【第25章― 鳴かぬ蛍が身を焦がす ―】友人からの相談ごと
この話から第25章です。
章タイトルから分かるように、この章は少し糖度高めな話が増えます。……作者の中で。
一般的に見れば、甘さは物足りないかもしれません。
「今日はちょっとした相談があるのだけど、良い?」
珍しくワカがこんなことを言った。
「できれば笹さんは無しで」
さらにそう付け加えられたので、深い部分に踏み込むことなのだろうなと察する。
「……というわけで、九十九、良い?」
わたしが何気なく、後ろにいる九十九に言う。
「それは命令か? 若宮」
九十九は鋭い視線を向ける。
「あら、笹さん。随分、余裕のない顔」
九十九の視線を受けながら、ワカがクスリと笑う。
「別に命令じゃないけど、要請……、ではあるわね。笹さんがいない方が私としては都合が良いので」
隠さずにワカはそう口にした。
「分かった。何かあったら、呼べ」
そう言って、思ったよりあっさりと九十九は引き下がる。
「その前に……、お茶菓子と……、少し長くなりそうだから、ポットを頼める?」
わたしは立ち去ろうとする九十九の腕を掴んで、そう頼んだ。
「……淹れられるのか?」
「『コライ』なら。」
「『コライ』……か。なるほど。分かった。すぐに準備するから少しだけ待ってろ」
そう言って、九十九はわたしでも淹れられるお茶と、小さなマカロンのような焼き菓子を準備して、部屋から出てくれた。
「笹さんって……本当に良い男よね」
ワカが感心したように呟く。
「余計なことを言ったり、言葉が絶望的に足りなかったりするけどね」
わたしは溜息を吐きながら、九十九が用意してくれたお茶を淹れ始めた。
「……で、相談って何?」
お茶を飲んで人心地した後、わたしから切り出した。
ワカは少し、迷った後……。
「ジギタリスってどんな国?」
そう聞いてきた。
なるほど、用件は楓夜兄ちゃんに関することらしい。
それならば、確かに九十九がいたら、聞きにくいこともあるかもしれないね。
「風の神ドニウが守護するシルヴァーレン大陸の一つ。自然が豊かな国であり、『樹の国』と言われるほど樹齢を重ねた大樹が多く存在する。国家としての異名は『大樹国家』。近年になって、その国を居とする若き占術師の能力が魔界中に知れ渡り、その特殊な国風と相まって『神秘の国』とも言われるようになった。緑あふれる幻想的な国……らしいよ」
「……いや、何、その観光地の紹介みたいな文章は」
「暗記させられた世界地理です」
ガイドブックを何度も読んでいるうちに、覚えたともいう。
「その長文を淀みなく言えるとは……。でも、そのぐらいの知識は私にもあるの」
「行ったことは?」
「ない。私はこの国以外は各中心国と人間界にしか行ってないのよ」
中心国は6か国。
わたしよりは世界を知っていると思う。
「どんな国って言われても、私も少しの期間いただけだよ」
「それでも十分。さあ、存分に聞かせなさい」
そうは言われても……、商業樹はうろついたけど、基本、城樹にいた。
あの国の印象は、とにかく樹がでかい。
その一言に尽きる。
「自然豊かだよ。森の中の王国……って感じかな」
正しくは大樹の中の城だった。
「ほうほう?」
「でも、牧歌的ではなくて、店が集まっているところではスクーター? とか言われる高速な乗り物を兵が乗って、あちこち走っていた」
主に楓夜兄ちゃんの捜索部隊だったと思う。
「スクーター? ボレアードみたいなの?」
「ごめん、それが分からない。エアロ……シューティングスター? とか言う名前だったと思うけど……」
九十九が妙に興奮していたと乗り物だったと思う。
「……ああ、一人乗りの高速艇……。それがあちこち!? ジギタリスって実は金持ちなの!?」
「王女のワカもビックリするほどなのか」
「短距離移動最速艇よ。製作者たちが集う機械国家ぐらいしか複数の所持はしていないと思っていたけど……」
「機械国家に次ぐ所有国らしいよ」
「なるほど……。お金があるのか……」
ワカの眼が怪しく光る。
「他に有益な情報は?」
「樹が多い」
「それは聞いたことがある」
