甘くて苦い物語
「ああ、なるほど。高田はセントポーリアの肌着のままだったのか。それは苦しかっただろうな」
「まあ……、胸を押しつぶす文化のようですから」
結局、わたしは水尾先輩に相談した。
「私は、ジギタリスでも購入したし、ストレリチアに来てからもすぐ購入したな。この国は、いろいろな国の人間が集まるから、種類も多く、動きやすい肌着もある」
「そんなことも知らなかったので……」
「まあ、こればかりは先輩や少年に聞き辛いし、頼みにくいよな。先輩は女性以上に詳しそうで、怖いけど」
わたしの肌着は、母がセントポーリア城下で購入したものばかりだった。
その後は、もったいないし、水尾先輩の言うように頼みにくいことではあったので……、そのままだったのだ。
「もっと早く、相談すべきでした」
最近、苦しくはなっていたのも気のせいではなかったのだ!
なんだろう?
AからBに進化した! ……みたいな?
えっと、殿方には分かりにくい表現かもしれませんが、ちゃんとクラスダウンではなく、クラスアップですよ?
「まあ、胸なんてあっても邪魔なだけらしいからな。アリッサムの人間は基本的に胸がない人間が多いから、下着もこんなに進化してねえんだよな~」
なるほど……、先輩の体型はお国柄らしい。
「ローダンセとかは胸が大きい人間が多いらしいぞ。あの国は弓術国家だから、邪魔なのには変わりないけどな」
弓術……、わたしには弓道のイメージしかないけれど……、確かに胸が大きいと、邪魔そうではある。
「しかし……、高田も育ってるのか。背は変わらないように見えるのだけどな」
「まだ僅かながら伸びていると信じさせてください」
最近、九十九との顔の距離が離されたのは分かっている。
彼は少しずつ伸びているのだ。
それでも、諦めきれない!
九十九にカルシウムたっぷりの料理を頼んでみようか。
いや、魔界の料理にそこまでの効果を望んではいけない気がする。
「動くことを考えると、普段使いならこの辺かな」
水尾先輩が示したのは、シンプルでサポーターのようなタイプだった。
「まあ、色気はないから男には物足りないかもしれないけど……」
「いや、わたしの場合、殿方の評価はいりませんから」
見せるような相手もいるわけではない。
それに動きやすい方が、水尾先輩との訓練にも良いだろう。
いくつか適当な物を選んで、会計を済ませる。
似たようなデザインばかりのような気もするが、そこは仕方がない。
見た目より機能だ。
そして、下着なのだから、誰かに見せる必要もない。
なんとなく見ると……、会計の傍に、少しだけ可愛らしいデザインの下着がいくつか目に入った。
どれも上下お揃いでわたしが見ても可愛いなあと思う物ばかりだった。
そして、それらをなんとなく見ていたが、その中の一点で目が止まる。
む?
白の上下でピンクのワンポイントリボン。
それと似たようなデザインのものを、いつかどこかで、見たことがある。
わたしは少し、迷ったが……、それも購入した。
深い意味はない。
お値段も手ごろだったし、素直に可愛いと思ったから買ったのだ。
そこに本当に、深い意味はない!
たまにはこんな衝動買いもしたくなるお年頃なのだ。
女の子だからね!
買ったものを一つだけ選んで、身に着けた。
……肌着を身に着けていると言うのに、不思議と妙な解放感がある気がする。
どれだけあの肌着たちはわたしを締め付けていたのだろうか?
そして……、魔界にもこれだけのものがあるなら、もう、戻れないな。
あの窮屈な生活に。
母にも手紙でそう伝えておこう。
万一、そんな阿呆な内容が、他の人の目に触れてしまっても困るのだけど、日本語で書けば、ほぼ暗号だ。
読めるとしたら雄也先輩ぐらいだろうね。
「高田、高田! 良いの、あった?」
「服はともかく、肌着は着け心地が全然、違う」
「まあ、あんな窮屈な肌着ばかりだったからね~。着せ替えのたびに気になってたのよ」
なるほど……。
あの着せ替えも無駄ではなかったのか。
「で、笹さんを悩殺できそうなセクシーダイナマイツ! な下着はあった?」
「……なんで、九十九?」
「身近な男子代表。いや、笹さんならなんでも喜んでくれそうだけどさ」
「……ワカは九十九をどんな目で見てるの?」
「多感なお年頃の青少年」
それが分かっているなら、やめてあげれば良いのに……。
本当に良い性格をしていると思う。
「高田に似合いそうな服もいくつか見繕ったし、帰りますか?」
「また仮装衣装でも買ったの?」
「いや、今回は普段着。流石に、こんな店でそんな奇抜な衣装は買えないわ」
これまでの衣装に対して奇抜という自覚はあったらしい。
「もともとこの国の服は和服に似ているから、笹さんも喜ぶと思うのよ」
「なんでそんなに九十九を喜ばせたいのさ?」
「なんでって、私、笹さんも好きなの」
…………は?
