楓夜兄ちゃんは顔も良いしね。

 わたしも多分、嫌じゃないと思う。


 美形はお得だよね。


 それから暫くは、大聖堂で恭哉兄ちゃんと一緒にいることが多かったから何度か話す機会もあったそうな。


 その時は大神官の希少な友人と思っていたとか。

 確かに恭哉兄ちゃんはあまり特定の人間と一緒にはいない気がする。


 ……もしかしたら、一番、会っているのは毎日検診を受けているわたしかもしれない。


 で、城に招待して暫く経ったら、求婚されたらしい。


 その前には楓夜兄ちゃんがジギタリスの第二王子ってことも調べた後だった。

 身分的には全く問題ない。


 それでも……、国の事情を考えれば、承諾は難しいと判断して、お断りしたとか。


 この部分だけは楓夜兄ちゃんからも聞いた覚えがある。

 他にも周囲に人はいたけど。


「その後の交渉を考えると、高田の助言があったとしか思えないのよね」

「ワカに求婚して振られたって話は最近、聞いた。でも、その場には水尾先輩や九十九、雄也先輩もいたからな~」


 わたしが特別何かを言った覚えはない。

 多分。


「……ああ、その方々が何か言った可能性は高いか。確かに高田よりも状況を読めそう」

「失礼な」

「いや、単純な経験値と、魔界の知識の話。高田の考え方は人間界寄り過ぎるの」

「記憶も……、だけど、人間界で生活している方が長いからね。そこは仕方がない」

「例えば……、高田の考え方として婚姻は『好きな人と』でしょう?」

「そうとばかり言えない事情があるのは分かる」


 流石にそこまで夢ばかり見てはいないつもりだ。


 そりゃあ、好きな人と結婚出来たらそれが一番なのだろうけど、周りの事情とかそ~ゆ~ので、自分の思う通りにはならないことはなんとなく分かっている。


「いいえ、高田は分かってない。普通の魔界人ならあのバカ王子……、失礼、セントポーリアの王子から逃げるって選択肢がまずないの」


 チラリと本音が出たぞ、ワカ。


「なんで?」

「相手の身分が高いから。嫌だから逃げる……とはならないのよ。そして、国を捨てるって考え方もない。普通に考えても生活していけないからね」


 ああ、なるほど。

 そう説明されれば分からなくもない。


「普通の人は理不尽を飲み込むしかないんだね」


 その結果、酷い目に遭うと分かっていても。


「あの元『青羽(せいう)』についても同じ。この国の人間なら我慢するのよ」

「その精神力が凄い」


 あの人の視線を思い出す。


 あの全身が総毛立つような不快感と嫌悪感、そして、忌避感。

 あれに耐えられる自信は全くなかった。


「それが人間界の……、いえ、日本という国で培われた感覚なんでしょうね。ある意味、羨ましい」

「なんで?」

「縛りがなく自由ってことだから」

「ワカも十分、自由だと思うよ」


 城を改造したり、わたしの御着替えに至っては趣味がさく裂している。


「王城という限られた範囲内だけでね。本来なら、私は城の外にすら出られない籠の中の鳥よ」

「本来ならって所にそこはかとない(ごう)を感じるのだけど」

「そこはそれ!」


 そう言い切る自称「籠の鳥」。


「だから、さ。縛りのある中で、いろいろと考えなきゃいけないわけよ。この国のこととか含めてね」


 そう言って、さらに話を続ける。


 楓夜兄ちゃんは、ワカに交渉を持ち掛けたらしい。

 正式な婚約をしなくても良いから、立場を守るために自分を利用しろと。


「クレスの申し出は本当に嬉しかった。自分を利用しても構わないと……。そこまで言い切られたら、()()()()()()わ」


 でも、そこには楓夜兄ちゃんの打算も見える気がする。

 そこにワカが気付いていないとは思わない。


 たとえ口約束でも、その間にワカは他の人と婚姻することはなくなる。

 つまりは彼女に手を出せなくても、長期間独占することが可能だ。


 そして、同時にワカは楓夜兄ちゃんも同じ約束で縛られていることを知っている。


 そこに多少の罪悪感は生まれるだろう。

 ワカは根が悪い人間ではないのだから。


 さらに、約束の期間が長引くほど、ワカの退路は減っていく。

 具体的には年齢だ。


 確かに人間と違って魔界人は超高齢出産が可能らしいけれど、それはできるという話であって、男の人は適齢期を過ぎてしまったおばさんより、若いおね~さんの方が好きだろう。


 15歳で結婚できるというのなら尚更だ。


 次世代のことを考えれば、若い方が数多く生む確率も高いというのは人間界でも、この世界でも一緒だと思う。


 そこまで考えて……、自分は結構、黒いんだなと思う。


 楓夜兄ちゃんはもっと純粋な気持ちからワカに手を差し伸べたのかもしれないのに。


 それでも……、どこかモヤモヤしているのだ。


 ―――― 本当にこれで良いのか? と。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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