「……とにかく樹が多い。……というか樹しかない」
始めから終わりまで、樹の印象しかない。
「……なるほど。エアロシューティングスターはあるけど、基本的には自然豊かな国ってことは分かった。国民性は? クレスみたいに軽いの?」
なかなかひどいことを言う。
「どちらかというと穏やかで物静かな人が多いよ。商人は話すけど、押しの強さはあまりなかったかな」
楓夜兄ちゃんは例外だと思う。
リュレイア様のように静かだけど、その内側に情熱を持った人が多かった気がする。
商人は……、セントポーリア城下と違って、賑やかな呼び込みもなかった。
「なるほど……、クレスは特殊人間なのね」
「多分ね」
楓夜兄ちゃんは初めて会った時からあんな感じだったけど、もしかしたら、人間界で何らかの影響は受けたのかもしれない。
「クレスのお兄さん、『リヤスバード=アルナ=ジギタリス』王子殿下にお会いしたことは?」
「ない」
基本的にあの国の国王陛下と兄王子殿下は城樹の奥深くにいた。
城樹の外どころか、別の村で商人の真似事をしている楓夜兄ちゃんは、かなり変だと思う。
いや、それがなければわたしたちは再会できていなかったのだけど。
「……と、お姉さんについてはいくら調べても出てこなかったのよね。クレスはともかく、高田が私に嘘を吐くとは思えないんだけど……」
ワカの言い草は酷いとは言い切れない。
楓夜兄ちゃんはワカと出会った最初に偽名を使っちゃってるしね。
「ああ、お姉さんは外に出ていたから」
「嫁にでも行ったの? でも、それにしては記録もなくて……」
「養子? みたいなもの? 生後すぐに王家から出ているから」
生まれて間もなく、高名な占術師に預けられ、育てられたというのはそ~ゆ~ことなのだと思う。
少なくとも王家から出ていることは間違いなかったはずだ。
「……クレスにも複雑な背景があるみたいね」
「その辺りは当人に聞いて。わたしから勝手に話すことはできないから」
複雑すぎて、話してくれるかは分からないけれど。
「で、なんで、今更、ジギタリスの調査?」
わたしは溜息を吐きながら、そうワカに問う。
「……ズバッと切り込んできたわね」
「求婚を断ったと言う話は聞いたからね」
わたしが知らない間に、楓夜兄ちゃんはワカに求婚して……、そして、知らない間にふられていたらしい。
「あ~、その後に再度……、アタックされた」
ワカが視線を逸らしながら言う。
わたしに何も話していなかったことが少し後ろめたいのだろう。
そんなこと、気にしなくて良いのに。
何でも話すのが友人というわけではないのだから。
「……だろうね」
あの楓夜兄ちゃんが、一度、駄目だったぐらいで諦めるとは思えない。
「……驚かないのね」
「クレスは軽く見えて、一度見据えたらしつこいから。10年……、いや、20年は追いかけるんじゃないかな」
リュレイア様の件だけも十分、分かる気がする。
彼は幼い頃からの想いを抱え込んで、拗らせて、貫いた上で、失ったと泣き笑いになりながらも自虐していた。
それがどれだけの期間だったのかは分からないけれど……、彼自身が幼いと言うからには、10歳以前だと思う。
「当人も言ってた。20年は待つって。大袈裟だって思ったけど、高田も同じことを言うのなら意味がかなり変わるわね」
……既に予告済みだった。
「この国にはストーカーを取り締まる法律がないのかな?」
「そんなものがあったら、兄さまが真っ先に検挙の対象だと思わない?」
どこか遠い目をしながら笑えない冗談を言うワカ。
「でも、わたしが来てから、その妹大好き病も減ったのでしょう?」
「……まあね。もしかしたら、別の理由もあったかもしれないけど……」
ワカはなんとも複雑な顔で言う。
「……で、相談内容としては、こんな所?」
「いや! ここからが実は本題なのだけど……」
そう言いながら、ワカは悶えるような奇妙なポーズを何度か繰り返し……、ようやくその結論を口にした。
「私、ジギタリスに行ってみようと思うのだけど、高田はどう思う?」
ここまでお読みいただきありがとうございました。