声にならずに思考が停止する。
「ああ、勿論、恋愛的な意味じゃなくてね。高田とセットの笹さんが好きなの。そこに自分はいらなくて、観察しているだけでも満足な存在って言えば、分かる?」
「あ~。わたしがゲームのキャラクターをコンビで好きなのと同じような感じ?」
その二人が一緒にいて楽しそうなのをずっと見ていたいと思った。
まあ、いろいろあって、その夢は叶わなくなったのだけど……。
今でも、その二人が自分の中でナンバーワンコンビなのである。
「うん。それに似ていると思う。自分にはできないことを託したいのかもしれない」
「……ワカ?」
なんだろう?
今の台詞は……、いつものワカらしくない。
どこか弱気で……、迷いがある感じがした。
「ああ、うん。深い意味はないのよ。ずっと見ていたくても、それはできないことも分かっているから」
ワカはそう言って、溜息を吐く。
「こう見えても私は王女様だからね。自由に動ける時間は残り少ないのよ。だから、できる限り、二人を見守りたいの」
「……わたしと九十九を見ても、面白味はないと思うよ」
特に色も艶もない。
「「どこが? 」」
あれ?
声が二重になった。
振り向くと、そこには水尾先輩が立っていた。
「高田は自覚ないかもしれないけど、かなり面白いぞ、お前たち二人」
「へ?」
「恋愛要素はともかく、退屈はしないのよね~。主従関係と言う枠に捕らわれながらも、お年頃のどぎまぎ感と慣れない初々しさ」
水尾先輩の言葉にワカも賛同する。
ごめんなさい。
二人の言葉に申し訳ないけど、同意はできない。
どぎまぎ?
確かにいろいろとオタオタしてはいるけど、それのどこが面白いの?
「忘れていたものを思い出すというか……。初心に帰れるというか……」
水尾先輩がニヤリと笑う。
「初恋を思い出す感じ?」
ワカもにこりと笑う。
そしてこうも続けた。
「でも、素直に上手くいって、ベタベタ甘々な関係を目の前でされるとそれはそれで腹が立つと思うのよ」
「ああ、それも分かる」
ワカの言葉に水尾先輩は賛同する。
それって結局上手くいって欲しいの?
そうではないの?
わたしは混乱してきた。
「ん~。高田に分かりやすく言うと、いつまでも物語の途中を見続けたいだけで、その終わりを望むわけじゃないのよ」
「……? 両想いになったからって終わりじゃないでしょう?」
両想いになってハッピーエンドで終了というのは、漫画とか小説の話であって、現実はまだまだ続いていくのだ。
「ううん。終わる」
わたしの言葉にワカは否定する。
「上手くいってもいかなくても、私の好きな笹さんと高田の恋愛未満の関係は間違いなく終わるってこと。両想いなら、どうしたってこの関係は進んでしまうし、上手くいかなければ離れてしまうでしょう?」
おおう。
言われてみれば確かに。
普通に考えたら、ずっと変わらない関係って難しいのか。
そう言えば、人間界にいた時、九十九も同じようなことを気にしていたね。
確か偽装交際の話をしている時……だったかな。
付き合っていて、何も変化のない関係は、不自然だって。
「いつまでも二人を見て、ニヤニヤしていたいだけなの。まあ……、いつまでも繰り返され続ける優しく甘い物語と違って、現実はもっと苦いってこともちゃんと分かっているんだけどね」
そう言うワカの言葉に、水尾先輩が頷いていたのが妙に印象的だった。
ああ、そうか。
この世界では身近な人間の恋物語というのは娯楽の一種だった。
だから、いつまでも見ていたい人間としてはどんな形であってもその終わりを見たくないのだ。
少しでも長く続いて欲しいと願う気持ち。
漫画や小説の「最終回」の文字に寂しさを感じたことがある人間ならば、それを分かるかもしれない。
その対象が、何故か自分であることに納得はいかないのだけど。
この話で第24章は終わりです。
次話から第25章「鳴かぬ蛍が身を焦がす」に入ります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




